第19話 アタシもさ、人並みくらいには遠慮ってのが出来るわけよ ③
――そこからのアタシはもう必死。
孤軍奮闘、獅子奮迅の働きをみんなに見て欲しいくらいだったわ。
御屋敷の前での心まで凍りつく氷点下のような一悶着。
悶着にすらなっていない、終始、相手側のワンサイドゲームだったけど、それでも誰が見ても褒めて貰えるくらいには頑張った。
あのさ、メッチャ怖かったんだから。
知らない場所で、知らないヒトに声かけられてさ。普段なら、どうせナンパでしょってなノリでテキトーにあしらって、それでもしつこいようなら罵声のひとつやふたつ繰り出すとこだけど。
まず、あの圧よね。睨みつけられたり威嚇されたわけではないんだけど、タダそこに居るだけで雰囲気が重い。
せめて相手がヒステリックに来てもらえたなら、流石に “危ない” って身体も動いてさ。走って逃げたりしたんだろうけど、美人な上に、あの切れ長の目。
アタシの胸の内を見透かされているようで、心当たりなんてなくても、ゴメンナサイ。ゆるしてください、って動けないのよね。その場で叫んじゃいそうになった。
それに、塀に上ろうとか、ムリヤリ門扉を開けようなんてことはしてないけど、でも、思わせぶりにウロウロしてんだもんね。怪しいのは否定できなくて。
……よくよく考えたら、確かに変なことしちゃってんじゃんアタシ、ヤバ。って妙に冷静になってさ。
アタシは何も言えやしないわよ。さっきも言われたとおりダンマリしかない。
我ながら埒があかないことをしていると思った。黙ってたって何か変わるわけでもないのに、だけど、どうにも謝って許して貰えそうな雰囲気でもないし、この状況を打破できる術がないのだからしかたないもん。
『最近、この辺も物騒になってね。つい先日も、早朝からその家の前で変な男がウロついていて声をかけたばかりなんだ』
まぁ、その方はただの酔っ払いだったわけだが。と、彼女は溜息をついた。
『その時は、ガー君……失礼。その家の住人に “危ないだろ。何かあったらどうするんだ” と、こっぴどく叱られてね』
僅かに見せたギャップというか、むぅ。とフテ腐れた態度を可愛いと感じたが、同時に、このヒト酔っ払いにも絡んでいけるのかとビビった。マジか。生き物として強すぎる。
『キミみたいな少女が、まさか飲酒はしていないだろうけど。それでも幼馴染みの家なんだ。先だっての件もあるし、心配して当然だろう?』
いやいや、あのですね。キミもそう思うだろ。的な目でこっちを見られても困ります。それに、――
『え?』
我ながら、マヌケな声が出た。でも、
『おや。キミの名前、違ったかな?』
アタシの思考を遮るように――言葉の終わりに、さらりと名前を呼ばれたのだ。
……えぇ、なんでぇ。
名字にクンをつけた仰々しい形ではあったけど、彼女は、さも当然と言わんばかりの表情で飄々と。アタシの事、なんでか知ってるわけよ。
どうして知ってるんですか? だったかな。ようやく出た言葉はその程度のもの。
『知ってるもなにも、同じ学校に通う生徒なんだ。それに、キミほど見目麗しければ、イヤでも目立つというものさ』
とか言って、不敵にニヤリ。
え、同じ学校の生徒なの!? 声には出さないけど、今日何度目かな。もうビックリの波状攻撃。
いました? こんな美人さん、いましたっけ? これだけ可愛いなら女子の間で話題にならないわけないのに。
そりゃアタシの学校に可愛い子が一人も居ないわけじゃないわよ。
有名どころで言えば、一学年上の生徒会の書記だっけ? そういうのやってる先輩がすんごい可愛いらしい。
らしいって曖昧さがどうなんって話なんだけど、アタシはさ、生徒会だとか集会だとか、そういうお堅い行事はだいたいグッスリスヤスヤだからさ、廊下やなんかで遠目からなら見たことあるなぁって程度なのよね。
でも、その時見た感じはさ、大っきめの黒縁眼鏡と、低い位置での優等生な二つ結び。よくよく近くで見れば可愛いのかもしれないけれど、全体的にモッサリとしてたイメージが強かった。
どっかで、同じ生徒会のイケメンとカレカノって話は聞いたことあったから、まぁ、それならやっぱり可愛いんだろうなぁってくらいの認識でさ。だからこそ、あの上級生よりも今、こうやって目の前に居るヒトのほうが圧倒的に美人なわけで、なぜあのヒトが有名で、このヒトが無名なのかが本気で意味不明なわけよ。
共通点は長い黒髪ってとこだけじゃん。それで美人って言ってもらえるのなら、とっくに日本中の女子は黒のストレートばっかりになってるんですけど。
『憶えておいた方が何かと便利だからね。こういう知識はなにかと役に立つ』
驚き固まり立ち尽くすアタシの顔で色々と察してくれたのだろう。
実際には、全然関係ない女子に想いをはせる現実逃避の長期旅行中だったわけだけど、ウソではないと証明するためか、彼女は高校名と学年。更にはこちらの名前までフルネームで答えてきた。
……ひえぇ。
その瞬間に、あぁダメだ。アタシはまだ見ぬ美少女の存在と、自分に逃げ場のないことを悟った。
個々のパーソナルな情報を、全て知っているかのような凄みをもつ彼女だ。この様子だと、こっちの家まで知っていてもおかしくない。もしもそうなら逃げても無駄。相手が、ちょっと本気を出せば一瞬で詰み。
暗い部屋で、磨りガラス越しの家族面会が脳裏をよぎったわ。
もうね、頭の中は真っ白なのよ。こんなことで警察のお世話になったりなんて、あるわけないのにね。
でもさ、今思えば確かに大袈裟でしかないけれど、その時は、目の前の彼女から出る見えない力に気圧されていて思考が止まるというか定まらないというか。
ホント、恥ずかしいけどビビりっぱなしでさ。
こんなアタシなんだから、今ならきっと、爪切りなんかを持っていただけで銃刀法違反などのあれやこれやで捕まるだろう。そう考えてしまうくらい混乱していた。
それでもさ、どうにかしようとしたの。一か八かって、隙を突いて逃げようともしたの。
必死も必死。チョー必死。
確かに家を知られているのなら、逃げ帰ったところで無駄な努力。それはわかっている。
なんて、逃げ場がないと散々狼狽えておきながら、かたや逃げようと考えるとか、前後の文がとっ散らかりまくってさ、どんだけそん時のアタシがテンパってたのかって話よね。
でもさ。
そうは言っても、そのままそこに居てもどーにもなんないわけでしょ?
なんか相手はずっと不機嫌だし。それならどうにか許して貰えるように言い訳なりなんなり行動して、ワンチャン脱走に成功してさ、彼女がアタシの住所を知らなければ今日のところはそのまま逃げ切れるわけだし。
あぁもう、わかってるわよ。問題を先延ばしてるだけって事は百も承知。
じゃぁ、文句があるヤツの誰でも良いからアタシと代わってよ。この場をどう切り抜けるのか、お手本見せてよ。
ね。どうにも出来ないでしょ? できっこないじゃん。出来ないんなら黙ってろってのコンチクショー。
とにもかくにも、言い訳。もとい、ホントのことを誠実に伝える事に全力を尽くしたわ。
そうよ。それこそ一晩では語り尽くせないほどの――
「――それで、なにがどうなったらウチで朝メシ食べる流れになるんですか?」
「……アタシだって、わかんないわよ」
日当たりの良い、窓際の席。
初めてお邪魔する他所様のリビングで、こないだまでただのクラスメイトだった、今は秘密を共有する男子が、いろいろと言いたいことがあるぞと不満顔でこちらを見ていた。
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