第五章 ラエルビズ侯爵領

第48話 奴隷商、攻撃を受ける

僕には知らないことがたくさんある。


もちろん、全てを知っているなど驕ったことを言うつもりはない。


だが……


「イルスとは……なんなんだ?」


イルス領の当主。


奴隷商貴族としての名前。


それだけの認識だった。


だが、ギガンスの反応はそれだけではない。


この名前に何か、別の意味があるみたいだ。


「それは儂にも知らん。だが、イルスを冠する者には従わねばならない。それが……」


ドワーフ族に伝わる古の契約。


「もっとも、儂らのずっとずっと昔の話だから、守る必要もないんだがな」


それでもギガンスは僕に従うと言ってくれた。


その理由を聞いても答えてはくれなかった。


しかし……


「儂が行くための条件を付けさせてもらうぞ」


一つは当然のごとく、酒の調達。


出来れば、酒造所を作れという。


さすがに、これは断ったけど。


もう一つは金属使用の優先権。


この2つだけは譲れないと言われた。


もちろん、ギガンスには鍛冶をやってもらうつもりだ。


断る理由がない。


「よし! お前さん達が出発するまでは酒を浴びるほど飲むぞぉ! お前も付き合え」


その年の冬は酒に溺れる毎日でした……


そして、ついに……


「雪が止んだな」


長く続いていた雪の季節が終わった。


しばらくすれば、雪も溶けて、行動を開始できる。


「イルス様。斥候の者が戻りました」


いいタイミングだ。


これから向かうであろう土地の調査を頼んでいた者が帰ってきたのだ。


これより南方はラエルビズ侯爵領だ。


ラエルビズ家は王国の矛として君臨する名家。


オーレック公爵家、デリンズ侯爵家が政治の中心的な家柄。


ラエルビズ侯爵家はまさに軍閥そのもの。


そのため、王国でも最大の兵力を有している。


王国はその三つの家のバランスによって、保たれていると言っても過言ではない。


だが、オーレック家が失脚したことによって、バランスは大きく変わった。


そうなると、ラエルビズ家の動きはとても怖い。


僕達にどのような事をしてくるか、想像もつかないのだ。


「分かった。会おう」


……。


「それは本当か?」

「間違いありません。ラエルビズ領内で軍に大きな動きがあるようです」


やはり、動くか。


だが、目的はどこだ?


まさか……王都?


ありえない話ではない。


ラエルビズ家は遡れば、王家の血筋。


自分こそは正統な王家だと名乗り上げてもおかしくないのだ。


今までが静か過ぎた。


「そうか……ならば、迂回してでも、ラエルビズ領には近寄らないほうがいいだろうな」

「それは……どうでしょう」


どういうことだ?


本当なら、ラエルビス領でもひと稼ぎ……


そんなことを思っていたんだが……。


「それが、四方八方に兵を繰り出しているのです。まるで……」


何かを探しているみたい、だと?


それはどういうことだ?


ラエルビズ領内は彼らの庭みたいなものだ。


わざわざ、兵を繰り出してまで斥候を繰り返す意味なんか……


「狙いは僕達ということか?」

「分かりません。しかし、可能性はあります」


……これは困った。


イルス領はラエルビズ領を超えれば、すぐの場所にある。


だからこそ、ここまでやってきたのだが……。


今一度、引き返し、大きく東方のルートで行くか?


だが、それだと時間がかかるばかりか、お金も大きく失う。


それに街までの距離が遠いせいで、食料の調達が難しい。


やはり、南方に向かう選択肢を捨てたくはない。


「我々は直ちに出発する。斥候隊は今一度、探索を開始してくれ」

「承知しました」


まだ、ラエルビズ侯爵の腹が見えない以上は大きな行動は控えたほうがいいな。


すぐに皆に出発する事を告げる。


今夜がこの土地での最後の夜になる。


「なんだか、寂しいわね」

「そうだな。また、馬車の旅に戻ると思うと嫌になる」


「そうかしら? ヨル達に囲まれて、嬉しそうにしていたじゃない」


……。


ゆっくりと夜は更けていった。


「さあ、出発だ」


僕はピシッと馬にムチを当てる。


馬車がゆっくりと動き出した。


「本当にいいの?」

「いいんだ。僕はここにいた方が落ち着くんだよ」

「じゃあ、隣に座ろうかしら」


相変わらず、馬車はヨル達……シェラとマリーヌ様とすし詰め状態だ。


こんな中に入る度胸は僕にはない。


馭者として外に座っていた方がよっぽどいい。


それに冷たい空気が心地いいんだ。


「そういえば、これを持ってきても良かったのかな?」


これ、というのは、ブラッドソードのことだ。


王家の宝だ。


「いいんじゃないかしら? 別に誰も見向きもしていなかったんでしょ??」


まぁ、たしかに……


王都で最後に見たのは地下深くの宝物殿で埃をかぶっている姿か。


「それに初代様が持っていた剣なんて、素敵じゃない……」


続く言葉に恐怖を感じた。


「ロッシュが王都を滅ぼす姿が目に浮かぶわ」


マギーはこの剣にどんな意味をもたせようとしているんだ?


決して、反逆の剣とかじゃないからね?


初代様の血で染められたと言われる真紅の剣、ブラッドソード。


僕が手にして良い物なのだろうか?


とても恐れ多いような気がするけど……


馬車はゆっくりと山を下り、平野が少しずつ見え始めてきた。


ラエルビズ領までもう少しだな……


「イルス。逃げろ」


何を言って……


次の瞬間、大きな破裂音が近くから聞こえてきた。


「なっ……」

「また、来る」


まただ!!


一体、何が起きている。


隊は大きく乱れる。


馬はいななき、興奮状態だ。


「ヨル!! 状況を確認してこい」

「承知しました」


「マギー、大丈夫か?」

「ええ。ちょっと擦りむいたけど、大丈夫」


シェラとマリーヌ様も無事だ。


「おお、妾の道具たちがぉぁぁ。許せぬ。絶対に許せぬぞぉ」


……サヤサは?


「ご主人様、ご無事ですか?」

「良かった。お前が無事で。フェンリルも大丈夫か?」


「ええ。この程度で音を上げる訓練はしていませんから」


フェンリルが若干怯えているように見えるが……そんなわけがないか。


「フェンリルを使って、救助をしてやってくれ」

「分かりましたわ」


まずは体制を整えなければならない。


あれは明らかに攻撃魔法だ。


誰かが、僕達を攻撃したのだ。


しかも、明確な殺意をもって……


「イルス様!! 敵はラエルビズ軍! 本隊です」


くそっ!!

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