0−8
「おういらっしゃ、ったく、テメエらか」
俺たちはアットサマリーのゴードン鍛治工房にいる。
オーダーメイドでお願いしていた装備品を受け取りに来ていた。
「ほらよ。注文通りになっているはずだぜ。ったく、こんな仕事は初めてだぜ」
加工をお願いしていた装備を右手にはめる。手を開いたり閉じたり、グーパーを繰り返す。
「流石だ。ゴードンさんにお願いしてよかったよ」
そう。穴空きの魔木貨、日本円で言う1円の価値である貨幣をつなぎ合わせた手袋である。
いや、もうこれはアイアンガードと呼ぶべきだろうか。指先は手袋から出ている形で、器用性が増している。
いわば、手用の鎖帷子みたいなものだ。
「うわ〜っ!アタシが縫ったやつとは段違いだねっ!いい仕事してるっ!流石プロっ!」
唯には、あの城から脱出したときに、ありあわせで縫ってもらったことがある。
ミトンみたいな形だったが、手にしっくり馴染んだ。あのときは魔物に遭遇しなかった為、使わずに済んだのだ。
「うん、いいしごと」
フェリも練習通り、ゴードンさんに媚びを売る。
「カハハハハっ!いけねえや、嬢ちゃん達に褒められるたぁ、やった甲斐があるってもんよっ!」
ゴードンさんは、唯に褒められて上機嫌である。
このドワーフのゴードンさんは、ギルマスのサレンダーさんに紹介された鍛冶師で、「店は小さいが、腕は確かだ」とお墨付きのオッサンだ。
俺にはぶっきらぼうなのに、唯とフェリに対しては愛想がいい。
まぁ、男ってそんなもんか。
■
この街に来てから1か月。俺たちは深淵の森で魔物退治を続けてきた。
美由紀さんから言われたことを守りながら修練を繰り返している感じだ。
フェリは、サーベルキャットの本能を上手く制御出来るよう頑張っている。
以前、本能に飲み込まれて、俺たちの声も聞こえなくなってしまったことが本人にとってはショックだったようで、「フェリがパパとママまもる」と、夕食後に文字の読み書きの勉強も始めた。
敏捷性を損なわないように、左側の防御力の高い革鎧を装備させている。
唯は、無敵のガードウーマンを途中解除出来るよう努力中だ。強いスキルはそれだけ制限が強いようで苦戦している。
最近、「見たっ!?今、親指だけ動いたっ!」って角ウサギに囲まれながら言っていたのだが、こっちはこっちで大変だったので見れなかった。
まだ、攻撃には参加できていないので、スキル発動前の保険のため、盾と革鎧は常備している。
俺は、戦闘での人体切断マジックを封印中だ。なので、新たな手品マジックを練習しているのだが、なかなかスキル発動とは行かなかった。
その中でようやく発現したのが、コインマジックの『コインの消失と出現マジック』だった。
普通の手品だったら、コインを隠して現れてだけなのだが、ここは魔法の国。
このスキルを使うと、コインの存在が無くなる。ただし触れると見えてしまうので、認識さえされなければ消えたままが可能なのだ。
そして俺は、『コインが付いた物を移動させる』ことができる。
これが、『消失と出現』と『者』にも適応された。
すなわち、『コインを持っている、又はコインがくくりつけられた服などを着ているの者の存在を消すことができる』のである。
要するに、装備品も含めて透明人間になり、バレないまま女湯を覗き放題なのである。
やらないけどね。
これが結構チートに近かった。俺は歓喜した。手品師は不遇では無いっ!
気配や存在が感じられないので、周りには俺の歩く音なども聞こえない。
剣を振りかざす気配も音も相手には気づかれないので、暗殺のように魔物を仕留められるようになった。
ほんと、これが身につくまでの俺の戦闘でのお荷物感は半端なかった。
ただ声を出したり、持っている剣などを落としてしまったりすると、当然相手は気がつく。相手に『そこに何か居る』と認識されたときには、もう見えている状態なのだ。
このときのスキル解除音や通知などは無いので、認識されてしまい相手には見えているのに、俺は見つかっていることに気が付かない、みたいな状態に陥る。
そしてこのスキルは、俺の手の届く範囲にある、コインの付いた物や者も見えなくするのとができる。
唯とフェリにコインを持たせてスキルを発動したときに、俺の近くならば二人とも見えなくなる。
手の届く範囲から出てしまえば透明化は解除されて戻っても再度透明にはならないし、俺、唯、フェリの順番でスキルを発動とかも出来無い。
俺が透明な戦車に乗って敵を轢き殺すみたいなこともできるわけだ。
そして極めつけが、『コインの移動マジック』での、『コインと接触している対象』を移動させるマジックである。
今まで試したことがあったのは、
①右手⇔左手とコインの移動。
これは最初に覚えたマジックだ。コインの種類が異なれば、同時交換移動も可能だった。
②コインを付随した物を、右手⇔左手に移動。
こちらは、穴空き魔木貨コインをくくりつけたミサンガを移動させた。
そして、魔木貨で手袋を作った事により可能になった手品スキルが、
③『コインが触れている対象』を、右手⇔左手に移動させることである。
コイン手袋を装備した右手で触っている魔物が、左手で触っている状態に移動した。このとき手袋は、左手に装備されている。
両手にコイン手袋を装備した場合には、スキルが発動できない。
多分だが、コインの種類が同じだと交換移動が出来ないのだろう。本質は手品なのだ。
もう一方が日本の5円玉や50円玉であれば可能なのかもしれない。
それでは、移動する先に対象が移動できるだけの『スペース』が無かった場合はどうなるのか。
『手袋で魔物に触れる』、『反対の手は地面を触れている』という状態の時、手袋は移動して魔物は消えてしまった。
魔物はどこに行ったのか。
恐ろしいところなのだが、『本当だったら地中に埋まる位置に居る魔物は、移動スペースが無いため埋まらずに消滅する』のだ。地面を掘ってもそこには土しかなかった。
水面でも試したが、魔物は水中に現れた。
移動先の密度が関係するようだ。魔物は水中に現れて、移動した反対側の空間にある物質を押し退けるのだが、その密度が高く押しのけられない場合は、行き場をなくして消滅する。
地面の代わりに、はてなボックスでも試した。
この場合は、はてなボックス内に人や魔物が入れる空間がある。ボックス時間の流れが異なっても、空間さえあればそこに移動するようだ。
スキルで移動した先に、すでに物があったので、『移動できない』ではなく、置き換えられないからエラーが発生し、『消滅した』としか考えられないのだ。
受付のアリシアさんに、この世界での消滅魔法やスキルの存在を確認したのだが、「創造や消滅の魔法・スキルは存在しません。神の力ですからね」と言われてしまった。
その時は笑って誤魔化したが、ちょっとこのスキルは検証と秘匿が必要かもしれない。
アリシアさんに話したのは失敗だったかな。まぁ済んだことは仕方がない。
もう一つ試したことがある。コイン手袋で地面を触り、スキルの発動だ。
結果は、『反対の手で、同じ場所の地面を触っていた』のである。そりゃそうだろうと思うかもしれない。
『俺が動いた』のならば良しとしよう。
問題なのは、『この世界が動いてしまった場合』だ。
実際は、どちらが正解だったのかはわからない。
手品師の最初のスキル、『コインマジック』。
これが『初めのマジック』だったのは、1番手頃なマジックだからだと思っていた。
もしかすると‥‥
ただ、今の俺には心強いスキルだ。上手に活用して、この世界を生き抜き、日本に帰る。
そう決意を新たにする機会にもなった。
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