#05C 陽音の献身




あれ、確か……わたしは……。



ルア君の家に来ていて、葛根先生が捕まったとか、蒼空ちゃんどうしてるんだろうとか、そんな話をしていたところまでは覚えている。けれど、そのあと気を失うように寝ちゃって、気づくとダイニングテーブルに突っ伏していた。



随分と長い夢を見ていたような……。




あれ、ルア君がいない……。どこに行っちゃったんだろう。



「ルア君? ちょっとぉ、どこ〜〜?」



立ち上がって部屋を見回すと……。




————ッ!?




「ルア君ッ!? どうしたの!? ねえルア君!?」



ルア君は……うつ伏せで倒れていた。急いで駆け寄るとまったく目を覚まさないし、顔は青白くてまるで生気がない。どうしよう……こういうときはどうすれば……。



「ルア君起きてッ!! お願い、起きて!?」



まったく反応がないどころか脈拍も低い気がして、スマホを手にして119番通報をした。救急車を待っている間も気が気じゃなくて、どうすることもできなくて、ずっと泣きながらルア君を抱きしめていた。



「ルア君ダメだよ、死んじゃダメだからねっ!!」

「……ハル、僕はここにいる……気づいて」

「ルア君ッ!?」



たしかに今、ここにいるって言った。うなされているように、すごく苦しそうな声で呻くようそう言った。けれど、また黙ってしまい何の反応も示さなくなっちゃった。このままルア君が目覚めなかったら……わたし……。

ルア君絶対にダメだよ、もう少しの辛抱だからね。







それから数ヶ月が過ぎた。




結果的にルア君の脳には腫瘍があって、それもかなり奥深いところにあるらしく取り除くのは難しいし、やるとすれば長い手術になるって先生は言っている。そう話してくれたのはルア君の身元引受人のお姉さん。



両親よりもルア君に寄り添ってくれている立夏さん(ルア君のお姉さん)は、わたしのことを見てはじめはびっくりしていたけど、わたしを信用してくれて色々と話してくれた。



季節は秋。あの日以来、ルア君はずっと昏睡状態でたまにうわ言を言っているけれど、一度だけわたしの名前を呼んでくれたらしい。立夏さんがわたしを信用してくれた理由はそれなのかもしれない。だから、わたしが来たときは二人きりにしてくれる。本当にありがたいことだよね。



「ルア君はどんな夢を見ているの? 目が覚めたら教えてね?」

「……」



そうしてわたしはアイドル活動をセーブしつつ、週に一回は高花市に帰ってきていた。9月も下旬に差し掛かった中秋の日の翌日、わたしは立夏さんからあれほど難しいと言われていたルア君の手術を計画書を見せられた。



「でも……難しいって言ってたじゃないですか……」

「うん。でも、あいつをあのままにしておけないだろ。うちの親は一応春亜を子として見ているからな。判断は間違っていないと思う。でも、最悪……失敗だって考えられるらしくて。それに、成功したとしても重篤な後遺症も残る可能性だってある」

「そうですか……」

「陽音ちゃん、ごめんな」

「立夏さんが謝ることでは……ないですよ」

「いや。アイツがこんなふうになっちゃって。彼女を悲しませるなんて、ホントバカな奴だよ。あたしとアイツの血が繋がっていないことは知ってるよな?」



まだ……彼女ではないんだけど、ここで否定しても仕方がないと思ってそのままにしておいた。



「……はい。前にルア君に聞きました」

「それでも、あたしの弟には変わりないんだよ。だから、姉として謝っておく。ごめん。辛かったな。それと、いち早く気づいて救急車呼んでくれて、本当にありがとう」



家族とうまくいっていないって、ルア君は中学生の頃話してくれた。こんな素敵なお姉さんがいるのになぜなんだろうって、今思い出すと不思議だけど、よくよく話を聞いたらお姉さんは昔グレていたらしい。ルア君が中学生の頃、ちょうど立夏さんは高校生で相当な悪だったとか。ルア君とは毎日のようにケンカをしていたのだとか。でも、最近では立夏さんとルア君の仲はそこまで悪くないらしく(両親とはそうでもない)、今度一緒にご飯でも食べようかと話している矢先の入院だったみたい。



そうして迎えた手術日、わたしはなんとか仕事を空けて病院に駆けつけた。考えたくもないけれど、想像もしたくないけれど……最期の別れになるかもしれないから。ルア君と少しだけ二人きりにしてもらって色々な話をした。



そうしてベッドごと手術室に運ばれていく。



立夏さんとわたしはもう家族のように仲良くなっていて、嬉しいことにユメマホロバの曲を聴いてくれていていっぱい褒めてくれた。なるべく笑い話を、楽しい話をしてくれて。それがわたしの気を紛らわせると気を使ってくれているのも分かっていた。



10時間もの手術が終わり、出てきたルア君は予想通り眠ったままだった。手術は無事に終わったけれど、目覚めてみないと後遺症があるかないかはなんとも言えないらしくて、それが心配でわたしは今日一晩付きそうことにした。立夏さんはわたしを信用してくれて、一度帰宅すると言って病院を出ていき、ルア君と2人きり。



翌日、ルア君は目覚めたけれど目の焦点は合っておらず、会話もできなかった。それなのに、そんな状態なのに一週間後、ルア君は退院となった。



ルア君の感情は失われてしまった。



ちゃんとルア君を治してよ、っていう思いが募りに募る。不満すぎる。



わたしのことも覚えているのかどうか分からなくて、あの頃からは想像もできないほどルア君は静かな人になってしまった。




それでもわたしはルア君に一生寄り添う。そう心に決めている。




高花市のできたばかりの賃貸マンションを借りて、ルア君と一緒に住みたい、と立夏さんに話すとすんなりと許可してくれた。むしろ助かると言って頭を下げたくらいで、歓迎されていることに胸をなでおろした。



東京から引っ越してくるにあたって、私物は最低限のものとファンからいただいたプレゼント以外処分してきた。アイドル活動も……そろそろ終わりだろうと思っている。東京になんて帰っている暇がないよ。そんな時間があるんだったらルア君と一緒にいたいし、ルア君ともっと、もっといっぱいお話がしたい。



「ルア君、どう、新居だよ? えへへ。同棲のお許し貰っちゃったね」

「……あぁ」

「ねえ、ほらこっちこっち。ルア君のお部屋もあるんだよ? 広いでしょ?」

「……あぁ」

「あ、そうだ。お風呂も一緒に入れるくらい広いの。ほら、見てみて!! ルア君の元のお部屋よりも遥かに広いよ!!」

「……あぁ」



ルア君は立って歩けるし、誘導すればトイレも一人で行ける。それに食事だって出せば食べられるし、わたしの声に反応もしてくれる。それで十分じゃないか。ルア君は生きているんだし……十分じゃないか。そう自分に強く言い聞かせた。



本当は自炊をしたかったんだけど、片付けに時間を取られちゃったから今日は仕方なく出前を取った。二人で肩を並べてご飯を食べて、しばらくしてからお風呂の時間。

ルア君はお風呂に一人で入れない。こればかりは仕方のないこと。お風呂に入ったらのぼせるまでずっと入っちゃうし、身体も一人で十分には洗えない。



「ルア君、わたし、一緒に入っても大丈夫?」

「……あぁ」



とは言っても、上がるときに二人で裸ではタオルで拭く時間とか服を着るタイミングとかを考えると、ルア君に先に入ってもらってわたしが介助をしたほうがいいような気がする。

服を脱いでもらってルア君の頭と身体を洗い湯船に浸かるまでの間が重労働なことに気づく。これは……毎日だとなかなかしんどいかもしれない。でも、わたしはルア君のためにがんばるって決めたんだからやり通すよ!!



そうしてルア君に先にベッドに横になってもらって、今度はわたしがお風呂に入る。



疲れたな……。



と、そんな言葉が頭をよぎったけれど、考えないようにしてかぶりを振った。だって、自分で決めたことなのにそんな言葉を吐くわけにはいかないもの。それに辛いのはルア君のほうじゃないか。わたしなんて健康で体力だってあるし、何不自由なく動けるんだもん。それに、好きな人とこうして一緒に暮らせるなんて、幸せすぎて文句なんて言えないよ。そんなこと言っていたら罰が当たっちゃう。



お風呂を上がって髪を乾かして、ベッドに行くとルア君はすぅすぅと寝息を立てて眠っていた。寝顔が可愛くて、やっぱりルア君なんだなって思った。

横向きに眠るルア君の背中を抱きしめて、わたしも眠りに就く。



わたしが絶対にルア君を守るからね。



……おやすみ。




……涙が止まらないよ。ルア君。もう一度……君とちゃんとお話がしたい。贅沢なのは分かっているけど、君とまた冗談を言い合いながら笑って、一緒に楽しいことをして。それから……それから……。



ごめんなさい。わがままな子でごめんなさい。でもね。すごく後悔しているの。

なんで、ルア君が病気を発症する前にちゃんと気持ちを伝えなかったんだろうって。タイミングばかり気にして、打算的に物を考えて。そうじゃないのに。そうじゃなくて。日常はふとした瞬間に瓦解してしまうことがあるんだって、わたしは知らなかったんだ。



知っていたら、すぐに気持ちを伝えたのに。



ルア君……。君のことが好きだよ。



「…………」



ルア君は寝返りをしてパチっと目を開き、なにも言わずわたしの頭を撫でてくれた。



「えっ……?」

「………‥」



なにも言わずに、表情も変えずに。ただわたしの頭を優しく撫でてくれる。



「ルア君、わたし、君のことが……」

「…………あぁ」

「好きなの。どうしようもないくらいに好きなの……」




ルア君はなにも言ってくれなかった。けれど、頭を撫でる手を止めて、わたしを抱きしめ返してくれた。



「……す……き?」

「うん。好き。分かるの?」

「…………」



そうだ。ルア君はまだ目の前にいる。それなのに、気持ちを伝えられないとか。なにを考えていたんだろう。ルア君はまだ生きているじゃないか。

わたしは……すでに諦めていたんじゃないか。まだ可能性はある。



「わたしはルア君のことが好きなの。覚えておいて? す・き」

「……す、き?」

「そう。ルア君。生きていてくれてありがとう」

「……あ、り、がと?」



反応してくれている。ルア君が……反応してくれている!!



抱き合いながら眠りについて、わたしはまた夢を見た。



ルア君と芝生で寝転んでお話をして、わたし達がずっとずーっといつまでも愛し合う夢を。








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