#08B零 魂に刻まれた感情——相思相愛
まさか本当にこんなことがあるなんて……。
本当に1年前に時間が遡ったのには驚いた。1年前の僕は高校生で、推薦で大学が決まって気が抜けていた頃だと思う。
陽音さんはアイドル活動をしていて、僕と再会すらしていなかったのだから、ここで一緒に顔を合わせている時点で矛盾しているような気がするけど……。
それとも、過去が変わった?
「難しいことはいいよ。それよりもね」
「うん?」
2人して全身砂まみれで海岸を歩いていると、陽音さんがなにか気づいたようにスキップをして軽やかに僕の前に出た。
「時間が遡ったからなのか……症状がないの」
「え? もしかして病気の?」
「うん。多分だけど身体自体は転移しているわけじゃないんだと思う」
それが本当だとしたら、僕も少し安心できる。陽音さんがいつ倒れるのか心配で夜も眠れないかったし、それよりも陽音さんの苦痛が少しでも緩和できるのは非常に助かる。
「これからどうすればいんだろう……」
「とりあえず……普通に生活してみるしかないんじゃない? ルア君って2022年は1人暮らしだった?」
「いや、まだ家を出ていないよ」
って、僕も記憶があるじゃん。そうか、脳腫瘍になる前の身体だからかっ!
それにしても、これからなにをすべきなのか? 陽音さんの言うように普通に生活をしてみるしかなさそうだ。でも、問題はどうやって陽音さんと時間を共有していくかだ。
陽音さんと一緒にいないとまずい気がするし、かといって僕は実家暮らしだし。陽音さんの自宅は東京だろうし。
うーん。
「高校3年生かぁ……ルア君もあと3日くらいで冬休みだよね?」
「……多分」
「あの神様みたいな感じの人の命令? みたいなのはなにしていいか分かんないし。ってことで家借りちゃおーっ!!」
「えっと僕たち身体は高校生ってことは、身分もそのまま高校生じゃん」
「なに当たり前のこと言ってるんだい……あ。そっか、わたしも今、生JKじゃん!」
陽音さんはスカートの裾を摘みつつ、くるっと回ってみせた。絶対領域がまぶしい。陽音さんは数歩前進して僕に迫ってきた。
「どう? 興奮した? 手を出したら犯罪だからね? でもその背徳感がドキドキするのかなぁ? ねえ、どう?」
「ち、近いって。それに押しが強すぎるからね? JKだろうとアイドルだろうと陽音さんは陽音さんじゃん。なにも変わらないよ」
「そっかぁ。えへへ」
陽音さんは笑って僕の腕を抱きしめた。
なんだか恋人同士みたいだ……。今の僕には拒絶するような元気もなくて、僕は陽音さんのしたいようにさせることに決めた。
それにしても、なんでこんなに僕に懐いているんだろうって思う。僕のなにがいいのか。陽音さんは僕なんかよりももっと良い人いるんじゃないかって思うこともあった。とくに僕の看病をしてくれるときとかさ。なんでそこまでしてくれるんだろうって。
ん。なんか二の腕に柔らかい物体が当たって……ああああもうっ!!
考えるのはやめッ!!
「それで家を借りるって、どうするの?」
「借りて住むに決まってるじゃん」
「いや、そうじゃなくて生JKと生男子高生じゃん」
「生つけるとエロいね……」
「エロいとかどうでもよくて。そうじゃなくて身元保証人いなかったら借りれないって」
「あー……確かに。なんだ、エロい話じゃなかったのか……」
なんでJKイコールエロいって発想になるのか陽音さんに聞いてみたいけど、またメンヘラアタックを食らいそうだからやめておこう……。
互いに家に帰るという選択肢はないらしく、陽音さんはしばらく黙って考え込んだ。そもそもツクトシ様の考えが分からない以上、ここで生活しないといけないんだろうし、そうなると実家が近くにある僕はともかく、陽音さんは東京に帰るしか選択肢なんてないよなぁ。
「なんかご都合主義みたいなこと起きないかなーーっ! 神様がバックに付いてるんだからさ、都合よく誰か部屋かしてくれないかなぁ。スイートルームみたいなとこ。あとは、『ディスティニーリゾート内のホテル10年住んでいいよ券』が当たるとか」
「‥…そんなことあるわけないじゃん。そもそもディスティニーリゾートって遠いからね? この町離れるわけにいかないじゃん」
「冗談じゃんか……真面目だなぁ、ルア君は」
辺りは薄暗くなってきて、下草駅から高花駅に移動すると駅ナカはイルミネーションで飾り付けられている。クリスマスまでもう少し。1年前の僕は今日なにをしていたんだっけ。記憶を遡ってみると確かスタジオスパーブでひたすらダンスの練習をしていたような。
なんて考えていると、スマホのメッセージが入る。
『早く帰ってこい。今晩から旅行に行くから、留守番よろ』
立夏姉さんからだった。思い出した。そういえば昨年(2022年現在)は、家族旅行に行くとか言って、僕一人年末から年始を過ごしたんだった。みんな親戚の経営している温泉宿に泊まりに行くとかで、僕は誘いを断って1人悠々自適な暮らしを満喫していたのを思い出した。
「陽音さん、うち来ない? 今日から正月明けまで家族がいないんだ」
「それは……男子高生が彼女を誘うときの常套句じゃないかっ! ルア君期待していいんだよね? いいんだよね? うはぁ〜〜〜青春だねっ! 甘酸っぱいねっ!」
「なに想像してるの……っていうか、エロ系なキャラでいかなくていいよ?」
「キャラ作ってないし。明るくしないと気が滅入っちゃうじゃん」
「……ごめん。そうだね」
確かに陽音さんの言うとおり、明るく前向きに楽しいことを考えていないと現実に押しつぶされそうだ。色々ありすぎだよな。
「それにしても、本当に神がかってるね。これで家を借りなくて済むじゃない。あとは、
果報なのか?
むしろ、また厄介事に巻き込まれて散々な目に遭うんじゃないかって心配になるよ。病気とか、死ぬとか、そういうのはもういいからね?
そもそも、なんで僕たちが巻き込まれなくちゃいけないんだろう。
「そうだね……果報だといいよね」
僕の生まれ育った家は高花駅から少し離れている。おばさんが住んでいた古い家を売って、新たに建売住宅を購入したのだ。そのお金は僕の両親が残してくれた財産から出ている。両親が死んでおばさんに引き取られてから、高校を卒業するまでここが自分の家だと言われてもしっくりこなかった。両親が生きていて、どこかの家で僕の帰りを待っているんじゃないかって妄想をすることも小学生のうちはあったと思う。
だけど、本当はどこかで気づいていたんだ。
本当は旅行にだって誘ってくれたのに。僕がおばさん達と打ち解けようとしなかっただけだ。両親の死をずっと引きずってひねくれていたのは僕の方だって、どこかで気づいていた。
病気になって死を覚悟して沈んで、こうして時を渡って戻ってきて改めて考えると、自分の
今度、ちゃんとおばさんと話そう。
「おじゃましま〜〜〜す」
「とりあえず正月明けまでは帰ってこないと思うから、くつろいで」
「ここがルア君の育った家かぁ。中学生まで住んでいたわたしの家の3倍くらい広いや」
とりあえず2階の僕の部屋まで来てもらうことにした。他の部屋はどこも家族が使っているし、僕が自由に使えるのはこの部屋しかないから仕方がない。
「すっきりしたお部屋じゃないか。アイドルとかセクシー女優のポスターの一枚や二枚貼ってあるものだと思ったのだけれどねぇ」
「アイドルはともかく、セクシー女優はないでしょ」
セクシー女優を否定しているんじゃなくて、そのポスターを貼る勇気が僕にはないよって意味です。セクシー女優さんすみません。ディスっているわけじゃないですよ。
っていうか、アイドルのポスターを貼る勇気もないですけど……。
「あ、わたしアイドル卒業してセクシー女優になろうかな!」
「え……マジ?」
「冗談だけど? もしかして信じた? 今のルア君の反応よかったぞ☆」
「……ッ!!」
僕の他の男の人に触られる陽音さんを想像すると、なんか胸の奥がモヤモヤする。それに、不特定多数の人からそういう目で見られるのもすごく嫌だ。
「なにムッとしてるの? ルア君もしかして怒った?」
「別に……怒ってないし」
「怒ってるじゃん」
「怒ってないって」
「怒ってる」
「怒ってない。ただ、考えちゃったんだ」
「なにを?」
「……なんでもない」
「もう〜〜〜ルア君ずるいっ! そこまで言って答えないなんてひどいよっ!」
多分、僕は嫉妬している。陽音さんを他の誰かに取られたくないって嫉妬しているんだと思う。陽音さんは僕の彼女じゃないし、誰となにをしようが陽音さんの自由だ。
でも、陽音さんが他の男の人に触られるのを考えると、ムシャクシャしてくるのは確かだ。
とにかく嫌だ。
「選択は自由だとしても……セクシー女優とかはダメだから」
「だから冗談なのに……ごめんって」
「別に……」
少し強い口調で言ってしまった。冗談でも聞きたくなかった。これはモラハラになるんだろうか。付き合ってもいないのに、モラハラで束縛する僕って最低なんだろうか。
「ルア君に怒られた……悲しい」
ベッドに腰掛けてうなだれている陽音さんは何も喋らなくなった。もしかして凹んだ?
僕もおとなげなかったかもしれないな。そういう冗談を言うのも陽音さんなんだから、怒るところじゃないよな。
「ごめん。そんなつもりじゃ」
「うん。じゃあ、せっかく彼氏の家に来たんだから、いいことしよーーーっ!」
切り替えはやッ!!
「彼氏じゃないからね?」
「同じようなもんじゃん」
「全然違うって。そもそも僕以外の人とこういう状況になったら、その人を彼氏呼ばわりする?」
「す、するわけないじゃんかっ! ルア君だから冗談も言えるのに。人を遊び人みたいな言い方して……ひどいよ」
「と言いつつ、なんで僕の膝を枕にするわけ?」
男女雇用機会均等法があるくらいだから、定番の膝枕も別に女子が男子の膝を枕に寝そべるのもありよりのありだとは思う。でも。
「今の会話の流れで膝枕する必要性が見当たらないんだけど?」
「ダメ? イヤ?」
「駄目でも嫌でもないけど……」
「もしわたしがね、アイドルにならなくて……中学生のときのような……暗いままのわたしだったら、ルア君はこうしてわたしのことこうして家に上げてくれた?」
「? その質問の意図が分からないんだけど? 僕は……むしろ陽音さんがたくさんの人から見られるの……」
途中まで言ってハッとした。たくさんの人から見られる職業のアイドルを、僕の勝手な嫉妬から否定するのはよくない。それは陽音さん自身の存在を否定しているようなものだ。
陽音さんは身を起こして僕にすり寄り、「今度はルア君の番だよ」と言って、僕の肩に手を回して押し倒した。抵抗もできたけど、僕はすんなり陽音さんに従う。
「って、なんで、僕が陽音さんの膝で膝枕をしなきゃいけないんだよ」
「わたしがしたいから。って理由じゃダメ?」
まだ拗ねそうな感じだったので(現在の陽音さんはメンヘラ気味になっている)、渋々陽音さんの膝を枕にして横になった。ちなみに、陽音さんの膝の途中までニーハイの布で覆われているけれど、スカートからニーハイまでは素肌だ。その感触がダイレクトに伝わってくる。
「なんとなくだけど……聞いて」
「……ハル、そうだ、ハルだよね。なんかしっくり来ないって思ってた」
「今さら? っていうかさっきから話が噛み合ってなくない?」
「それはこっちのセリフなんだけど?」
「ルア君はわたしに嫉妬してるよね? 多分……わたしも、ずっとおかしいの。
「おかしい?」
「この時間に飛んじゃう前のずっと前からルア君と一緒にいた気がするの」
「……それは、僕も思った。なんだかずっとハルと一緒にいた気がする」
「うん。記憶がないだけで、感触は残ってると思う。ルア君に触った感じとか、この髪にふれる感じとか。温もりとか」
「この膝の体温、覚えてるような気がする」
ハルに触れた感触がどこか懐かしいような感じがして。それは病気で看病をしたり、してもらったりしているときとは別の、なにか特別なもので。
「うん。やっぱりルア君もなんだね。この不思議な感触」
「ハルを……独り占めしたい感じがして……ごめん。僕、少し情緒不安定だと思う」
「わたしも……。どうにかルア君を振り向かせたいって気持ちが強くて」
「それって」
「うん。ルア君もだよね?」
どこか互いに気づいていたんだ。
奇妙な感情だけど、お互いに同じことを思って、感じて。
「うん……」
僕が身を起こしてハルと向き合うと目が合った。ハルは僕の首に腕を回して抱きつき、次に離れると再び目が合う。
「ルア君の目キレイ。あのさ……キス……していいよね?」
「……うん」
そのままハルに押されてゆっくりと倒れる。
再びキスをしようとしたときに僕のスマホが鳴った。
『蒼空』
がディスプレイに表示された。
この
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