第19話 体を使った後には、美味しいお茶とお菓子が身に沁みる。
書庫の外に出ると、恭一郎は陽の光の眩しさに少しだけ目を細める。
「キョー様! 早く座ってください。お茶が冷めてしまいますわ」
「すみません。掃除に夢中になっていたみたいで」
グイグイとルネに手を引かれて恭一郎が辿り着いた先には、ガーデンテーブルと椅子が準備されていた。
「さぁ、どうぞおかけください!」
元気よく言うルネに促されるままに恭一郎が着席すると、後からやってきたヴァルツリヒトも無言で隣の椅子に腰を下ろす。ルネは、ニコニコしながら手ずからにお茶を淹れ、恭一郎とヴァルツリヒトの前へと置く。
「今日は私が、皆様をおもてなしさせていただきます!」
えっへんと胸を張るようにして言うルネが可愛らしくて、恭一郎は目を細めて微笑む。隣では、ヴァルツリヒトが、溢れんばかりに目を見開いてルネリーザを見ていた。
「ルネが?」
「えぇ」
ヴァルツリヒトに問われて胸を張るルネの隣で、モニカがくすくすと笑いながら言う。
「ルネリーザお嬢様は、朝から張り切って準備をされていたんですよ」
「へぇ……そりゃ楽しみだなぁ」
ヴァルツリヒトとは反対側の隣には、ジークもニコニコしながら座っている。口調がラフなものなので、まだまだ休日モードは続くようだ。
「えぇ! モニカに教えてもらってお菓子も焼きましたの! ジーク兄様も召し上がってくださいね!」
「あぁ、いただくよ」
なるほど。ヴァルツリヒトと乳兄弟ということは、ルネリーザにとっても兄のような存在ということになるのか。ルネを見るジークの視線は、確かに妹を見る兄のものだ。
モニカが三人の前にお菓子の乗った皿を並べ、次いでルネの前にも同じように並べる。皿の上には、フィナンシェとタルト・タタン、それにクッキーが何枚か乗っている。
「あら、モニカ。私は今日はいいのよ?」
「でも、お嬢様できたばかりのものは味見をしましたが、時間が経ったものはしていませんでしょ?」
それを聞いたルネは、パァッと少し表情を明るくした後に、すぐに澄ました顔をする。そんな様子は、ヴァルツリヒトに少し似ているかもしれない。
「そうね。お兄様たちのお口に合わなかったら申し訳ないわ。私が先に味見をしなくてはね」
そう言うとそそくさと椅子にかけて、皿の上の菓子に手を付ける。小さなクッキーを手にして、口に入れた途端にニコニコと可愛らしい笑顔になる。
「美味しい! お兄様方も早く召し上がってくださいな」
ルネに言われて、恭一郎とジークも焼き菓子に手を付ける。
「本当だ。美味しくできていますね」
「うん。なかなか上手にできてる」
ルネは恭一郎とジークの様子をニコニコしながら見ている。
「テオ兄様も召し上がってください!」
ルネの言葉に隣のヴァルツリヒトを見ると、感無量の表情を浮かべて自分の前の皿とルネを交互に見ていた。
「これをルネが?」
「えぇ」
「俺の……俺たちのために?」
「はい。キョー様とお兄様たちのために作りました」
ヴァルツリヒトの問いに丁寧に答えて、ルネはにっこり笑う。
「……ダメだ……もったいなくて食べられない……」
「もう! お兄様ったら。また作りますから、今日の分は今日召し上がってくださいな」
両手に顔を埋めて言うヴァルツリヒトに、ルネは少し頬を膨らませて言う。
「テオが食べないなら、俺がもらってやろうか?」
ジークが恭一郎を越えてヴァルツリヒトの皿に伸ばした手をヴァルツリヒトはパシっと鋭い動きではたき落とす。
「ダメだ。これは俺の分だ」
「じゃあさっさと食べろよ」
「……今から食べる」
ヴァルツリヒトはそう言うと、そっと優しくクッキーを摘んで口に入れた。
「うん。本当に美味しくできている……」
ヴァルツリヒトがルネに向かって柔らかく微笑むと、ルネは嬉しそうに頬を染めて笑う。恭一郎もその様子を微笑ましい気持ちで見ながらカップのお茶を飲む。
「ところで、キョーイチロ様。書庫の作業は、本を戻したら終わりですか?」
「うーん……それなんですよねぇ……」
ジークに尋ねられて、カップを置きながら恭一郎は溜め息を吐く。懐に手を入れると、内ポケットから折りたたんだ紙を取り出して広げる。
「今日の作業は、戻したら終了ではあるんですが……」
広げられた紙をジークとルネは身を乗り出すようにして覗き込んだ。
「これは……」
「今日仕分けた分類……」
「……を更に細かく分けたものです」
紙には0類の総記から始まり、1類哲学、2類歴史、3類社会科学、4類魔法科学、5類魔法工学、6類産業、7類芸術美術、8類言語、9類文学の一次区分とその下に、項目がまだ埋まっていない二次区分が書かれている。
「今日は本当に大まかに分けただけなので、できれば今後二桁までは分類分けしておきたいんですよね〜」
だってその方が絶対本を探しやすい。
とは言え、まだまだ恭一郎はこの世界について知らないことは多い。だから、本を読んだり、教えてもらったりしながら知識を増やして、分類を細分化していくのが当面の目標だ。
「わぁ! 楽しみ! お手伝いさせてくださいね!」
胸の前で両手を組んで目をキラキラさせるルネに「ぜひ」と恭一郎は笑って答えた。その両側で、二人の乳兄弟はどこか遠くを見るようなよく似た表情を浮かべていた。
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