第18話 知恵袋とのホットライン開通?
「これが最後ですね」
魔法では引き抜けなかった分類分けが難しい内容の本の山を抱えたジークが言う。高い位置にある書架の棚を拭いていた恭一郎は、周りの書架を見回して全ての本を抜き出せているかをざっと確認する。
(全部……空っぽだ)
広い書庫の棚に残っている本はもうない。ヴァルツリヒトが魔法で手伝ってくれたおかげでずいぶん早く済ませることができた。
「では、キョーイチロ様が棚を拭き終わればお茶の時間ですね」
時刻は土の
「はい。すぐ終わらせますね」
恭一郎は、本を抱えて出ていくジークを笑顔で見送り、手に持っていたボロ布で最後の書架を吹き上げる。
(ふぅ……)
もちろん魔法で埃や汚れを取ることもできるのだけれど、書架の大きさやどれくらいの本が入るのかを確認するために、恭一郎自ら棚掃除を買って出た。簡単に……ではあるけれど、拭き掃除をしたことで書庫の中の空気までも綺麗になった気がする。
(あとは少し乾かして、書架に本を戻すだけ……か)
通常であれば、その作業が死ぬほど大変なのだけれど、きっとヴァルツリヒトの魔法であっという間に済んでしまうのだろう。恭一郎は梯子を使って書架から降り、一層目に続く緩やかな螺旋を描いた階段を降りる。
ふと、階段の裏側に目をやると、そこには小さな書架があり、その影の奥に小さな扉が見えた。
(なんでこんなところに……)
裏口だろうか? でも、だとしてもこんなふうに表から隠すように作るだろうか?
胸ほどの高さしかない扉のノブを握り、回すとカチリと小さく音がする。鍵はかかっていないようだ。そのまま少し力を込めて押すと……。
(開いた……)
これが本当に裏口だったのであれば、広がる景色は庭の端……屋敷を囲む頑丈な壁だったかもしれない。
恭一郎は、体をかがめて扉をくぐり、その先に足を進める。
「うわ……」
背後で扉の閉まる音がするけれど、目の前の様子に恭一郎は思わず声を漏らした。
窓らしい窓はないけれど、複雑に組まれたドーム型の天井から柔らかい光が落ちていて、光が満ちている。石壁で外界と区切られているせいか、外の音は響かない。板張りと思しき床は、厚い絨毯が敷き詰められていて、恭一郎の足を音を吸い込んでくれる。正面の三段ほどある階段の先には祭壇のようなものがあり、そこには石像が置かれている。
宗教施設に明るくない恭一郎ではあるが、この場所が祈りのための場所であることは、その雰囲気からも感じることができる。埃が積もっているようなことはないけれど、長い間使われた様子はない。
(まるで、時が止まっていたみたいだ)
止まっていた時が、恭一郎が足を踏み入れたことで動き出した。そんな気がする。
「……礼拝堂?」
『正解』
聞き慣れた声に振り返ると、そこにはユタの姿があった。
「ユタッ!?」
『よっ!』
軽く片手を上げたユタが入り口近くの影になっているところから、恭一郎の立つ光の元へと来るとその姿がうっすら透けていることに気づく。
「え? 何で……?」
光の元で初めて見るユタの姿に恭一郎は困惑の声を上げる。
(誰かが入ってくる気配なんてしなかった)
恭一郎が扉を開けるときには小さいながらも音がしたので、外から開けたのであれば気づくはずだ。
『ここは……礼拝堂か……。それにしても光の力が満ちてるな……』
ユタは周囲を見回して呟くように言うけれど、恭一郎にその言葉の意味は理解できない。
『礼拝堂や教会に来れば、話はできるってこの前言っただろ?』
確かに言っていた。そして、聞いていた。けれど、話ができると言っても、こういう形だとは思っていなかった。そう思って素直にそれを告げると、ユタも大きく頷いた。
『俺も、表に出るつもりはなかった。良くて、お前の脳内に話しかけられるくらいのつもりだったんだけど……』
ユタは改めて周囲を見回す。
『この場所は、聖者の光の力が満ちている。だから、こうして出てくることができたみたいだ』
……なるほど? わかるようなわからないようなユタの説明に、恭一郎はとりあえず頷いておく。
『ここはどこだ?』
ユタの問いに恭一郎は答える。
「ヴァルツリヒト家の別邸にある書庫にある扉を開けたらこの場所に繋がっていた」
『ヴァルツリヒト!? 森の人の屋敷か! どうりで聖者の力に満ちているわけだ……』
恭一郎の返答に、ユタは驚き、少し呆然とした表情を浮かべている。
「森の人?」
恭一郎の呟きに、ハッと表情を変えたユタは、恭一郎の方を向いて言う。その顔の先ほどまでの表情はない。
『……あぁ……。お前はまだ知らないのか。ヴァルツリヒトの領地は、元々この国の北の端にある豊かな森を中心とした地域なんだ。美しい場所だから、機会があれば訪れてみるといい』
どこか遠くを見るような瞳で、ユタは言う。
「この場所が聖者の光に満ちてるってどういうことだ?」
確かに、この屋敷には聖女であるルネリーザがいるけれど、彼女は魔法が使えない。
『ん? あぁ。最初の聖者は元々ヴァルツリヒトの出だからな。ヴァルツリヒトの所有する場所や物には聖者の光の力が溜まりやすいんだ』
(最初の聖者はヴァルツリヒト家の人間……?)
ルネに教えられた物語やこれまで読んだ本の内容が恭一郎の脳内を駆け巡る。けれど、そんなことどの本にも書いてなかった。
『知らなかったのか?』
ユタの言葉に恭一郎は頷く。
「誰も教えてくれなかったし、本にも書いてなかった」
『あ〜……そうだな。別に秘密にしているわけではないと思うぞ。本に書いて残していないのは、そういうの好きじゃないからだし……。っと、外誰か来たみたいだな』
「え?」
言われて扉の方に目を向けるけれど、恭一郎にはわからない。
『まぁ……この場所なら、いつでも話ができるから。何かあれば来るといい。じゃあな』
そう言うとユタの姿は、あっという間に消えていく。
(ホント、自分が言いたいことしか言わないな……)
いつだってこちらが聞きたいことは聞けず仕舞いだ。
恭一郎は小さく息を吐くと、扉から書庫へと戻る。
「……おい」
耳に心地よく響くテノール。
(ヴァルツリヒト騎士団長?)
恭一郎は息を整えてから、階段裏から姿を出す。
「どうされました?」
突然姿を現した恭一郎に、ヴァルツリヒトは一瞬驚いたような表情を浮かべるが、すぐに戻して続ける。
「茶の準備ができたそうだ」
「あぁ! わざわざありがとうございます」
恭一郎を見て、ヴァルツリヒトはなぜだか少しだけ眉根を寄せる。
「……終わったのか?」
「えぇ、一通りは」
恭一郎は綺麗に拭き上げた何もない棚に手を滑らせて笑顔を浮かべる。ヴァルツリヒトは何か思案するような表情を浮かべる。けれど、彼が何を考えているのかは恭一郎にはわからない。
「ずっとそこに?」
階段裏にいたのか。という意味であればそれはイエスでありノーでもある。何となく、礼拝堂にいたとは言いづらい。
「……はい」
「何度も声をかけたんだが……」
「そうなんですか? すみません、夢中になっていたみたいです」
(礼拝堂にいたせいで聞こえなかったのか?)
まだ何か言いたそうなヴァルツリヒトに気づかないふりをして、恭一郎は笑顔を浮かべる。
「さぁ! 行きましょう。皆さんをお待たせしちゃいましたね!」
ヴァルツリヒトを追い越して、ズンズンと書庫の重い扉に向かう背後で、ヴァルツリヒトがどんな表情を浮かべていたのかを恭一郎は知らない。
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