第45話  奴隷商、最愛の妻を得る

かの者……と紹介されたのは……


おっさん?


いや、小さなおっさんだ。


随分毛深い人のようだ。


「ギガンス殿。こちらはイルス様とその奥方だ」


マーガレットはそういう位置づけなのか。


なんだか、嬉しいな。


手でも繋ごうか?


今はその時ではないか。


「おん?」


こちらを一瞥するだけで酒を飲み始めてしまった。


「ギガンス殿! こちらを向けれよ」

「おん? もういいか?」


一瞬しか向いていない……。


一応、屋敷付きの執事とは言え、この領の実質的な管理者だ。


その者の言葉を蔑ろにするとは……骨の有りそうなやつだ。


大事を成すには、こういう者を積極的に集めたいものだな。


だが、この態度では話も出来たものではない。


僕は一旦離れ、フィリムを呼んだ。


あることを頼むためだ。


「頼むぞ」

「承知しました。すぐにお持ちします」


さて……


「ギンガス殿。一つ聞きたいが、どうやってブラッドソードを修復したのだ?」

「ふん!!」


一筋縄ではいかないな。


だったら……


「フィリム、持ってきたな」

「言われた通り、あるだけ……」


それでいい。


荷車には大量の……酒が積まれていた。


大きな樽と瓶詰めのもの……


見ただけで吐き気が出るほどの量だ。


だが、それが効果覿面であることは一瞬で分かった。


この人は……ドワーフ族だ。


人間と外見こそ、似ているが、その異なる両椀こそドワーフの象徴だろう。


大きく膨れ上がった筋肉。


それこそがドワーフ……鍛冶の神様の寵愛を受けた者……それが彼らの代名詞だ。


なるほど。


彼らならば、修復不能と言われたブラッドソードを完全に復元できるわけだ。


そもそも、このブラッドソードはドワーフが作ったとされ……


ん?


おっと……


「済まないな。考え事をしていた」

「酒を前に無粋な考え事は神への冒涜ぞ」


よく分からない理屈だが、今は頷いておこう。


「その通りだ。さあ、好きなだけ飲んでくれ……と言いたいところだが、一つ聞きたい」


ブラッダソードの修復方法だ。


「あん? そんなもん、適当に叩けば、直るだろ。むしろ、なんで直せないんだ?」


これは一本取られたな。


職人には、この手の質問は無意味だったか。


ならば、言い方を変えよう。


「この武器を作ることは可能か?」


実は鍛冶師がいればいいなと思っていた。


旅には色々と金物を使用する。


料理にも鍋を使うし、道を切り開くために斧を使う。


それらは摩耗し、使い勝手が悪くなる。


それを修復するためにも鍛冶師は必要不可欠だ。


今でも、真似事程度にやってはいるが本業の人がいれば助かる。


それに鍋の修復だけではなく、武具の製造も頼みたいのだ。


すべては王国一の軍事力をもつイルス領を作るためにも……


「あん? 材料さえあればな」


なるほど……それだけ聞ければ十分だな。


「あとは好きに飲むがいい」

「おお。あんたに神の祝福があるぜ!」


さてと……


「フィリム、戻ろうか」

「もうよろしいのですか?」


酒を飲み始めたドワーフに何を言っても無駄だろう。


それに情報としては十分だ。


あとは……どうやって、彼をこちらに引き込むか……


結局は酒だろうな……


「ロッシュ。相談があるんだけど」

「ん? どうしたんだ?」


何をもじもじしているんだ?


「あのね。このまま、私がお嫁さんってことにしてもいいかな?」


……。


「もちろんだよ。でも、いいのかい?」

「ロッシュしか、考えられないもの」


凄く嬉しいことを言ってくれる。


だけど、僕が気にしているのはそこじゃない。


「式をしなくてもいいのかい? 僕は領地経営が落ち着いてから、式をしようと思っていたんだけど」

「嬉しい。そこまで考えていてくれたなんて。ねぇ、じゃあ、ここでやらない? ドレスもあるし……」


えっと……いいのかな?


「私は構いませんよ。せっかくなら、領民を集め、盛大に……」

「でも本当にいいのかしら? お父様たちに知らせずに……勢いで言ってしまったけど」


「それは問題ありません。その指輪が何よりも証。すでに旦那様と奥方様はご両人を祝福しておられます」

「ありがとう。フィリム」


勢いというものはとても重要だ。


領地経営が軌道に……なんて話をしていたが……


いつになるかなんて、誰にも分からない。


5年、10年先になるかもしれない。


僕はその先に何が待ち受けているか分からない。


でも、マギーだけはいつも側にいたい。


そのための儀式ならば、急ぐことに何のためらいもなかった。


……式は簡単に終わった。


屋敷に領内の者を呼び、盛大に料理が振る舞われる予定だった。


しかし、奴隷商の結婚には誰も祝福に訪れることはなかった。


それでも僕の仲間たちが集まり、祝福の声を投げてくれた。


僕とマギーは衣装に見を包み、皆の前に姿を現す。


それだけの儀式だ。


最後の口づけ……それだけが僕にとってかけがえのない思い出だ。


「ロッシュ。これで私達は夫婦ね」

「ああ。これからは苦難の連続だろう。だが、二人で乗り越えていこう」


「愛しているわ。ロッシュ」

「僕も愛しているよ」


再び、口づけを交わした。


仲間たちからはやや冷やかしの言葉もあったが、僕達を認めてくれた。


それから一晩……。


僕は名実ともに一皮むけた大人へと生まれ変わった。


夫という身分を得て、守るべき家族が出来た。


それは家族から追放された僕の中に出来た穴が綺麗に埋まるような感覚だった。


不安を……彼女が拭い去ってくれたのだ。


ベッドの中で眠る彼女に僕はそっと口づけをする。


彼女のため、仲間のため……そして、自分のためにも領地を発展させる。


その先にある王都を手にするために……。

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