第9話 二人目のヒロイン
序盤のフィーネはまだ村人フィーネだから、優しいイメージだった。
でも、実際は今の強気なフィーネが彼女の本来の姿だ。
『ドラゴンステーションワゴン』は恋愛ゲームの側面を持つRPGだが、恋愛ゲームとして見た場合、本命ヒロイン『フィーネルート』は意外と難しい。
彼が前の世界で、フィーネルートに到達できたのは20周目。
(このゲーム、どこまでの表現は許されてるんだったっけ。さっきの敵の内臓とか。アウトじゃないのか?休憩とは名ばかりのエロシーンがカットか暗転するのは分かるんだけど)
ただ、もう一つ問題がある。
今現在、フィーネがドン引きしている件。
「えと、さっきのはそういう意味じゃないから。この先にモンスターが現れない場所があるって意味。あ、あの……。アルフレド、次のエリアに行こうか……」
「へー、そーなんだー。日頃の行いのせいよ。紛らわしいこと言わないでよ。」
レイモンドのせいなのか、レイのせいなのかはさておき、彼女にはレイが厭らしいことを考えているように映ったらしい。
そこを勇者様が救済する。
「確かに、こんなところで喧嘩をしている暇はないな。今はレイの言う通り、先を急ごう。」
「ちょっとぉ。アルフレドはレイに甘くない?」
「レイはネクタまでだ。もう少しくらい仲良くしてくれ」
「そうそう。俺はネクタまでだからな。」
アルフレドは本当に良い奴である。
そして、しばらく歩くと陽だまりがあり、女神の彫像が立っていた。
レイはこの場を知っているので、困惑することもなくそこまで歩いていく。
主人公のつもりで歩いていくが。
「人生はオートセーブ、ってこっちの世界もオートセーブってこと⁉」
本来ならここに触れるとセーブしますか?と画面に表示される。
けれど、うんともすんとも言わない。
セーブスロットは一つしかないが、コンプリート勢には長らく愛用されたことだろう女神が反応しない。
(エミリとの出会いのシーンを何度も経験したいプレイヤーが怒るぞ。……お、俺はあんまり使わなかったけど?いや、マジマジ。マジで。二、三回くらい……かな。使わせてもらったの。同人とかじゃないんだよ。やっぱ公式でエロい感じなのが……、いや。違うし。ただのゲーム愛ですしー!)
とはいえ、主人公ではないからかもしれない。
そんな主人公になれないゲームとは早めにおさらばしたい。
だから、本当に小休憩だけをして、レイは勇者様に催促した。
「アルフレド、そろそろ行こうか?」
「あぁ、そうだな、行こう!」
レイは街道とは呼べない
この先で登場するモンスターは先ほどの復習である。
チュートリアルの後は同じような戦い方をさせる。
広義で言えば、これを含めてチュートリアルなのだろう。
アルフレドもフィーネもこの程度の敵に苦戦をするキャラではない。
レイも自分の将来の仕事の幅を広げるために先ほど同様の戦いを続けた。
先の戦いの後、MPの最大値の上昇を感じていたレイは、少しだけ戦いを優位に進めた。
この辺りに出没するモンスター相手に「モヤモヤは二回で充分」というコマンドバトルでは味わえないコツも理解した。
「そろそろかな。」
「何がよ。」
「いや、もうちょっとしたらネクタだなぁって?」
ネクタの街はここから遠くない。
今から始まる強制イベントを越えて、暫くしたら比較的大きな街に辿り着く。
だが、何かおかしい。
「おかしいな……」
確か、ここの筈だ。
獣道をすこし広くしたような道を歩きながらレイはぽつりと呟いた。
「レイ、どうした。モンスターの気配か?」
レイモンドは本当に悪い奴である。
設定でそうなっているのだから、間違いない。
だから、そんな彼に真正面から話をするアルフレドは本当に良いやつなのだろう。
プレイヤーはイベントスチル目当ての下心ありありプレイをしていたが、本人はこんなに正義感の塊で、見た目も性格も本当に良い奴だった。
『本当にアルフレドさん、ごめんなさい。僕はえっちな気持ちで貴方を操作していました!』
と、全国のプレイヤー諸君は謝罪するべきだろう。
そんなどうでも良いことを心の中で叫ぶ。
でも、実はかなり重要な話である。
勿論、レイにとっての、だが。
「いや、ここから先、
「むーびー? レイ、すまない。それはどんなモンスターなんだ?」
レイの脳内用語は彼らには通じない。
だが、事実なのだ。
立ち位置とか装備とか全然違うじゃん、とか思ってしまうムービー演出が差し込まれる筈なのだ。
そしてそのイベントが起きないのは、彼にとって都合が悪い。
これから先、ヒロインキャラが一人ずつ仲間に入る。
すると、レイモンドは次第に戦闘には参加しなくなる。
RPGのほとんどが、仲間が増えても全員では戦えない。
泣く泣くお気に入りキャラをパーティから外すものだ。
でも、レイモンドはムカつくキャラだし、使えないスキルしか持っていないから即座に外す。
だが、パーティメンバーが揃っていなければ、いないよりマシだなと「やっぱりレイも戦え」となる可能性が残ってしまう。
だから、ここは絶対に必要なイベントだった。
ネクタの街でも一人ヒロインが増える。
でも今のままでは、それでは四人パーティ。
このゲームは四人編成なので、人数がピッタリになってしまう。
(ネクタで綺麗に別れられないじゃん。あれ、なんか一人足りなくね?って思われるじゃん‼)
だからこそ、ここで四人にしておかなければネクタでのお別れが自然では無くなってしまう。
「いや、俺の勘違いだったら悪いんだけど。んー、どうかなー。ここから左に向けても轍が続いている。そんな風に見える……かも。もしかしたら、その先に……」
多分そう。
この辺がそう。
エミリの登場シーンを考えるときっとそう。
「分かった、行ってみよう。俺たちの村のような悲劇を繰り返させてはならない!」
「そうね、確かに轍が続いているわ。こんなところに誰か住んでいたなんて、知らなかったわ。」
流石、このゲームのヒーローとメインヒロインだ。
彼らはレイの何気ない言葉を異変と感じて、脇に逸れた轍に向かって駆け出していく。
そして言い出しっぺは後を追いながら、どうしてイベントが起きなかったのかを考えていた。
(ムービーがない?もしかして、やっぱりリメイク前のゲームか?でもリメイク前もここでエミリが仲間になる。あの道から魔物に追われて飛び出したエミリの豊かな部分と俺の体、じゃなくてアルフレドの体が古典的効果音と共にぶつかる。あの有名なムービーがないだと?この時期はまだ揺れの規制が緩かった、良い時代だった。だのにそれがない……だと!?……いや、俺がアルフレドではない以上、俺には全く関係ない話なんだけれども‼)
轍の続く道の向こうには小麦畑が広がっていた。
設定上、この先にはいけなかった筈だが、エミリの実家は農家なので、設定上はマップ外に作り込まれていたのかもしれない。
そんな、今になってはどうでも良いことを考えながら、彼は二人を追いかけていく。
——すると前方から悲鳴が聞こえた。
「レイ、聞こえたか? このまま突っ込むぞ!」
なぜ俺に言う、と彼は思いながらも、主人公キャラ達の後に続く。
小麦畑の中央にある一軒家。
ゾンビゲームなら間違いなくメインステージになりそうな家に入っていく。
そして、そこにはやはり赤毛とロリ巨乳が特徴のエミリがいた。
更には武器を持つゴブリンが二体いる。
ゲームの進行では、このゴブリンと戦う予定だったのだろう。
エミリの両親もいたのだが、一人はエミリを庇って立ち、もう一人は倒れていた。
(男?エミリの父親か。既に致命傷を負わされたのか。この血の量はちょっと……)
そこからのレイの動きは早かった。
(エミリは俺に、じゃなくてアルフレドに助けられて恋に落ちる。そうじゃないと仲間にならない。だったら俺が戦うのはこっちだろうが!)
彼には目の前のゴブリンよりも、未来にやってくるグロテスクな死に方の方がよほど怖かった。
勿論、そこにアルフレドとフィーネが加勢に入ってくれる、という計算もあった。
だから、彼はエミリから見て遠い方のゴブリンに飛び掛かった。
「レイ、助かる!流石だ!フィーネはレイに加勢を!」
「分かったわ。レイ、苦しくなったら交代を……って。——え?」
レイも、え?と思っている。確かに咄嗟に『モヤモヤ』二連は使った。
でも、まさかそれでゴブリンが怯み、その隙に先制攻撃が出来るとは思わなかった。
ゴブリンが持つ木のくわを弾ければとは思ってはいたが、胴体がガラ空きになるとは思わなかった。
呆気な過ぎた。だから、レイは人間型モンスターであるゴブリンに浮き出ていた肋骨の間に短剣をすっと突き入れた。
肋骨の間に刃物が入ったのだ。だから、数字は関係なかった。
「急所への一撃」判定により、ゴブリンは一撃で絶命した。
あまりにも呆気なかったが、アルフレドもゴブリンを瞬殺している様も見えるので、かなり弱めに設定されていたのだろう、と彼はこの状況を呑み込んだ。
今回も「敵は戸惑っている」状態だったのだろうとも考えた。
「
レイがゴブリンから噴き出す紫の血を、身震いしながら浴びていると、後ろからフィーネの魔法詠唱が聞こえてきた。
これは気になる瞬間だから、彼は振り返ってその様子を観察した。
最初の村でも、村人の半数くらいが助かっていた。
そして、振り返って分かったことだが、彼にはまだ息があったらしい。
(魔法による回復。これは貴重な瞬間だな。俺にとっては、だけど)
露出した鎖骨が皮膚で覆われていく。
左腕でクワを受けたのか、上腕動脈を軽く損傷していたらしい。
動脈の損傷なので、放っておけば彼は死ぬ。
エミリの父親の状況は、多分HP1。
魔法とはどこまで治せるのかと、レイは息を呑んで見守った。
HP1が30くらいになるとか、数字で言われてもイメージが湧かない。
だが、フィーネは肩を落とした。
「すみません。私の魔力だとここまでが限界です。応急処置がやっとで。出来ることはやったつもりですけど、三ヶ月は安静にさせてください。今まで通り、農作業が出来るかどうか、私にはなんとも……」
その言葉にレイは、もう一度息を呑んだ。
因みに、あまり美味しくない息。
「ありがとうございます!」
助かった男の妻はフィーネに何度も頭を下げている。
けれど、レイは複雑な気持ちで見つめていた。
もっと素晴らしい奇跡が起きると思っていた。
低いレベルの回復魔法だったから、この程度だったのかもしれない。
これは不味い。
無茶をしすぎると、本気で死ぬ。
つまり、さっきまでの戦い方は本当に危なかったということ。
そう思ってホッと胸を撫で下ろす、——だが、その暇はレイにはなかった。
「あの、あ、ありがとうございました!そ、その……」
「いや、礼ならレイに言ってくれ。彼がいなければ間に合わなかった。」
目立ち過ぎたら、多分不味い。
だから、アルフレド真面目か!と思いながら、彼を全力で否定をする。
「アルフレド、それは違う!」
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