#29B 告白——カウントダウン
少し楽観的なのかもしれない。
死という自我の延長上の結末において、僕ほど楽観視している人はいないと思う。だって、2度も死を経験した身としては、また時間が遡るんじゃないかって思っている節があって……。いや、そうじゃないな。僕は現実から逃げているだけだ。死んだら終わり。それは間違いないし、今まで死んだ経験というものが特殊だっただけかもしれない。そもそも僕は本当に死んだのか?
もしかして、すべて夢だったなんてことは……?
死んだ経験も何もかも。目の前にいるハルも本当は僕の作り出した幻なんじゃないのか?
『幻覚を見ることもあると思います。』
『幻覚ですか?』
『いるはずのない人が見えていたり、声が聞こえたり、あとは夢を現実と捉えたり。いろいろな症状が出ていてもおかしくないんです』
当直医がたまたま脳外科の先生だったこともあって、詳しく聞くことができた。
「ルア君……ルアぐん……ルアぐんがいなぐなっぢゃっだらわだぢ……」
「泣くなって。まだ5年もあるんだからなんとかなるって」
「……でもぉ……うわああああああああああん」
ハルは病院のベンチで僕のとなりに座ってずっとこの状態。泣きはらして目が腫れぼったくなってしまった。ハルは昨日の夜からずっと泣きっぱなしで、僕としてもどうしていいか分からない。ハルが消えかかっていることも気がかりだし、蒼空が溺れるとまずいっていう状況にも気を配らないといけないし。
それで自分の脳に腫瘍があるって。くそッ!!
「とりあえず、祭りに行こう。スパーブのみんなも心配しているだろうし、ミクちゃんに顔を見せてあげないと可哀そうだし」
「頭痛くないの……?」
「まったく。不思議なくらい痛くない」
「ほんと?」
「うん」
「嘘ついてない?」
「ついてない」
「わたしね、すごく悲しい。だって、ルア君のそばにいるのになんの力にもなれないんだもん」
「ハルはさ……いいんだよ」
「なにが……ぐすんっ」
「僕の近くにいて、笑って、笑わせてくれるだけで。ずっとそうだったじゃん」
一緒にいた時間は少ないけれどすごく濃厚で、ハルがいてくれたおかげで蒼空との未練を断ち切れたのは間違いない。世界線Bでハルがすでに死んでいると分かったときは本当に悲しかった。だから、誰からも認識されていないとしてもハルが現れてくれて、僕は救われたんだ。たとえ……これが僕の作り出した幻だったとしても。
「ルア君……わたし、ずっとルア君を笑わせるから。ずっとずーっとルア君を幸せにするから、だから」
「……ハル」
「一緒に居てもいい?」
僕は……はじめてハルを自分から抱きしめた。包み込むように。優しく。髪を撫でて。幻だったとしてもこの気持ちは本物だしハルを、永遠にハルを離したくないと思った。
このまま時が止まって欲しいって心からと思った。
「僕は……気づけばハルの存在が大きくなっていて、ハルがいないと」
辛い。となりに居て当たり前の存在になっていて。
「ルア君……泣かないで。わたし、ルア君とずっと一緒にいる。ルア君、だから諦めないで。やれることはなんでもしよう? 手術だって、大きい病院にいけばできるかもしれないし」
「……うん」
やっぱり死ぬのは怖い。怖いんだ。きっと死んだのだって幻を見ていて、僕は……。
いや、違う。2028年までの記憶は残っている。それに、間違いなく僕は刺されて死んだ。幻なんかじゃなくて、しっかりと記憶に刻まれている。つまり現実だ。となりにいるハルだってちゃんと体温があって、脈があって。ちゃんと生きているじゃないか。でも、なんだこの違和感は……?
今はそれどころではない。鏡の中のハルが言っていたじゃないか!
蒼空が水に落ちてしまうとまずいことになる。つまり鏡の中のハルは蒼空が何かしらの理由で水に落ちたことを知っているんだ。だから、あんなに切羽詰まった様子で僕たちに知らせて。こうしてはいられない。
「ハル……蒼空を見張ろう」
「えっ?」
「だって、水に落ちるとまずいんだろ?」
「そう言っていたね」
「なら、蒼空を見張って、なんとか食い止めないと」
「……うん。うん!! そうだね。できることからやってみよう。もしかしたら、それがルア君を救うことに繋がるかもしれないし」
「僕を……?」
「うん。ルア君が大変なことになるっていうのは、蒼空ちゃんと何かしらのつながりがあるからなんだよね? もしかしたら、鏡の向こう側のわたしはすべてを知っていて、教えてくれたのかもしれないよ? それに賭けてみる可能性あるじゃんか!」
病院を出てお祭りの会場に向かう。スパーブの出演時間までまだ時間があるけれど、メンバーはほとんど集まっていて、集合場所の河川敷は人で溢れかえっていた。
「あっ! 春亜君、本当にごめんなさいッ!! なんて謝ったらいいか。私のせいで大怪我をしちゃって」
「ミクちゃんは悪くないって。そんなに謝らないで」
「あ、あの、病院のお金は払いますっ! 本当に」
「いいって。それよりも、蒼空を知らない?」
「え……蒼空ちゃんですか? えっと……葛根先生と歩いていましたけど。どこに行っちゃったんだろう。本番まであと1時間なのに」
葛根……と歩いていた。なんて聞くとトラウマがフラッシュバックしてくる。やはりこの時点で葛根と繋がっていたのかと思うと腹立たしいというか。いや、もう僕と蒼空はなにも関係がないから、蒼空が誰と付き合おうがどうでもいい。それよりも、蒼空を監視していないとまずい気がする。
「あのクソ魔女……本当に一度ぶっ飛ばしたいんだけど」
「……なんでそんなに怒ってるの? ハル、蒼空を探すぞ」
「だって……蒼空ちゃんは……」
ミクちゃんが不思議そうにこっちを見ていたけど、この際気にしている余裕はない。ハルが夢に見たっていう水に沈むシーンは、水面に花火が映っていたらしい。それと蒼空の水難が関係するなら、間違いなく夏まつりのどこかで水に関する事故が起きるはず。どれも推測でしかないけれど、鏡、ハルの夢、そして蒼空の水難はどれも繋がっているんじゃないかって思う。
「いいから、蒼空を探そう」
「うん。ルア君待って」
「え? なに?」
「ルア君に話しておきたいの。もし蒼空ちゃんが……浮気をしていたとしたら……」
「は?」
知るはずがない。だって、当初、僕と蒼空が付き合っているかどうかも分からなかったくらいだ。まず2028年の僕と蒼空を知らなければ……浮気なんて……いや違う。ハルは移動する前にどこかの世界線で蒼空が浮気をしているところを見ていたのだとしたらハルが知っていてもおかしくはない。
「蒼空ちゃんが、ルア君と付き合っていながら別の男の人と浮気をしていたとしたら……ルア君は蒼空ちゃんを許せる……?」
「……ハル?」
「わたしは……許せない。この前……夢の中で見た……というよりも春まつりのときのこと思い出したんだ。わたしが冬からこっちに来るとき……記憶を欠損しちゃっていたけど、間違いなく、蒼空ちゃんは浮気をしていたんだと思う」
「なんで今それを?」
「……わたしね、もしかすると消えちゃうかもしれないって思ったから。これだけはルア君に知ってもらいたくて。だから、ルア君の……ルア君の行動は間違っていないと思うの」
「ハル? ハルは消えないって。さっきずっと一緒にいようって約束したじゃん」
「うん。でも……分からないから。蒼空ちゃんを水難から救うのはいいけれど、蒼空ちゃんと復縁してもルア君は幸せになれないと思う」
「……分かってる。僕もそれは気づいていたんだ」
「……そうだったんだ。やっぱりね。記憶の整理がついているんだね。わたし、春まつりでルア君と蒼空ちゃんが仲良さそうに話しているところを見て……声かけられなかったんだ」
「あぁ……そんなこと言っていたよね」
「うん。で、そのあと……蒼空ちゃんがね、知らない男の人と……車で帰るところ目撃しちゃって。なぜかその記憶がすっぽり抜けちゃってて。ごめん」
「……やっぱり蒼空は僕に告白する前から葛根先生と……」
やっぱり、そういう奴だったんだ。別れて正解だった。これで心に引っかかっていた蒼空というわずかな
「だから……今のうちに言っておきます」
「……?」
「よく聞いて」
「うん」
「蒼空ちゃんの未練は断ち切って」
「……うん。それはもう」
「それで……ルア君。いや、鏡見春亜くん」
「は、はい?」
「わたしは絶対に浮気なんてしない、だから、」
————わたしと付き合ってください。
「……え」
「ずっと……ずっと好きでした。アイドルになったのも、春亜くんの幼なじみだった蒼空ちゃんを見返すためなの。そして、悪い子でごめんなさい」
悪い子……とは?
「……待って、話が見えないんだけど? なんで謝る?」
「転校してからね……ルア君を遠ざけていたじゃない?」
転校してからハルにメッセージを入れてはじめは返ってきたのに、いつの間にか疎遠になっていたのは確かだ。でもそれはお互いに忙しくて自然とそうなっただけであって、ハルが悪いわけじゃない。僕だって同じだ。それはよくあることで、今でも小学校の時の仲良かった奴と連絡を取り合っているかと言えばノーだ。
それとなにが違う?
「遠ざけていたんじゃなくて、お互い別の道を歩き始めただけじゃん」
「そうかもしれないけど、わたしは……未練を断ち切れそうになくて連絡を断ったの。本当にルア君のことが好きで、好きで、おかしくなりそうだったから」
「……ハル」
「うん。それからいろいろなオーディションを受けまくったの。おばあちゃんが話の分かる人だったから、色々なオーディションに連れて行ってくれてね。そこから努力をして。アイドルになって……いつか登り詰めたときにルア君の前にひょっこり現れようと思って」
「それでストーカーか……」
「ストーカー……? え? なにストーカーって?」
「え? ストーカーから逃げるためにこっちに戻ってきたんじゃないの?」
「……え? 確かに粘着質なファンはいるけど。いや、そうじゃなくて体調不良を理由にしばらく休止して、こっちでしばらく休養しようって。それで引っ越しをしてきたんだよね」
!?!?
話が噛み合わない。ハルがこっちに戻ってきた理由はストーカーに個人情報を晒されて、危なくなったからという理由だったはず。それにこの世界線Bで、すでにハルは殺されているし、それはストーカーによるものだったんじゃ……?
「でも……それは建前で、本音はルア君に会うために戻ってきたの。蒼空ちゃんと付き合っていたら奪うつもりで……でも、できなかった。それでも、まだ心の中では蒼空ちゃんから奪いたいって、そんな悪巧みを考えてる……。だから、悪い子でごめんなさい……」
「じゃあ、この世界線Bでハルが死んだ理由って……」
待て。待て待て待て。そうなると世界線Bのハルは、夢咲陽音はもしかして、高花市に移住のために戻ってきていないんじゃないか? 春にこの町に来た理由は僕と会うためだって言っている。つまり、移住はしていないってこと!? だって、僕と会えなかったハルがこの町にいる意味がなくなるよね? いや、断定はできない。
殺された場所は新宿で間違いない。もしかしたら、僕は思い違いを……。
世界線A(アフター)で僕とハルは春まつりで再会していて、5月末に僕が刺されて死んでしまった。
世界線B(ビフォー)で僕とハルは春まつりで再会しておらず、蒼空と付き合って5年後浮気を目撃した僕はトラックの下敷きになって死んだ。またハルは2023年に新宿でストーカー殺されている。
「変なこと訊いていい? ハルは……えっと、目の前にいるハルはどこかで死んだの……?」
「え……わたしは……死んでいない……と思う。だって、ルア君が……ルア君が守ってくれたから」
「……それは、ええっと」
ということは、まとめると。
世界線Aは再会◎、移住◎、ハルの生存◎。
世界線Bは再会X、移住?、ハルの生存X。
世界線Cは再会X、移住◎、ハルの生存◎。
やっぱり世界線Cが存在する。世界線Aと世界線Bの間を取った、世界線C(センター)ということにしておこう。つまり、目の前のハルは……世界線Cから渡ってきたってこと?
「それで……返事聞かせてくれる?」
ハルは……本当に僕のことを想ってくれていたのか。それで……。僕もハルのことが……。
「好きだ……ハルのことが。でも」
「でも?」
「僕はまともには生きられない……じゃん……このままだと」
「わたしはッ!! ルア君が死んじゃうなんて信じないッ! それに絶対に見捨てたりはしないッ!! だからお願い……お願い。ルア君……」
ハルを悲しませたくない。とか、消えそうなハルをなんとかしないと、とか。蒼空を助けないと、とか。色々な考えがグチャグチャに混ざり合って、僕は……壊れそうだった。自分が死ぬという余命宣告を受けて……いったいどうすれば?
疲れた。
ハルは僕の頭をそっと撫でてくれた。
そうか、少し寄りかかればいいんだ。
ハルはきっと……そんな僕に気づいて。告ってくれて。このタイミングで告ってくれたのはおそらく、僕のことを思って……。
「うん……ハル。僕もハルのことが好きだ。だから付き合ってほしい。こんな僕で良ければ……」
「ルア君……ありがと……こんなわたしのことを見捨てないでくれて……本当にありがとう……いつまでもずっと一緒にいてくれる?」
それもいいかもしれない。けれど、まだやることがある。ハルをなんとか元のハルに戻してあげないと。それと鏡の中のハルが言っていた言葉を遂行しないと。
蒼空を追う。今はそれに集中しないと。
「話は後で。とにかく、蒼空を追わないと」
「……うん」
……ハルは消えかかっていた。そして、ノイズとモザイクが同時に入ったように一瞬、ハルの身体が霞んだ……気がした。いつもの消えていく感じとは違う。
これは……いったい?
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