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「お見事でした。次回からはもう少し奥に進んでも問題ないかと」 



 ミリーさんが私達の立ち振舞に太鼓判を押してくれた。はぁ~、ようやくって感じ。


 カオリ暴走事件から1か月が経った。


 私達は深淵の森で、魔物の討伐を行っている。今日の指導教官は、冒険者ギルドから派遣されている双剣師のケンターさんと水魔法使いのミリーさん。

 タツヤとシンジローは、ケンターさんに武器の扱い方を。私とカオリは、ミリーさんに魔力の制御と補助アイテムの使い方などを教わりながら魔物の退治をしている。



 この1ヶ月で、色々なことがあった。

 私達と一緒にこの世界に召喚された人達のほとんどが残っていたバリテンダー城が、魔木と魔物や黒い影に襲われた。

 城内は凄惨な状況で、避難ができた一部の現地人以外、生存者は、見つからなかったそうだ。


 これには、私達も悲しみに暮れた。 

 接した時間は短かったとはいえ、同郷の日本人だ。唯ちゃんと北さんとは、一緒に食事もしたし、一緒に不安を乗り切った仲間だった。


 ただ、誰かが死体を弔った痕跡があったという。それも、現在この世界では行われていない火葬で行われたらしい。


 聞いた話だが、この世界では死者の供養には、土葬と神官による祝福のセットが基本になっている。

『死者は魔木に宿り、輪廻を繰り返す』という慣習があるようで、火山を中心に据えるこの世界で生の象徴である火を使っての供養は、基本的には行われない。

 なので、この世界の習わしを知らない、生き残った召喚勇者が供養したのではないかという憶測も広がっている。


 その理由の裏付けとして、お城の周りまで深淵の森が広がり、周辺の壁が森に取り込まれて『壁の存在が無くなってた』いたにも関わらず、城に結界が張られていたため、現在も『バリテンダー城が存在している』という事実だった。


 避難が間に合った宮廷魔道師の話によると、お城の結界が破られてから、再度結界を張る時間的猶予は無かったそうだ。

 だが、事後に捜索隊がバリテンダー城に着いたとき結界が張られた状態だったため、城が森に飲まれておらず、魔物の侵入も防がれたということらしい。


 ただ、今回召喚された勇者に、あれほど広範囲の結界を張れるスキルを持った人がいなかったらしい。



「‥‥というのを聞いた」



 この間鍛えられた魔物の解体を終え、簡易結界の中でお茶を頂いている。

 シンジローは、こういう説明をするときには饒舌になるのに、いつももっと話せばいいと思うんだけど。


「性分じゃない」

 説明が終われば相変わらずだった。



「でもさー、生き残ったのって誰なんだろうな?あのスゲー強い黒い影がみんなを襲ったってことだろ?俺らのときも香の魔法が無かったらヤバかったかもしれなかったもんな。


 そんで、みんなの敵のそれをやっつけた。それってヒーローだぜ。連絡ぐらいくれてもいいと思うんだけど」


 首を切られただけあって、タツヤの話に妙な説得力がある。なんか腹が立つなぁ。


「どうだろうね、ッン。僕だったら下手に英雄扱いはされたくないから、ナイショのまま普通の生活をしているかもね」


「あら?アナタってそんなに謙虚だったかしら?」

 ケンターさんとミリーさんも話に混ざってきた。この二人は同じ冒険者パーティで仲良しさんなのだ。


「僕は多大な期待の目を向けられたくないだけさ。

 ただその英雄が、君たちみたいな召喚されたばかりの勇者だったとしたら、知識も経験も無いこの世界で生き残るのは大変だと思うよ、ンッンッ。

 残念だけど誰かの後ろ盾が無い限りは、生きてはいないだろうね。ケホケホ」


「ケンターさん風邪ですか?私が昨日作った咳止めなんですけど、よかったらどうぞ」

「ああ、ありがとう。ちょっと喉の調子がおかしくてね。土埃を吸い込んじゃったかな」


 薬を手渡しながら、私達はケンターさんの話に納得してしまう。



 転移してようやく開放されたと思っていた勉強という魔物が、この1か月私達を苦しめた。いや、私とタツヤを苦しめた。


 大事なところで日本の常識が通用しないんだもん。魔法の世界を痛感した1か月だった。


「そういえば、ねねさんが少し元気になったみたいなんです。さおちゃん、今度お見舞いに行こ」


 カオリは聖女としての勉強で、治癒師の人からも学んでいるから、そっちからの情報らしい。


 ねねさんは、みんなが死んでしまった事実を知って倒れてしまった。


 私達よりみんなと親しく接していたから、精神的なショックが大きかったみたい。

 早く良くなって欲しいな。




 サントフの街に帰り、午後はみんな別々の所で学んでいる。スキルの勉強。


 シンジローは剣術道場で。カオリは治療院で。タツヤは特殊なスキルなので、基礎体力づくりのため冒険者ギルドで依頼をこなしている。


 私は錬金ギルドで精錬だ。錬土術なので手順などがみんなと異なるんだけど、結構さまになってきた。

 期待していた通り上手く行けばお金になりそうなので、そりゃやる気も出るでしょって感じ。


 何ができるかっていうのはまだナイショ。だって、ちゃんとしたものが出来なかったらみんなをガッカリさせちゃうしね。


 あとは、お楽しみは最後のほうが盛り上がるでしょ。




「沙織〜、終わったのか〜?」


 今日もタツヤが錬金ギルドまで迎えに来てくれた。今は国や貴族様の護衛は付いていない。

 ただ1人歩きは危険だということでタツヤがいつも迎えに来てくれる。



「今日はどんな依頼だったの?」


「聞いて驚け!今日は迷子の捜索だったんだけど、俺のスキルで高いところから街を見渡せるからって余裕こいてたら、なんとその子誘拐にあっててさっ!ギルドの仲間たちと一網打尽って感じなわけよっ!

 見せてやりたかったわ、俺の勇姿を!」


 最初はいつもの簡単な依頼解決のつもりで聞いていたんだけど、思っていた以上に物騒な事件に関わっていたことに驚いた。


「ちょっとっ!大丈夫だったのっ!?怪我とかはっ!?」


 心配をよそに、タツヤはドヤ顔で返してくる。


「俺も最近、剣の扱い方も上達してきてるからさ。でも、やっぱスゲーよ。本物の冒険者は!ほとんど先輩達が解決しちゃったからなっ」


 確かに、シンジローほどではないとはいえ、タツヤも深淵の森での訓練では魔物の討伐率が上がってきて売るのは確かだ。


 ただ今回の相手は人間だ。魔物ではない。人を殺さなければならない事もあるかもしれない。


「まぁこんな世界だから、そういうときも来るんじゃないかな。でもさ、強くないとお前たちを護れないだろ。

 俺達が強くなれば、沙織も香も安心して暮らせるじゃんか。だから、頑張りたいんだ、っておいっ!歩くの早いってっ!」


 この〜っ!ドヤ顔のタツヤなのにカッコいい事をっ!!


 私は、ちょっと恥ずかしくなって早歩きになってしまった。

 多分赤くなっている今の私の顔を、タツヤに見られたくない。

 

 今のみんなで楽しく暮らしている関係が壊れてしまいそうで、でもさ。



 私の初恋の男の子は、身長は伸びないけど、どんどん大きい存在になってしまったなぁ。



「タツヤに負けてらんないっ!私も強くなるから。タツヤを護るのは私だからねっ!」


 振り返って、そう言ってやった。




 途中で買い物をしながら荷物をタツヤに持たせて、街から少し離れた家に着いたんだけど、いつもなら先に帰ってきているカオリとシンジローが居なかった。


「あいつら遅いな。俺、ちょっと見てこようか?」


 タツヤも気になっているらしい。今日の誘拐事件が頭に引っかかっているのだろう。


 剣と魔法が入り乱れる世界なので、ある程度の乱闘騒ぎなんかは毎度のことなんだけど、誘拐事件のような犯罪が起こることは少なかった。


 この世界にはスキルがある。誘拐などもそういう専門家にかかれば、居場所の特定など朝飯前なのだ。


 だから、引っかかっていたんだと思う。



『なんで冒険者ギルドに、誘拐に関わる迷子の捜索の依頼があったのか』




 タツヤとシンジローが、家に飛び込んでくる。





「香が、行方不明だ」






 私達の日常が、音を立てて崩れだした。

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