#02A-? シェアする代償 ハルの苦労の果てに




まさかストーカー被害がわたしの脳内にとどまらず、実際に起きてしまうのは想定外だった。わたしが高花市にいることを知っていて誰かが故意的にビデオを撮って流したんだ。間違いない。



一度わたしは殺されていて、そのときの衝撃的なイメージが強烈に脳裏に残っている。このままだとルア君まで被害に遭いそうだったから、泣く泣く会わないことにした。それでもルア君は毎日ビデオ通話でわたしの相手をしてくれる。



5月の末、マネージャーから電話が掛かってきて「どうしても外せない仕事があるから」と言われ、東京に行かなくてはいけなくなっちゃった。しかも、現場は新宿。

多分また同じことが起きるんだと思う。わたしには命の時間がない。

だからルア君と会うことにした。



お別れを言うために。



ルア君と本屋さんで待ち合わせをして、下草の坂道を下る。中学生のときによく来た場所だった。海に浮かぶえぼし岩にしめ縄が巻いてあって、鳥居はまるで広島の厳島神社のように海の中に佇んでいる。



「ここが好きで、中学校の時とか嫌なことあったらよくここに来てたんだ」

「神社なのここ?」

「ツクトシノヒメっていう神様が祀られているみたい。この鳥居から海を眺めていると、割りとどうでもよくなっちゃうから」

「じゃあ、僕もハルが無事に仕事にいけるようにお賽銭あげておくよ」



そういえば、ここの祠も年嶽神社と同じ神様を祀っているんだっけ。そう考えると嫌なイメージしか湧かないな。旧年嶽神社の社の『誰でもない誰か』のせいでわたしはひどい目に遭っている。でも……ルア君が救われたのも事実だから仕方ないことなんだけど。



おそらく、この世界のルア君もわたしと同じように時渡りをしてきたんじゃないかと思っている。なんとなく、会話をしていてそう思うことがあるんだ。



「投げ入れればいいんだな。よーし」

「わたしだって何回もチャレンジして一回しか入ったことないんだから、いきなり入るわけないよ」

「そんなの、やってみなきゃ分かんないじゃん」



ルア君が小銭を握りしめて投げると、なんと放物線を描いてそのまま賽銭箱に入ってしまった。そんなに簡単に入るような難易度じゃないのに。



「ウソ……入っちゃった」

「マジで……?」



ルア君はお祈りをしていた。随分ながいこと目を瞑って、手を合わせていることから心から叶えたい願い事を胸中で唱えているんだと思う。




「ルア君……なんてお願いしたの?」

「それは言えないな」

「かわいい彼女ができますように、とか?」

「内緒」

「あ~~~そうなんだ。エロい願い事なんて罰当たりだからダメだぞ?」

「んなわけあるかッ!」



その後ルア君といっぱいお話をして、いっぱい笑った。ルア君と再会してたった2ヶ月の期間だけど、時渡りを含めるとかなりの時間をルア君とともに過ごしたことになる。ルア君と結ばれた日、ディスティニーシーに連れて行ってもらったことは忘れないよ。



君との思い出はすべてわたしの胸の中で今も輝いているんだ。

あとちょっとでお別れ。悲しいし切ないなぁ。



でも、覚悟はできている。ルア君がそれで助かるなら、わたしは……。



「はぁ。もう夕方になっちゃうね」

「ハル」

「うん?」

「帰ってきたら、ちゃんと連絡して?」

「ルア君は親かっ!」

「ハル。真面目に」

「わかってるよ……」

「ハル?」

「ごめ……ん。弱音……吐かせて。怖い、本当はすごく怖い」

「大丈夫……?」



ルア君に抱きついたまま大声を上げて泣いてしまった。ルア君はなんでわたしがそんなに怖いのか理解できないかもしれないけど、一度刺殺される経験をしているわたしにしてみれば、とにかく怖くて。あの苦痛をもう一度味わうなんて苦痛以外のなにものでもない。それ以上にルア君と永遠の別れになることは……わたしにとって、死よりも辛いことかもしれない。



下草の坂を上って進んでいくと、黒いパーカーを着た男がビルの影に潜んでいた。わたしに気づいたようでフードをかぶったままこっちに向かって走ってくる。



間違いない。あの男だッ!!

あの焦点の合っていない目つきは間違いなくわたしを殺そうとしている。

なんで!? 新宿で殺されるはずじゃなかったのッ!?



男はまっすぐわたしに向かってきて、その手にはナイフが握られている。まさかこのタイミングで代償を支払うことになるなんて……。奥歯を噛み締めて目を閉じた。あの痛みに耐えなくちゃいけないんだ。



『困りましたね。代償に代償を支払うのですか。それは矛盾というものです。でも、いいでしょう。機会は与えます。ですが、矛盾はどうにもなりません。どうなるのか、楽しみですね』



え?



『誰でもない誰か』の声が聞こえた。代償に代償を支払う……?

どういうこと!?



気づくとわたしではなく、なぜかルア君が刺されたようで地面に倒れていた。



「ぐぁ……ああああああああああああ」

「きゃああああああああああああ」



な、なな、なんでルア君が刺されちゃうの……?

なんでルア君が刺されちゃうのよッ!!

死んじゃダメだよッ!!



「なんで……違うのッ!! なんでルア君がっ!? 違うのに、こうならないために、わたしが……なんで、ルア君死んじゃイヤ。わ、わた、わたしなんでもする、お願い、お願いだから。わたしを代わりに殺して。お願いッ!!!!!!」

「ハ……ル……」

「あ、ああ、きゅ、きゅう、きゅう……救急……車呼ばなきゃ」



慌ててスマホをバッグから取り出してけれど、手から滑り落ちて地面に叩きつけられた。拾い上げて救急車を呼ぶ。




「ルア君……死んじゃイヤだよ……だって、本当はわたしが……わたしがルア君を……なんだよ?」




本当はわたしがルア君を救うはずなんだよ?




結果的にルア君はわたしを庇って死んで……。毎日献花をして、泣いて。ある日、蒼空ちゃんが献花に訪れて言い合いをしたこともあった。



わたしのマンションはマスコミに囲まれて、毎日外出もできずに通販生活を送りながら魂の死んだような生活を送っている。ダイニングテーブルに突っ伏していると突然テレビが点いて、わたしは驚きのあまりのけぞった。それに、毎日付けていた日記(というよりも手帳に書き込むのが趣味というか……)が勝手に開いて文字が浮かび上がる。



『ハル、僕はここにいる』



ルア君が近くにいる?

はじめは驚いたけれど、わたしを思って会いに来てくれたのかなって思ったら愛おしくなった。



それからというもの、ルア君とわたしの奇妙な生活が始まる。姿は見えないし、言葉は通じないものの、筆談というコミュニケーションはできるためにルア君の存在を身近に感じた。



『誰でもない誰か』の存在を感じなくもないけれど、ルア君がそばにいてくれるならそれでいいと思った。



夏まつりの日、ルア君の機転でマスコミを混乱させてくれて、わたしは久々に外出することになった。また、スマホの動画でならばルア君の姿を捉えることができるという画期的(?)な手法によって、コミュニケーションが楽になった。



夏まつりの終わりに上がる打ち上げ花火を河川敷で見ることになった。ルア君には言えていないことがたくさんある。あの秋から春に時渡りをして殺されて。恐れおののき、打ちひしがれていたわたしを救ったのはやっぱりルア君だった。そしてわたしの命を救ってくれたのもルア君で、わたしはルア君によりかかり過ぎなのかもしれない。



「わたし……ルア君と会えてよかった。あのとき……助けてくれて……ありがとう。わたしが死ぬはずだったのに……助けてくれて……。ごめんね、痛かったよね、ごめん」

「またそれか。何回目? もういいから。ハルが無事でこうして笑ってくれるなら、僕も浮かばれるよ」

「もうっ!! 浮かばれるとか言わないでっ! ばかぁ!!」

「ハル……」

「なに?」

「僕は……ハルのこと……」

「えっ? なに?」



けれど、ルア君の言葉は花火にかき消されてしまった。なんて言ったのか聞こえなかった。でも気持ちは通じている。ルア君の言いたいこと分かっているよ。やっとここまでこられたね。あの秋のディスティニーシーに行ったときに言ってくれた言葉は、今でもわたしの支えになっている。そして、今日、その気持ちをもう一度聞くことができて……。



わたしは幸せだよ。ルア君。きっと、存在を認識できないのもどうにか救ってみせるから。



「わたし……ルア君のこと好きだよ」

「え……」

「ずっと。ずっと好きだった」

「なんで……今……それを」

「……言わなくちゃ後悔しちゃうから。本当はルア君が死んじゃう前に言いたかった。あの日、東京に行って無事に帰ってこられたら言うつもりだったんだ。でも、そうなる前に……ハル君が……。すごく後悔した。わたし、ルア君のことが好き」



というよりも、代償から逃れられたら告白しようと思っていたんだ。死を回避できたら絶対にもう一度告白しようって思っていたから。



「ハル……」



……え?



川でパシャパシャ言っている気がする。目を凝らすと女の子が溺れているように見える。流されているじゃないッ!!



「ダメ……助け……なきゃ……」



考えるよりも身体が先に動いていた。川に飛び込んで女の子を抱きしめる——けれど抱きしめた感じがしない。体温もなければ感触もない。よく見るとヒトガタの紙がいくつも浮いていて、これと女の子を見間違ったっていうの?



ルア君が追ってきたようでわたしを抱きしめた。不思議なことにルア君の姿を見ることができたし、声も聞こえた。首だけ振り返ると、ルア君の身体は透けていて今にも消えそうになっている。



「ルア君、追いかけてきてくれたんだね……」

「ハル……ごめん、駄目かもしれない。なんとかハルだけでも助けるか……ら…‥」

「ルア君……ごめんね……本当にわたしってバカだよね。女の子とこれを見間違うなんてさ」



対岸からみんなが発泡スチロールやらダンボールを投げてくれて、わたしは必死にそれに掴まった。



「ハル、掴まって」

「ルア君はッ!? ルア君ッ!?」

「行け……僕は……もう」



ルア君の手を掴もうとしても透けて握ることができなかった。ルア君が流されちゃう。ダメ、ダメだよッ!!



しかし、瞬きするとすでにルア君はどこにもいなくて完全に消えてしまった。




いやああああああああああああああッ!!




わたしは引き上げられて再び川に戻ろうとすると引き止められてしまった。



ユメマホロバの夢咲陽音が入水自殺を図ったとして、世間は騒いだけれどわたしにとってそんなことはどうでもよかった。ルア君が消えてしまったことに対する喪失感が大きくて再び部屋にこもって動けなくなってしまった。




そうして夏が過ぎ、秋になり、やがて冬が訪れた。



わたしは廃人のようになっていて、身体中の感覚も鈍い。なにをする気力も起きないし、怒りと悲しみだけが心を支配している。



ふらふらと旧年嶽神社跡地の公園に赴いて、わたしは社を蹴飛ばした。こいつのせいですべてがぶち壊れた。わたしはこいつを許さない。



「出てこい……わたしをあの頃に戻せ」



けれど何の反応もないし、声なんて聞こえてくる様子はなかった。どこから狂いはじめたのだろうか。ルア君とただ一緒にいたいだけなのにそれすら許されないなんて。何回わたしとルア君の間を引き裂けば気が済むんだろう。



『代償はの者が支払いました。あなたは唯一の生き残りです。おめでとう』

「ふざけないでッ!! 全部はじめに戻しなさいよッ!!」

『と言いますと? 海岸での一件は音羽さんが支払いましたし。あなたの発端は……そうですね。彼の者の病でしょうか。できなくもないですが……代償はもらわねばなりませんね』

「代償は支払う。その代わり条件がある」

『条件ですか? 一応聞きましょう?』

「ルア君の脳腫瘍を治す代わりに別の代償を彼自身に背負わせてほしい。そしてわたしもなにか半分。わたしもルア君も死ではない『なにか』。彼とわたしとで半分ずつ支払う」

『……面白い事を言いますね。つまり要約すると、命を奪わない代わりになにか別の代償を彼の者とあなたで半分ずつ背負うというのですね』

「そう。どう?」



ルア君には悪いけど、わたしと2人で代償を背負うことにすれば……そう、苦しみはあっても喪失する悲しみを負うことはない。苦しみだって分かち合えば、きっと乗り越えられる。ルア君と一緒に……どんな困難でも越えてみせる。



『いいでしょう。では、戻します。せいぜい楽しませてください』



視界がぐるぐると回って、めまいのような不快な気分のままわたしは倒れ込んだ。



気づくと白い壁、白い天井の部屋でベッドにはルア君が寝ていた。わたしはルア君に手を握ったまま寝ていたようだった。



夢を見ていた?



そうだ、ルア君は脳腫瘍の手術を受けて……それで無事に終わって一般病棟に戻ってきたんだった。



なんだかすごく長いこと悲しい日々を送っているような夢を見ていた気がする。でも、もう薄っすらと消えかかっていて、記憶が曖昧になっていく。



しばらくするとルア君は目を覚ました。



「ル、ルア君……ルア君が起きた……ルア君ッ!! わたしのこと分かる? 危ない手術だったんだよ……? 良かった」

「……?」

「陽音……ハルだよ? 分かる?」



ルア君がわたしのことを不思議そうに見ている。



「誰だっけ……」

「え……?」



わたしは愕然としてしばらく沈黙せざるを得なかった。



そして、ルア君を抱きしめて……また泣いた。







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ラストのシーンは、#30の?Line(?世界線)です。やっとここで繋がりました。詳しくは近況をチェックしてみてください。

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