第9話
狭い部屋に入ると、男性がひとりいた。自分より2~3歳年上の、ということは50歳前くらいの、黒っぽいスーツを着てノーネクタイの男性だった。弁護士なのだろう。ひょろりとした痩せた人で顔の下半分はマスクで覆われているから顔つきはよくわからない。名刺をくれたのでカバンに放り込んだ。
その男性と、向かい合って小さいソファに座ると、相手の後ろに窓があって、午前の光が差し込んでいるはずだったが、部屋は暗っぽい感じがした。今朝は曇りだった。それに建物は日当たりがあまりよろしくない角地だった。
録音していいですかと訊くと「録音はやめてください」と困惑したような顔をした。逆光で相手の表情は読み取りにくかったが、不思議に相手の迷惑げ…というか、やや神経質な感情の動きは伝わってきた。
退職させられた経緯について話した。話しながら、時系列の記憶が、自分の頭の中から、少しづつだが失われていっていることに気づいた。前回の労働基準監督署の相談の時から比べても。日記も記録も何も残していないので、時間や日付の記憶が前後した話になった。
男性は、私の話を、うんうんと相槌を打ちながら辛抱強く訊いていたが、内心いらいらしていたかもしれない。
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