0−c
「香が、行方不明だ」
「どういうことっ!?まさか、カオリが誘拐されたのっ!?」
「い、いや、誘拐かどうかは」
私は、さっきまでタツヤと話していた誘拐の件と結びつけてしまったのだが、どうもそうではないようだ。
とりあえず、息を切らしている2人を落ち着かせて、シンジローに何があったのかを確認する。
「今日は修練が早く終わったので、いつも通り治療院の入口で待っていた。
香が帰る時間を過ぎてもまだ出てこないので、中の女性に話を聞いた。
香は帰宅したという話だったので、俺も帰ったのだが、そこで竜也と会い、香が居ないことを知った。以上だ」
うん。ツッコミどころが満載だが、追加コメを聞いてもあまり変わらなそうだね。
「どこかでカオリとすれ違った可能性は?」
「おそらく無いだろう」
シンジローもその可能性を考えていたので、注意しながら帰ってきたようだった。
シンジローが一緒じゃなかったとしても、カオリには護衛の人が必ず一緒にいるはずなのよね。
カオリが日々学んでる場所っていうのは、セシリア王国直属の治療院だ。それも最高機密扱いの聖女として。誰よりも優遇対応だ。
一人だけでどこかに出掛けたのならば行方不明も誘拐もあり得るかもしれないが、複数人の護衛が密着警護をしていて気軽に外出もできないとカオリが嘆いていたくらいだった。
さらに、あの魔力暴走事件からカオリにだけ、王宮からGPSみたいな魔導具まで持たされているから、行方不明にはならない。
最後に、この世界に来てからのカオリは、行方不明になるほどヤワではない。
魔法で攻撃も回復も出来るのよっ。もうそれって最強だよね。
「シンジローはなんで道場の終わりが早かったの?」
シンジローは、少し考えてから話しだした。
「そうだな。今日の師範が体調不良でな。早退だ」
そういえば錬金ギルドでも、風邪薬の製作依頼が多かったわね。
流行ってるのかしら?
「そういや俺のギルドでも、風邪が流行ってるって言ってたな。全く、冒険者は体が資本なのに、みんなざまーねえよな」
タツヤの周りもそうなのね。でも、体1つで稼ぐ人たちがそんなに風邪なんか引くのかしら?
「治療院は混んでなかった?今の話だと、街中で風邪が流行ってるように思えるんだけど」
シンジローは、また少し考えて話し出す。
「そうだな。いつもより人は多かっただろう」
あまり答えになってないけど。カオリを待っている間に人が通ったとか見ていないのか聞いたところ、「待ち時間は瞑想の時間だ」らしい。
とりあえず、まだ日も出ている時間だ。
「まずは、治療院で確認してみようよ」
ミステリー小説とかだとこういうときは、現場での聞き込みだよね。みんなで治療院に行ってみることにした。
■
「うわっ!!患者が一杯じゃないっ」
治療院は相当な混雑だった。待合室は満席で、いたるところで咳き込む人が治療の順番を待っている。
私も時々、カオリを迎えにここに来るが、こんな状態は初めてだった。
シンジローは、ここに入ったんだよね?「いつもより」の「いつも」は私の知ってる「いつも」と違うのかい?
人をかき分け、私は受付のシャロットさんに話を聞いた。
「シャロットさん、お疲れ様です。大変そうですね。なんで今日はこんなに混んでいるんです?」
シャロットさんは、顔なじみの受付だ。いつもはこんなに混んでいないので、私がカオリを待っているときにお菓子を用意してくれるお姉さんだ。
「あら、沙織ちゃん。今朝から急に咳き込むっていう患者さんが増えていて、てんてこ舞いなのよ。
街で何かおかしなことが起こってなければいいのだけれど」
確かに、前兆がなく急にっていうのはおかしい。インフルエンザだって流行りはあってもこんな前兆なしにみんな同時にって無いと思う。
治癒師の先生たちも足りてないんじゃない?こんな状況でカオリが先に帰ったっていうのが信じられない。
「カオリが先に帰ったって聞いたんですけど、いつ頃ですか?」
「ゴホゴホっ。ごめんなさい。香さんはエリック様に呼び出されたので、お昼過ぎには公爵様のお屋敷に向かったのよ」
香もこの状況の中、心苦しそうに向かっていったみたい。公爵様の呼び出しならば仕方がないって治癒師の人たちも送り出したみたい。
全く、ちゃんと聞けよっ!
私は、心のなかで叫びながら、シンジローをジト目で睨む。シンジローは、無言で目線を逸らす。
シャロットさんも咳き込んでいる。うつされてしまったのか辛そうだが、この状況を見る限り、早く帰りたくてもそうもいかないのだろう。
そんな忙しい中、猫の手も借りたい状況でカオリを連れ出す公爵の息子。
後で殴ってやりたい。
持ち合わせていた自作の咳止めの薬をシャロットさんにコッソリ渡して、治療院をあとにした。
治療院の人たちって、錬金術師の薬に頼りたがらないんだよね。
まぁ同業だしプライドみたいなものがあるのだろう。
見た感じ、治療を終えた人も咳は止まっていなかったと思う。回復魔法ってそういうものなのかな?
ちょっと厄介な風邪なのかもしれないわ。
それよりもカオリの方が心配ね。公爵様のお屋敷に行ってみましょう。
■
治療院からここに向かう途中、確かに咳き込む住人が多い。
やっぱり何かあったのだろうか。
そろそろ闇刻になりそう。暗くなる前に、灯りを用意しておかないと、カバンからランプを取り出そうとしたとき。
「沙織っ、危ないっ!!」
「きゃっ!!」
タツヤが私の服の袖を引っ張り、私を引き寄せ抱きしめられた。
目の前を矢が通過し、地面に刺さっいる。狙われた?
「なにこれっ!?危なっ!!」
「ぐわぁぁっ!」
遠くで声がして男の人が倒れている。
私の後ろでは、シンジローが刀を鞘に納め、「峰打ちだ」とか言っているけど、アンタのスキルは斬撃を飛ばすやつよね?峰も何も無いと思うんだけど。
そんなことを思っている余裕はなかった。
一瞬で辺りは暗くなり、街灯の灯りだけになる。闇刻だ。
その瞬間を狙っていたのか、黒いローブと白い服を着た男たち十数人が、どこからともなく現れて、私達に襲いかかってきている。
「進っ!!沙織を頼むっ!」
タツヤが叫んで、腰のナイフを片手に持ち、黒服に向かって跳んでいった。
シンジローが私を護りながら、居合の構えからの斬撃を飛ばしている。
飛んでくる矢も撃ち落としているみたい。
「シンジローっ!!もっと連続で斬撃っ!!先に魔法使いを倒してっ!!」
「っ!!無茶を言うっ!」
私はカバンから光の石をいくつか取り出し、周辺に投げつけた。割れた石の周辺が明るくなる。
正面では、白い服の男たちが魔法を使って、氷の塊3つがタツヤを狙っている。
「タツヤーっ!!後ろっ!魔法来てるよーっ!!」
タツヤは黒服の剣に対してナイフで攻撃を受けると、ギリギリで横に跳躍して氷の魔法を避けた。同士討ちを狙っていたようだ。
「危なーっ!!タツヤーっ!!危なっかしく戦うなーっ!!」
「うっせーっ!!こっちも必死なんだよーっ!!」
タツヤが、超跳躍で男たちと距離を縮めては殴り、蹴り飛ばしている。あ、あの白い人、自分の魔法で爆発しちゃった。
こっちはこっちでシンジローが、矢は刀で撃ち落とし、魔法は斬撃で相殺してくれている。
なるほど。あの構えからじゃないと斬撃は飛ばないんだね。
もうビュンビュン音がなるくらい斬撃とタツヤが飛び交っている。
数分後、私は何もすることなく、辺りの男たちはみんな2人に退治されてしまったようだ。
「タツヤっ!ケガはっ!?大丈夫だったっ!?
この人達、こ、殺しちゃった!?」
「殺してねぇよっ!!ただ深く斬りつけたやつは居るから、誰かを呼んだほうがいいなっ」
私は感心していた。タツヤは家ではその日の出来事を喋り倒しているけど、自分の事はあんまり言わなかったし、シンジローはあんな感じだから、二人ともこんなに強いとは思わなかった。
「こういうのって隠してたほうがカッコよくねえ?」
タツヤのカッコよさの基準がいまいちわからないけど。
「でも、コイツら一体なんだってんだろな?
完全に俺たちを殺す気だったよな」
私が狙われた最初の矢もそうだし、黒ローブの連中はみんな武器を持っている。
白服の連中の数人は、杖を持っていたから魔法を唱える気だったのかもしれない。
騒動を聞き駆けつけた人に憲兵さんを呼んでもらう。後で事情を説明しないといけないから、私の名前と所属も伝えてもらうようお願いした。
「私達が襲われたのって、カオリ絡みよね?」
「だろうな」
カオリが公爵様の屋敷に向かい、私達がそこへ向かう途中の、襲撃しやすい闇刻でのタイミング。
この連中が何者かはわからないけど、私達は何かに巻き込まれている。
「急ごう。カオリが心配だよ」
大丈夫だと思うんだけど、カオリ、今行くから無事でいてっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます