第14話 奴隷は2度刺す


 俺はまたしても奴隷の買い付けにやってきた。

 いつも、奴隷の買い付けにはアーデを同行させている。

 身の回りの世話はほとんどアーデに任せっきりだ。

 それから、ドミンゴにも護衛として付いてきてもらっている。

 奴隷市場では面倒ごとがつきものだ。

 いざというとき、ドミンゴがいれば頼りになる。


「この奴隷をくれないか?」


 いつものように、俺は適当な奴隷を選ぶ。

 右腕だけがない、男の欠損奴隷だった。

 そしていつものように奴隷の引き渡しをする。

 奴隷紋の所有権を奴隷商から俺に移し替えようとした、そのとき――。

 奴隷の男はどこからともなくナイフを取り出し、俺に斬りつけようとしてきた。

 なるほど、確かに奴隷が反逆をしようと思えば、奴隷紋の引き渡しのタイミングがベストだ。

 奴隷紋があると、奴隷は主人に危害を加えることができない。

 だが、奴隷紋の主人が一時的に不在になる、この移し替えのタイミングなら、牙をむくことが可能だ。

 危うく刺されそうになる俺だったが、それをアーデが引き留めた。


「危ない! ご主人!」

「アーデ……!?」


 なんとアーデは自分の身を顧みずに、俺の前に飛び出した。

 そして俺の代わりに、奴隷の刃はアーデに刺さる。


「アーデ……! 大丈夫か!?」

「わ、私は大丈夫です。それよりご主人様、大丈夫でしたか?」

「俺は大丈夫だ」


 アーデを間違えて刺したことに、奴隷の男は一瞬困惑し、ひるむ。

 そこをすかさず、ドミンゴが奴隷の男をとらえた。

 ドミンゴは男を地面に押し付け、拘束する。


「貴様! ご主人様に……! なにをする!」

「っく……お前らも奴隷のくせに……! なんで俺を邪魔するんだ!」

「ご主人様は奴隷の俺たちでも、丁寧にあつかってくださる。そういうお方だ。ご主人様を傷つけるようなやつは、この俺が許さない!」


 俺は奴隷たちのおかげで、なんとか殺されずに済んだわけだ。

 それだけアーデとドミンゴの忠義は厚かった。


「ありがとう二人とも、それより……アーデの傷を治療しないと……!」

「そんな、私は大丈夫ですから……」

「だめだ。おい、奴隷商、ベッドを借りるぞ」

「は、はい」


 俺は奴隷商にベッドを借りて、奥の部屋にアーデを運んだ。

 アーデは腹部を刺されていて、かなりの出血がある。


「くそ……なんてことだ。あの奴隷め……!」


 俺はアーデに回復魔法をかけ、治療してやる。

 このくらいの傷なら、なんとか綺麗にふさがるだろう。


「ご主人様、ありがとうございます。また、ご主人様に助けられてしまいましたね……」

「いや、助けられたのは俺のほうだよアーデ。ほんとうにありがとう」


 俺はアーデに優しくキスをした。


「ご主人様……私も、ご主人様をお守りできてうれしゅうございます。ご主人様のお力になることが私の生きる目標ですから」

「そんな、アーデはいつも役に立ってくれているよ」


 アーデから俺への忠誠はほんとうに大したものだった。

 これも、俺がこれまで奴隷に優しくして、媚びを売ってきたおかげだな。

 俺が奴隷に嫌われていたら、あそこで刺されていた。

 そして俺が回復魔法を鍛えていなかったら、そのまま死んでいたかもしれない。

 俺は、運命に打ち勝ったのだ。

 破滅フラグしかないと思っていたが、これはもしかしたら、本当に破滅フラグを回避できるんじゃないのか……?

 ドミンゴも見事に護衛の役割を果たしてくれたし、俺は案外うまくやれているのかもしれない。


「ドミンゴも、本当によくやってくれた。これからも、こういうことがあるかもしれない……よろしくな」

「もちろんですご主人様、このドミンゴの目が黒いうちは、ご主人様に傷一つ付けさせやしません」


 ドミンゴは普段クエストで鍛えているから、そんじょそこらの奴隷に負けたりはしない。

 さっきもすみやかに奴隷の男を取り押さえてくれた。

 俺たちがそんな会話をしていると、奥から奴隷商の男が申し訳なさそうに近づいてきた。


「あの……その、この度はこのようなことになってしまい……まことに申し訳ございません。奴隷のしつけがなっておりませんで……」

「まあ、大事はないから大丈夫だ。次からは気を付ければいいだけの話だ」

「そういっていただけると助かります……。これはほんのお詫びですが、奴隷を一体サービスしますので」

「それはありがたい。それで、さっきの男はどうなった?」

「さっきの奴隷は殺処分にいたしました」

「そうか……」


 主人に牙をむこうとした奴隷は、必ず殺される。

 それは、絶対のルールだった。

 奴隷もなんとか自分の地位から抜け出そうと必死なのは理解するが、俺にはどうしようもできないことだ。

 今回は、刺されなかったことを幸運に思おう。

 アーデにはほんと、感謝だな。

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