第309話 鏡の世界

ちょっと、お前らに聞きたいことがある。

というより、相談に近いかな。

もしかしたら、釣りと思われるかもしれないけど、聞いて欲しい。

 

まあ、信じられないやつは釣りだと思ってくれていい。

 

 

俺は中学の頃、イジメにあっていた。

だから、不登校だった。

 

けど、俺は学校に行っていない間も家で必死に勉強をしていた。

そのおかげで、何とか俺を拾ってくれた高校があったんだ。

 

それを機会に俺は学校に通えるようになったんだよね。

ただ、やっぱり俺は人と話すのが不得意というか人見知りというか、とにかく友達ができなかったんだ。

イジメられるよりかはマシだったけど、せっかく学校に行っているんだから、楽しい高校生活を過ごしたいと考えていた。

 

友達を作ろうと思い、クラスメイトに話しかけようとするが、どうしてもその一歩が踏み出せない。

そうこうしているうちに、入学から2ヶ月が経った。

もちろん、友達は一人もできなかった。

というより、クラスの中で俺は浮いた状態になっていた。

 

このままではまたイジメられる。

 

そう予感していた。

中学のときも確か、こんな流れだった気がする。

友達がいないということは、誰も味方がいない状態だ。

だから、みんな、安心して俺をイジメることができたんだろう。

 

なんとなくだけど、クラスの雰囲気が俺を異物と見ているような感覚がする。

 

ヤバい。

このままじゃ、中学の時と同じになってしまう。

それだけは嫌だ。

 

そう思って、俺はとりあえずの対策として、笑顔を絶やさないようにすることにした。

毎朝、鏡に向かって笑顔の練習をする。

不自然な笑顔にならないように、自然に笑えるように練習したんだ。

 

そのおかげかどうかはわからないが、俺は一人だけど、Sくんという友達を作ることに成功した。

 

というより、Sくんから声をかけてくれたのだ。

 

いつも一人でいた俺を放っておけなかったらしい。

 

まあ、理由はどうでもよかった。

友達ができたことが本当に嬉しかった。

もしかしたら、俺にとって、Sくんは初めての友達だったかもしれない。

 

その友達をきっかけにドンドンと友達が増えていった……なんてことはなかったけど。

でも、俺はSくんがいればそれでよかった。

Sくんに嫌われないように、笑顔の練習だって、毎日続けていたんだ。

 

学校の登下校はもちろん、昼休みや放課後もSくんと一緒にいることが当たり前になっていた。

中学の頃からは考えられないほど、学校が楽しかった。

これも全部、Sくんのおかげだ。

 

だけど、1つだけ気になっていることがある。

 

それはSくんがかなり情緒不安定なところだ。

凄く優しいときもあれば、凄く乱暴なときがある。

 

それは別にいい。

なぜなら、中学でイジメれらていたときのことを考えれば、全然、大したことはない。

俺に手を上げるときもイジメじゃなく、怒りによるものだからだ。

悪意があるかないか。

やられることが同じでも、そこには大きな違いがある。

 

だけど、困っているのはSくんが怒ることじゃなく、なんで怒るかの『きっかけ』がわからないところだ。

人って、大体は怒る理由というのは同じなはずじゃないか?

つまり、どこを踏めばその人にとっての地雷か、というのは付き合っていけばわかってくるはずだ。

 

なのにSくんの場合は全くわからない。

同じことをしても、笑って許してくれるときもあれば、いきなり叩いてくるときもある。

なにがSくんの切れるきっかけなのかが、不明なのだ。

これじゃ、気を付けようがない。

 

でも、だからと言ってSくんと距離を置いたりしたくはない。

だって、初めての友達なのだから。

 

だから、俺は必死になってSくんを観察した。

どんな細かいことでも見落とさないように、Sくんを見続けた。

 

そうしているうちに、俺はあることに気付いたんだ。

Sくんの利き手が、日によって違うときがあるってことに。

 

そんな不思議なことがあるだろうか?

ただ、もしかするとSくんは両手が利き手なのかもしれない。

 

さらに、観察を続けると利き手と性格の共通点も見つけることができた。

 

それは右利きのときのSくんは優しく、左利きのときのSくんは乱暴者だということだ。

しかも、Sくんの記憶に違いがあることがわかった。

 

右利きのときのSくんと過ごしたときの記憶が、左利きのときのSくんとズレがあることだ。

 

例えば、右利きのときのSくんと学校帰りにアイスを食べたのに、左利きのときのSくんとその日の話をすると、学校帰りに食べたのはハンバーガーということになっている。

 

それを総合的に考えて、俺はある答えに辿り着いた。

 

それは――Sくんが二重人格じゃないかってことだ。

そう考えれば、色々と辻褄が合う。

 

どうだろうか?

 

一応、先生には、Sくんに内緒で相談してみた。

だけど、何をバカなことを言ってるんだって顔をされた。

俺の気のせいじゃないかって言われたんだ。

 

先生の話ではSくんの性格がコロコロ変わるなんてことはないって言うんだよ。

 

まあ、性格が変わったことに気付くほど、先生がSくんと話してないからだと思うけど。

 

こういうときって、精神科の病院に行くと人格を統合させることができるっていうのがあるらしい。

 

けど、それをやんわりとSくんに言ったら、激怒されたんだ。

俺は二重人格なんかじゃないって。

 

それからはSくんとギクシャクしちゃってさ。

1ヶ月くらい、まともに話してくれなくなっちゃったんだよ。

 

で、俺が相談したいのは、どうやって謝ったらいいかってことだ。

仲直りの方法を相談したい。

 

本当は右利きのSくんのときに仲直りをしたいと思ってるんだけど、この1ヶ月間くらい、Sくんはずっと左利きなんだよ。

 

なにか、いい仲直り方法を知っていたら教えて欲しい。

 

 

あとさ。

これはどうでもいい話なんだけど、いつから日本って左側通行になったんだっけ?

 

終わり。













■解説

語り部は鏡の世界と現実の世界を行き来している。

Sくんは二重人格ではなく、鏡の世界と現実の世界での性格が反対になっているだけである。

語り部は友達がいないため、Sくん以外に違和感がなかった。

そして、最後に語り部は元々、鏡の世界の人物。

なので、左側通行であることをおかしいと感じている。

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