2、裏道の逆鱗

「たぶんこっちニヤッ、行こっフェリっ」


「うんうん。いこー、コーニャ、ハク」


「キューっ!」



 迷子の小猫娘、コーニャはフェリと手をつなぎながら道を案内してくれている。

 2人の間でハクが飛び回っている。


「迷子にしては、迷ってるみたいな感じがないわね」


「どんな感じだって迷子は迷子だよっ!」


 迷子に案内される俺たち。まあ子供は放っておけないからね。

 コーニャは茶髪の猫獣人で、幼稚園ぐらいかな。とことん元気でよく喋る娘である。

 キツネの獣人であるユノお姉ちゃんとはぐれてしまって困っていたところ、フェリを見かけて俺たちに話しかけて来たようだ。


 この街の住人ではないようなのだが、ずいぶん道に詳しい。細い道や塀の上など、ここ通れるのっていうところを歩いていく。


「みんな、ちょ、ちょっと待ってっ!!」


 ねねがフラフラしながら塀の上をカニ歩きしている。


「ねね、運動不足なんじゃないか?ちょっとハク、手伝ってあげてくれ」


「キュゥィっ!」


 ハクが飛んでいってねねの襟首を掴み、プカプカ浮きながらなんとか塀を渡りきった。

 浮いた瞬間、ねねの「グェッ」っていう声が聞こえたけど、乙女の発する言葉ではないので聞かなかったことにしてあげよう。


「まだつかない?」


「もうすぐニャッ」


 先に進むフェリとコーニャ。細い路地ばっかりだけど、俺たちを騙してどこかに連れ去ろうって魂胆は‥‥無いか。


「大丈夫じゃないかなっ?そんな感じの子には見えないよっ」


 隣を歩く唯も、問題はないと考えているようだ。


 俺たちは金持ちには見えないだろうし、たとえ待ち伏せされて脅されたとしても、まあなんとか対処出来るくらいにはなっていると思う。

 まあ、そういった感の鋭いフェリが安心しきっているから心配はしていないのだが。



 細い裏道を抜けて少し広い通りが見えてきた。店が並ぶ人通りの多い所だ。

 コーニャとフェリが足を早める。


「あそこ、ニャっ!?」


 俺たちも2人を追いかけていたのだが、なぜか青ざめたコーニャが慌てて戻ってきて、俺の後ろに隠れた。



 俺はとっさに、コインの消失マジックでコーニャ共々姿と気配を消した。 


「‥‥トモは、そのまま何もしないでコーニャちゃんと隠れていて」


 俺らの後ろで今の様子を見て理解していたねねが小声で話し、前に進んでいく。


「‥‥コーニャ、俺と一緒なら姿は見えないから、声は出さないようにね」


 俺の後ろで服を掴みながら震えるコーニャに優しく語りかける。


 立派になったもので、フェリも唯も何かを理解したのか、コーニャの異常行動に何も動揺はしていない。


 おそらく、コーニャには見つかりたくない誰かがいて、それを目にしたのだろう。そして慌てて戻ってきたのだ。


 先頭のフェリの方へ、トラなのかな?の猫系獣人と人間の男3名がニタニタしながら近づいてきている。

 

「おいっ、そこの黒猫。ここで何やってやがんだ?」


 予想通り男たちが絡んできた。フェリに話しかけたのはトラ獣人。

 コーニャとどういった関係なのかはわからないが、友好的な関係ではなさそうだ。

 

「ねぇあんたたちっ、うちの娘になにしてんのっ?」


 唯が男たちに威圧的に言葉を放ちながら、フェリの方に近づいていく。

 改良されたドラゴンバックラーをいつの間にか装備している。唯の頭上では、ハクがパタパタと飛び回っている。


「あんっ?何だてめえは。人間の女には用はねえんだよっ」


 トラ男はご機嫌斜めのようだ。そのセリフは悪手である。トラ男よご愁傷さま。


 トラ男の後ろにいた人間の1人が青ざめながら、仲間とヒソヒソ話している。

 あっ、トラ男も呼ばれたようだ。ヒソヒソ好きだね。「こんな所にいる訳ねえだろが」って聞こえるけど、こんな所に居るんだって。


 人間の男の中の1番背の低い1人が唯に近づいて来た。


「あの‥‥、Aランク『逆鱗』のユイさん‥‥でしょうか?」


『逆鱗』とは、唯の二つ名である。以前は『鋼鉄の乙女』だったのだが、ドラゴンスレイヤーになってからそう呼ばれている。


 唯の持っているドラゴンバックラーだが、あれは唯が退治したドラゴンの逆鱗で作られたバックラーらしい。


 もちろんバックラーの制作者マリリンさんの販促ストーリーなのだが。

 直径約30cm。鱗1枚であの大きさである。どれだけデカい竜を退治したんだか。

 

 ドラゴンスレイヤーでAランクのユイは、黒猫獣人とミニドラゴンをお供に、世界に蔓延る悪を葬り続けているのである。


 あっ、これは俺が広めた噂だった。



「んでっ、だったらなんだって言うのっ?」


 唯のトーンと口調が、怖めの唯の口調である。黒ユイと呼ぼう。いや、愚零闘遊威でもいいだろう。


 男たちは引きつった笑顔で後ずさりしながら逃げていった。



「流石は唯ね。あいつらはなんてことのない小物だったわね」


 ねねの黒幕のドンみたいなセリフで幕は閉じた。

 小物集団も、覚えてやがれぐらいの捨てゼリフは無いのかね。



 コインの消失マジックを解除し、コーニャの頭を撫でる。


「ニャニャぁぁっっ!!フェリのママって『逆鱗』なのニャっっ!?ニャーっ!!!」


 ポカーンとしていたコーニャだったが、われに返って今の聞いていた話に驚いて唯の周りを走り回る。


「コーニャちゃんっ、恥ずかしいから小さい声でねっ!」


「そう。ママはげきりんなのっ!」


「キュキュキュンっ!!」


 驚き興奮で走り回るコーニャと、照れる唯、なぜか自慢げな顔で胸を張るフェリとハク。


 やばい。辺りがざわついてきた。逆鱗の事を知っている住人が他にも居たのだろう。


 俺たちもコーニャの目的地の方向へ逃げるように立ち去る。

 うん、わかった。さっさと逃げるときって捨てゼリフを言う余裕なんて無いね。



「ここニャッ!」


 コーニャと一緒に進んだ先にあったのは一軒の民家だった。

 入ろうとしたと同時にガラガラっと引き戸のドアが開く。


「コーニャっ!?」


「ユノお姉ちゃんニャッ!」



 中から出てきたのは、驚いた顔をしたキツネ耳のボーイッシュなお姉ちゃんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る