0−6

「あははははっ!そりゃ難儀なこったっ!」



「笑い事じゃないんですよっ弥生さんっ!ほんとにっもうっ!死んじゃうところだったんですよっ!ねぇトモっ!」


「ふにゃぁ」


 

 俺たちはギルドから移動して、酒場で美由紀さんと意気投合した。テーブルの上は、酒の空き瓶やグラスとツマミの皿で一杯になっている。

 確かにお腹は空いていたけど、頼み過ぎだよなこれは。


 フェリには普通のミルクを頼んだのだが、少量のアルコールが入っていたらしく、テーブルに伏せてふにゃふにゃ言っている。

 未成年っていうか、生まれたばっかだけど、フェリは大丈夫だろうか?


「このちみっこは獣人だろが?大丈夫大丈夫、獣人は産まれつき酒には強いから」

 どう見ても酔っ払いのフェリを見る限り、強いとは思えないのだが。


 眼鏡をかけた神官服の女性は、弥生美由紀さん、このアットランドで召喚された日本人の勇者だった。その重そうなメイスを振り回す系かな?俺たちの先輩である。

 この世界にいつ頃来たのかは、随分前で忘れたとのこと。

 この世界では勇者はどの国でも召喚されているらしくて、その子孫を合わせれば、歩いていれば石ころ並みにぶつかるレベルらしい。


「まぁ、オレも日本人の勇者に会うのは久しぶりだけどな。

 それにしても、『魔の刻』を自力で乗り切ったとはたいしたもんだよお前ら。

 死んだ奴らのぶんまで、お前らが頑張らないと、そのうち化けて出てくるぜ、きっと。ヒヒッ」


 あの夜の出来事は、魔の刻という、過去にも他の国の勇者召喚で起きた現象らしい。

 その国と召喚された勇者は、ほぼ全滅したっていうから、生き残れたのは本当に奇跡に近かったのかもしれない。


 

「ふ~ん、んでこのちみっこが魔物の子供とはねぇ。

 魔物っちゅぅのはナイショにしておいて、獣人で通したほうが難儀しないね」

「にゃっ」

 美由紀さんは、グダグダのフェリの額ににデコピンした。

 聞くところ、この世界には俗に言う魔物使いは存在しないらしい。

 魔物の扱いは、このアットランドではそこまでうるさくないみたいだが、魔物を悪の使いと考えている国もあるようなので、確かに面倒はないことに越したことはない。


 

「さて、じゃあ行こうか」


 美由紀さんが立ち上がり、酒場から出ていく。あれだけ飲んだのに全くフラつきもしない。酒豪だな。

 とりあえずまぁふにふにしているフェリを背負って、俺たちも弥生さんについていく。

「んで、これからどこに行くんですか?」

 街でも案内してくれるのかと思っていた俺だが、そんな考えはとんでもなかった。


「あん?何いってんだ?行くって言ったら、森で魔木と魔物の退治しかないだろ?今行かねえと、夕飯に間に合わねぇじゃねぇか」

 少しづつだが、この人の行動パターンが理解できてきた。

 とりあえずやってみる派の総長で、宵越しの銭は持たない派のリーダーだろう。




「あっ、癒やしの聖女様〜!誰ですか、そいつらは?」 



 深淵の森へ向かう途中、少年の冒険者たちだろうか?剣に皮鎧の4人組の一人がこっちに向かって呼びかけている。


「おーガキども、コイツラはお前らの後輩だ。よろしくな〜」

 美由紀さんがその少年たちに手を振って返事をしている。

 聖女?えっ、聞き間違いじゃないよね。


「えっ!?アタシの聞き間違いかなっ?美由紀さんって、聖女なのっ!?」

 唯も同じだった。


「ああ、元だけどな。ほれほれ、この魅惑のボディからにじみ出る聖女のオーラ、トモっちにならわかるだろ?」


 う~ん、身長は唯と同じくらいなのに、神官の服がブカブカだから、魅惑のボディは全くわからないが、俺のおっぱいセンサーは反応しないところを見ると、そういうことだろう。


 とりあえず、唯を勝者として心のなかで認定したら、美由紀さんに殴られた。声に出していないのに理不尽っ!


 癒やしの要素はどこに行った?



 その後俺たちは、自分たちのスキルの話しをしながら、深淵の森に入っていった。


「うわーっ!ここの森は木が多いねっ!魔物とか出てこないっ!?」

 道中で通過した森は、森というか林だったので太陽の明かりも届いていたし、木と木の間隔もここまで密ではなかった。

 しかしここは正真正銘深淵の森。奥に行けば行くほど魔木の葉が覆い繁り、昼なのに闇が広がっていく感じがする。

 木の陰からあの時の犬や猫の魔物が飛び出してきそうで、ビクつきながら奥へ進んでいく。


 森に入って10分くらい経ったとき、尖った角が額に生えている黒いウサギの群れに遭遇した。15匹くらいだろうか?向こうは逃げることなく、こちらを見て身構えている。

 こっちは逃げたいのに。


 美由紀さんがちょうどいい岩に腰を掛けて、俺らにこう告げた。

「さて、ここいらでいいだろ。じゃあやってみな、なんかあったら手伝ってやっから」



 は?


 この人は何を言ってるんだろ?俺たちは、武器も防具も何も持って無いんですけど。


「スネークダイルをやっつけた時と同じだろ?武器は使うもの。頼るのは自分自身だよ。

 ほれほれれ、そこのちみっこはわかってるじゃないか」


 フェリを見ると、すでに臨戦態勢だった。俺たちも覚悟を決めた。


 はてなボックスを発現させ、右手に構える。

「唯っ、前に出てスキルをっ」

「了解っ!」

 唯がウサギの方に駆け出し、安全な距離でスキルを発動させる。

 ウサギが唯に襲いかかってくる。その隙に、俺もウサギに向かって走り出す。その時、後ろから俺の横を何かが通り抜けた。

 フェリが飛び出して、シュッシュッとウサギを伸ばした爪で仕留めていく。8、9、‥‥あ、13。

 

 あっという間にウサギは全滅した。


「ママー」

「フェリ〜っ!!フェリつよーいっ!!」

 唯はスキルが解けて、フェリの頭を撫でている。俺は、走るのを途中で止めて、フェリの動きを眺めていた。

 擬音があるとしたらポカーンである。

 あれに対応をしろっていうのは無理だ。我が娘ながらあっぱれだわ。



 美由紀さんは座っていた岩から飛び降り、パチパチと手を叩く。


「うんうん。やっぱこれくらいじゃ相手にならんね。

 はいはい、この袋に魔物を回収回収ー。次行くよー」


 その後も、中型のネズミや蜘蛛、空を飛ぶ鳥やフクロウなども、難なく倒していった。主にフェリがだけど。


 1番の驚きはフェリの強さだ。猫の魔物の特性なのだろうか、敵の察知能力が高い。

 木の上だろうが素早い動きと高い運動能力で敵を仕留める。

 高いところから手をついてシュッタっと降りてくる動きはまさに猫である。

 

 唯のスキルで判明したことは、動きを縛る対象を任意に変更できること。

 本人が動けないのは変わらないが、唯の方に魔物の注意を逸らすことが自由にできるのは大きい。


 俺?俺は、木を叩いて落ちてきた猿を一匹退治したよ。一番役に立ってない。適材適所というものがあるのだ。



「よしっ、今日はここまで。これから数ヶ月、3人でこの辺りまでの魔物の駆除な」


 今日のノルマは終了らしい。全部小物だが退治した魔物が袋にぎっしり詰まっている。

 武器とか防具とか回復アイテムとかは必要ないのかと聞いたのだが、

「あれ?今日倒した魔物で怪我するん?」

 と言われた。


 しないな。過剰というか、武器を使うタイミングが見当たらないわ。

 RPGのゲームでは、その街のフル装備をしてからスライムを倒しに行っていた俺としては、結構なショックだったが。



「パパー、ふくろはいらない」


 魔物の死骸を回収していたフェリから声がかかった。もう3つの袋は一杯になっていた。

 とりあえず、大きめの猿を人体切断マジックで解体していく。


「へぇ、えげつないスキルだねえ。生きてる魔物も対象?」

 いつの間にか、美由紀さんが俺の背中に寄りかかって覗き込んできた。

 ふにゃっと柔らかい感触が背中に伝わる。うん、この感じはやっぱり唯の勝ち。

 後頭部を平手打ちされた。


 解体を進め、素材を箱に詰めていく。どの部分が買い取ってもらえるのかわからないので、1番大きい箱にして、とりあえず全部詰める。



「トモっちのスキルは意味わからんね。よしその箱は、運ぶ以外の使用禁止ね」



 衝撃の禁止令が出たっ!今の俺の生命線なんですけどっ!

 

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