#09B零 布団でぬくぬくの夜——素肌



ハルはかなり不機嫌そうだ。



せっかくの雰囲気をぶち壊した蒼空に、ハルは怒り心頭のようで僕からスマホを取り上げて「蒼空ちゃんのバカッ!!」と怒鳴りつけた。いや、まだ通話モードになっていないからね?



「はい、もしもし?」

『あぁ、ルア出るの遅いよ』

「なにか用?」

「クリスマス近いし、予定どうかなって?」

「ああ、無理。じゃあそういうことで」

「ちょ、ちょっと待っ——」



蒼空の声を聞いた今、なぜかこのタイミングで蒼空が葛根先生と浮気(というよりも不倫)をしていたことを思い出した。ツクトシ様と話してからふつふつと記憶が戻りつつある。葛根先生って確か未来で逮捕されるんだっけ。ってことは、もしかすると現在進行系で生徒に手を出しているんじゃないかって気がしてくる。



「蒼空ちゃんも生JKなんだよね」

「……うん。そうなるよね」

「蒼空ちゃんって、すでにクズ先生とできてたりして?」

「……可能性はある。っていうか、葛根先生が逮捕されたのって覚えてる?」

「うん。なんとなく。2023年の未来のこととか、別の世界のことも思い出してきた。蒼空ちゃん言っていたことって本当じゃん……って」



色々と思い出してきたのはいいけど、僕が病気のとき、ハルには随分と迷惑をかけたんだなって思いのほうが強い。そして、ハルに触れたのが原因かどうか分からないけれど、とにかく強烈なインパクトの記憶が蘇ってしまった。



「ディスティニーシーのホテルに泊まったこと思い出した……」

「……ルア君、それは言わないで」



膝枕くらいで恥ずかしがっている場合じゃなかった。僕たちは相思相愛ですでに結ばれていたんだ。そりゃ、ハルのこと独占したい気持ちにもなるよな。これは男の本能だ。仕方のないことであって、モラハラとかではない(と思う)。



「さっきまでエロいとか、青春がどうとか言ってなかった?」

「言ってたよ。でも、思い出したらなんかね……」



ハルが珍しく恥ずかしそうにうつむいて、「ルア君のイジワル」ってつぶやいた。僕は別に意地悪をしているつもりなんてなくて、ただハルの反応を見てみたかったんだ。もしかしてそれも意地悪の範疇なのかもしれないけど。



ハルはベッドに座ったまま、ずずず、と横にスライドして僕から遠ざかった。なんだか面白いから僕もスライドしてハルに近づく。



「ハ〜〜〜ルちゃ〜〜〜ん。突然どうしたの? なんか顔赤くない?」

「赤くないよっ!」

「赤いじゃん」

「赤くないって」

「赤いよ?」

「……ふふ」

「へ?」

「引っかかったなぁ!!」



まるで蜘蛛の罠におびき寄せられた昆虫のように、僕はハルの広げた腕に捕まってしまって、勢いよく押し倒されてしまった。



「なっ!?」

「ふふふっ。捕まえちゃった」



仰向けで寝そべる僕に馬乗りになったハルは、Sっ気たっぷりに僕の両手首を押さえて、僕を捕食しようとしている。



「思い出すと……恥ずかしいのは恥ずかしいけど、それよりもね」

「……うん」

「嬉しいのと幸せな気持ちのほうが大きいかな」

「……気持ちはわかったけど、なんで僕を押さえつけてるわけ?」

「ダメ?」



いや、ダメって訊かれても。それは答えになっていないような?

ああ……やばい。可愛い。

少し小悪魔チックな顔をしたハルもすごい可愛くて、Mではないにしてもこの状況は……。



興奮しないほうがおかしいよな。



「ダメ……ではないけど……」

「きゃっ!?」



僕の手首を掴んでいたハルの手を力づくで押し上げて身を起こし、形勢逆転してハルを寝かせて、今度は僕がハルの手首を押さえた。



「な、なにする気っ!? ルア君に襲われるーーーーっ!! たすけてーーーっ!!」

「ハルが先にやったんじゃないか! どう? 捕食される気分は?」

「ほ、捕食!? わ、わたし食べられちゃうのっ!?」

「だめ?」

「いいよ! ルア君になら食べられてもいいってずっと思っていたから。ほら、どこからでもどうぞ?」



いや、ハルの真似をして「だめ?」って訊いたのにあっさりとそう言われちゃうと、どうしていいか分からなくなってしまう。



「ほら、どこからでもいいぞ? それともやっぱりわたしが『上』じゃないとなにもできないんじゃないのかい?」

「言ったなッ!!」



ハルの顔に僕の顔を接近させて、唇と唇が触れるか触れないかのところで止めた。するとハルはギュッと目を閉じる。その顔がまた可愛くて、しばらく何もせずに見つめることにした。



「って、しないのかーーーっ!!」



と、ハルの目が開いたタイミングでキスをした。掴んでいたハルの手首を離すと、ハルは僕の背中に手を回して抱き寄せる。ハルの体温が気持ちいい。



もうあとは欲望と欲望が絡み合って、僕もハルも止まらなかった。

ハルを抱きしめて抱きしめ返されて、気の済むまでキスをして。素肌と素肌がこすれる音があでやかで、ハルの声はなまめかしくて。




こんな時間がずっと続けばいいのに。







布団の中でぬくぬくするのは気持ちがいい。ハルのすべすべの素肌が絡みついて、その温もりから離れてベッドの外にでるには覚悟がいりそうだ。だって、真冬で室内だとしても布団の外は寒いし。



「あのさ、葛根先生の悪事を思い出しちゃったから、とりあえず被害に遭う子を助けようと思うんだけど?」

「わたしもそれは思った。知っちゃったら放っておけないよね」

「やることも見つからないし、放っておいたら罪悪感にさいなまれそうだからさ」

「うん。そうだね。さっそく明日から調査してみよーーーっ!」



葛根先生を早いうちに仕留めて被害を最小限度に抑えられれば、2023年に助かる子も出てくるかもしれない。ツクトシ様の言う『変則』とは何の関係もないような気がするけど、未来の記憶を持っている僕たちにできることはそれくらいしかないような気がする。



「あと、お互いに病院に行こうね?」

「うん。じゃあ、明日にでも二人で行こうか。年末になっちゃうと病院も休みになるからな」

「早いほうがいいもんね。もしかしたら早期発見で不安の種を取り除けそうだし。ルア君なんて特にそうじゃない?」



ハルと2人でするべきことリストを作った。ただし、クリスマスイブは一緒にケーキを食べようって約束をして。それくらいは許してくれるだろうってハルは笑った。



なんだかすごく幸せだ。



翌日、病院に行って検査をすると僕もハルも健康そのもので病気はなにも見つからなかった。僕はMRI検査をしてもらったけど、脳に腫瘍も出血もなくて心配ないらしい。ハルも心臓に異常は見つからなくて、僕は胸をなでおろした。



「拍子抜けしちゃったね」

「でも、良かったじゃん。もうハルの苦しむ姿は見たくないから」

「それはこっちのセリフじゃないかっ! ルア君はどれだけわたしに心配掛けたら気が済むのさ」

「ごめん。本当にごめん」

「そこはありがとうと言うべきじゃないのかね?」

「そうだね。ハル、ありがとう」

「あはは。冗談だよ。わたしも人のこと言えなかったから」



午前中いっぱい病院で検査やら診察をして、午後からはスパーブに潜入することにした。僕はともかくハルはスパーブに入会していないから、僕の友達で見学に来たという設定にして一緒にダンスをした。



ダンスをするのは数ヶ月ぶりのような気がする。1年前に踊ったクリスマスメドレーの振り付けをバッチリ覚えていて、身体を動かすことは本当に気持ちがいい。



「あのぉ……夢咲陽音さんですよね?」

「え?」



ハルに声をかけてきたのは、ミオという僕たちのひとつ下のJKだ。ハルは一応変装をしていたけど、メガネとウィッグだけの簡易的なものだったから(手抜きもいいところだ)速攻バレたんだと思う。町を歩いていてもバレることはない(こんな田舎に夢咲陽音がいるはずないという田舎ならではの思い込み)けれど、さすがにダンスをしたらバレるだろうと思っていて、案の定そのとおりになったな。



「ち、違いますよぉ〜わたしはルア君のただの友達Aです」

「いえ、バレてますから」

「ひぃ〜〜〜お金渡すから内緒にしておいて」



いや、買収しようとしても無駄でしょ。それよりもお金で解決しようっていう発想がなんとも。どこかの意地汚い政治家にしか見えないんだけど?

まあ、もちろん冗談だろうけど。



「面白〜〜〜い。夢咲さんってインストとかビューチューブで見るまんまの人なんですね。お茶目で腹黒そうなところとか」

「いやぁ、褒められると照れるなぁ。えへへ」

「全然褒めてないって……」



ミオは冗談ですよ、と付け加えた。



スタジオスパーブの年内のレッスンは昨日で終わっていて、けれど自主練のために12月28日までスタジオは開放されている。終わってからのフロアのモップがけさえすれば自由に使っていいのだ。それに、クリスマスイブの日の日中に駅ナカでのイベントが入っていて、そのために今日も自主練をする生徒の入りは多い。



「私、口は堅いですから。安心してください。いやぁ〜〜〜それにしてもルアさんが夢咲さんと友達だったなんて。すごい人脈ですね。あ、蒼空ちゃんには内緒にしておきますね?」

「……蒼空ちゃん? あの女ぁ……」

「そこ、いきなり陰険な顔にならないッ!」



ハルは昨晩、なにかの過去を思い出したらしく蒼空に憎しみを持っていて、蒼空の二文字を聞いただけで眉間に皺を寄せてヤンキーみたいな顔になるのだ。



「そういえば蒼空ちゃん顔を出さないですね。イベント近いのに。まあ、蒼空ちゃんくらいになると練習しなくても大丈夫なんですよね」

「それよりも、ミオちゃんはその……悩んでいることとかない? この夢咲陽音が相談に乗るぜ?」


葛根先生のさぐりを入れたいのに、別の相談が来そうじゃない? 

恋愛とか、ダンスのポジションとか。あとは交友関係とか。



「……。いえ、とくにないですけどっ♪」



ミオは満面の笑みを浮かべてそう答えた。「さ、練習しますね」とミラーの前に立ってブルートゥースのイヤホンを耳にかけて踊りはじめる。



「怪しい……」

「どこが怪しいんだよ。どう見てもミオは普通だったじゃん」

「悩み事を訊いて、あんな満面の笑み浮かべるかな? 普通は『うーん』って考えるとか、『そんなふうに見えます?』とかっていう反応すると思うんだけど。ないって即答して、さらにあんな笑顔で逃げるように練習に戻るってことは、大きな悩みを抱えていて、それを知られたくないってことじゃない?」

「考えすぎじゃ?」

「悩みのない人間なんて本当に少ないと思うよ? それに一瞬……があったし」

「うーん。そうか?」

「気のせいかもしれないけど、調べてみる価値はあると思う」



ただ、葛根先生の被害者はかなり多かったって聞いている。ただ、それだけ派手にやらかしていたにもかかわらず、誰からも訴えられなかったことが不思議でならない。脅して弱みを握るって言っても誰かしらは警察に相談していてもおかしくないような?



そう考えると現時点でミオが被害に遭っている可能性は捨てきれない。



練習(という名の調査)を終えてスタジオスパーブを後にし、今日は外食でもしようと話しながら帰路についた。ちなみにお金はある。時を渡ってきた時点でバッグの中にえぼし岩の祠の中にあった鏡と、なぜか100万円が入っていたのだ。だから少しくらい外食をしても大丈夫だよな。



「この100万円って、ルア君の手術代を払おうと立夏さんから借りたお金だなんだよね……」

「それはもとを正すと、僕の両親の残してくれたお金の一部だと思うよ」

「どういうこと?」

「僕が立夏姉さんに渡したんだ」

「え?」

「僕が高校を卒業して家を出るときに、立夏姉さんに育ててくれたお礼も含めて渡したんだ。でも、立夏姉さんは、『あんたがなにかあったときのために取っておく。だから心配するな。そしていつでも帰ってこい』って。だから僕が病気になったときに、僕が苦労をしないようにって……返してきたんだと思う」

「立夏さんって男前だよね」

「それは……男よりも男らしいことは認める。ま、とにかく、そんな人なんだよな。今となっては使っていいと思う」

「やっぱり使えないよ。ルア君が立夏さんに直接返したほうがいいと思う」



ハルはバッグから札束を出して、僕に手渡す。

その100万円を財布に収納して、スポーツバッグに放り込んだ。



「ミオちゃんのバッグにね、わたしのスマホを忍び込ませておいたぜ」

「は? なんで?」

「ルア君のスマホで、ミオちゃんの位置情報分かるじゃん?」

「スパイかよ……」



さっそくスマホでミオの場所を見てみると……なぜか歓楽街(というよりもラブホ密集地)を移動していた。



「これ……車に乗ってるよ? 速いもん」

「あー……」



とにかく僕たちは追いかけることにした。








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