第3話 ユートピア

 私が年末の休みに半年以上ぶりに実家に帰ると、兄が居なくなっていた。

 兄の部屋は綺麗に片付けられ、あの散らかっていた面影もない。

 私は驚いて、両親に尋ねた。

「兄は施設に預けた。弟のお前にもいずれ言うつもりだった」

 両親は簡潔にそう言った。

 私は正直、信じられなかった。

 あのニートで部屋を荒らし放題して、そのくせ家のカードでネットショッピングをして散財し続け、散々働けと言われても何もしようとしなかった兄が――。

「施設!? 施設って何!?」

 私は思わず口調を荒げた。

「ニートや引きこもりを更生させるボランティア施設だ」

 父は簡潔に言った。あまり詳しく言いたくないのだと分かった。

「そんな都合のいい施設なんてある!? 一体どこにそんな物が……?」

 それでも私は食い下がった。兄のことが心配だった。

 たとえごく潰しと言われていても、兄は兄だ。多少は心配するのが筋だ。

「それは――」

 父は一枚のパンフレットを持ってきた。

 それによると、施設名は『ユートピア』。社会不適合者更生施設と書いてあった。

 山中にある工場のような外観をした建物と、その内部と思われる場所で何やら機械に向かっている青年の写真があった。

 どうやら、住み込みで簡単な工場仕事のような労働をさせ、規則正しい生活を強いることで社会復帰を促す施設のようだった。

 住所と連絡先の電話番号も書かれていたが、私はどうにも嫌な予感がした。


 私は両親との会話を終え一人になると調べ始めた。

 まず、記載されていた電話番号に連絡してみた。

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません――」

 電話は繋がらなかった。

 インターネットでその番号や住所等を検索してみる。

 電話番号は――出ない。存在しない?

 住所は――これも出ない。架空の住所か?

 「ユートピア 社会不適合者更生施設」で検索――公式サイトではなく、ネット上の匿名掲示板のようなものが出た。その中の一文が目に留まった。


 ユートピアは実体のない詐欺施設。


 その書き込みを見ていくと、このようなことが書いてあった。

 ユートピアという更生施設は存在しない。パンフレットの写真も外観は○○県××市の工場の写真で、内部は△△県□□市の工場の写真。

 その実態は不明だが、ニートや引きこもりといった社会不適合者を「高額で買い取って」くれるらしかった。その買い取られた先は不明で、海外で奴隷として働かされるとか臓器だけを取り出して遺体は山に埋めるとか諸説あるらしかった。

「そういえば……」

 私は久しぶりに帰ってきた実家内部の構造が変わっていたのを思い出した。

 両親は確かバリアフリーにリフォームしたと言っていた。しかし、よく考えてみると兄を養うだけで精一杯だった実家にその余裕はあっただろうか。


 つまり、両親は兄を売った金で――。


 私はそれを想像して背筋が寒くなるのを感じた。

 確かに褒められた人間ではなかった。とはいえ、身内を売ってしまって良いものだろうか……。

 もっとも、家を出た私と違い、両親は想像以上の苦痛を味わっていた可能性も否定できない。

 私はユートピアの言葉の由来を思い出していた。


 「ユートピア」――「どこにもない場所」を意味する造語……。

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