0−9
いつものように深淵の森で魔物と格闘しギルドに帰ったその日、いつもとは違った雰囲気に、他の冒険者達も戸惑っていた。
一人の魔法使いの女の子が、アリシアさんに詰め寄っていた。
ギルドと冒険者は、信用によって成り立っている。逆に言うと、信用に関わる揉め事を起こすとギルドからほぼ永久追放されてしまうので、そのような輩はほとんどいないのだ。
ただ、喧嘩やクレームでは無さそうだ。その女の子は、憔悴しきっており、泣きながらアリシアさんに縋っていた。
「お願い、します。どんな情報でも、妹には、もう時間が、」
どうも、妹さんの事らしい。アリシアさんも困り果てている。
「申しわけございません。以前にもお伝えした通り、私共ではお力にはなれないかと」
以前にも来ているらしいが、アリシアさんが難しいって言うならばそうなんだろうな。
アリシアさんの優秀さは、この1ヶ月で嫌というほど身にしみて理解した。
助けてあげたいけど、俺たちに出来ることはそこまで多くない。オロオロしている唯に声をかけて、素材カウンターへ向かおうとした時、その子から聞き覚えのある名前が聞こえた。
「でも、でもっ!貴女の、アリシア様の優秀なお話は、この国に限らず、色々なギルドでお聞きしましたのっ!本当に、どんなことでもっ!でないと、タミィが、」
タミィ!?もしかして、あの娘って。
「うんっ!そうだと思うっ!行ってみよっ!!」
唯も確信している。あの娘は、俺たちがこの世界に来たときの魔女っ娘のサミィ先生だ。
「でも、いいのか?きっとまたあの国に関わることになっちゃうけど」
おそらくセシリア王国では、俺たちは死んだことになっているはずだ。唯はまたあの時の辛い記憶を思い起こしてしまうかもしれない。
そんな思いをよそに、唯は強く頷いてサミィのいる方へ足を進めていく。
「サミィさんっ、私、唯ですっ!覚えて、ますかね?」
俺たちがアリシアさんのカウンターに近寄り、唯がサミィさんに声をかけた。なぜ疑問形なんだ?
「えっ?えっえっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
声をかけられ、こっちを向いたサミィさん。泣いていた顔がみるみるうちに大口を開けた驚きの表情になっていった。
■
「あの時は、本当に、申しわけありませんっ」
ギルドでの注目がさらに悪化してしまったので、アリシアさんに話をして2階の部屋を貸してもらうことにした。
唯に気がついたサミィさんは驚きながら、泣きながら、気持ちの良いほどのフライング土下座を披露した。
そういえば、バリテンダー城で魔の刻が起こったとき、唯が黒い人に襲われていてサミィさんの発動した転移術に間に合わなかったのを思い出した。
あの時の話は唯主観でしか聞いていないのだが、おそらくサミィさんの方だって魔物に襲われながら、転移の範囲内にみんなが集まるギリギリまで術の発動を待っていたんだと思う。
サミィさんの中ではきっと、見殺しにしてしまったっていう葛藤があったのだと思う。
死んだと思っていた唯が、それも異なる国のギルドで顔を合わせるなんて思っても見なかっただろう。
だけど、直後の対応は謝罪だった。ずっと謝りたかったっていう感じの。
唯も、そんなサミィさんの気持ちを理解して、泣きながら優しい言葉をかけていた。
なんとか生き残れたからね。
「もうっ、本当に気にしてませんからっ!大丈夫ですよっ!こうしてまた会えてアタシも嬉しいですっ!」
2人の謝罪と許諾の言い合いに飽きたフェリは、部屋のお菓子をほうばっている。
このままだとフェリが夕飯を食べれなくなってしまうので、話を進めさせてもらった。
□
「‥‥という状態なのです‥‥」
妹のタミィさんの今の状況を教えてくれた。
思っていたより深刻な内容だった。そして、俺も一枚噛んでいるというか、加害者だね、これは。
話を要約すると、サミィさんは1か月前に意識を失ってずっとそのままの状態ということ。
倒れた日は正確には、サミィさんが俺たちに授業をした日だということ。
サミィさんの治療師では、原因がわからず、このままでは命にかかわるということ。
そしてこの数日、呼吸と魔力が小さくなっていること。
ご家族はタミィさんの治療のために様々な手を尽くした。サミィさんは、転移術で国内に限らず思い当たるところに出向き情報を集めた。しかし何も効果が無かった。
すでに1度訪れているが、他国のギルドでも評価の高かったアリシアさんのいるこの冒険者ギルドに、藁にもすがる思いで再度訪れたところ、俺たちに遭遇したということだった。
サミィさんは、スキル職が呪術師で、宮廷魔導師として、今回の『翻訳のミサンガ』の呪術の担当だった。
授業を受けた後、俺は部屋で初めての『コインマジックの付与移動』で、ミサンガを強制解除してしまった日である。
確か、俺もあの時だけ気を失ったはずだ。
それだけ強力な呪いだったのか、『コインマジック』の弊害なのかはわからないが、そういうことだろう。
サミィさんが言うには、呪詛返しだったならば、その治療師さんも呪術師としての理解があるから、原因が不明にはならないはずだという。
俺の意味の分からないスキルの影響が、タミィさんの体にもろに負担がかかっているってことだろう。
「うん、ごめん。やっぱり俺が原因かもしれない」
みんなに俺の考えを話した。唯も、「アタシもミサンガを解除してもらっちゃってるから、トモだけが原因じゃないよっ!」って言ってくれているが、解除したのは俺だから。
タミィさんも泣きながら、呪術で縛っていた事実を召喚勇者には秘匿していたことを詫び、こういった想定をしていなかったセシリア王国に対して憤りを覚えていた。
「いいんだよ俺を憎んで。こういう時は憎み怒る矛先が居ないと、サミィさんが参ってしまうから。
だけどその前に、タミィさんの状態をなんとかするのが先かな」
俺の言葉を聞いて、サミィさんの虚ろだった表情に変化が現れた。
「えっ、本当ですのっ!?お願いしますっ!私ならどうなっても構いませんからっ!お願い、お願い」
また涙が止まらなくなってしまったサミィさんの頭を撫でながら、タミィさんを元気な状態に戻すための考えをまとめる。
やってみないとわからないけど、多分行けると思うんだよね。
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