第18話 アタシもさ、人並みくらいには遠慮ってのが出来るわけよ ②
「えっと、この建物がアレでしょ。だから……いや、どれだ? わっかんね~」
それが、ほんのさっきの事。
あの後、家を出るとすぐ、いつもより少し遅めだからかな。ご近所さん達の一日はとうに始まっていたみたいで、駆け抜けていく町並みに――普段よりたくさんの嬉しい声をもらった。
「今日も朝から美人さんね」
はじめは、知り合いのおばあちゃん。
通学路の途中に住む小柄な人で、小さな頃からアタシにとても良くしてくれる大好きな人のひとり。
ちょうど庭木に水を撒いている途中で、アタシの姿を見かけて声をかけてくれたみたい。
やっぱり早起きは三文の得。さっそく嬉しい言葉をもらったわ。
きっと、このポニーテールのおかげよ、間違いない。
アタシはこれ見よがしに、軽く頭を振って見せびらかした。
「あら~、可愛いわぁ」
再度、これをおばあちゃんに褒めてもらったのが嬉しくてたまらない。さっすがあの子の結ってくれたお下げ髪。やっぱり可愛さの威力が違うわね。
「あんがと!」
アタシは大きく手を振りながらニッコニコ。
向こうも手を振り返してくれてニッコニコ。
その声に釣られるように、ご近所さんが代わる代わる声をかけてくれる。大半が朝のあいさつで、たまに、
「今度、おいちゃんとデートしてくれな」
おじさま方の冗談交じりなラブコール。
でも、返答に困りはしない。だって、すぐ隣には高確率でその家のおばさんが立っていて、「バカなこと言ってんじゃないよ」と頭をポカリ。
また別のおじさんが、くわえ煙草で「遠くまで行くんじゃねぇぞ」とニコリ。
わいわいと言葉が飛んでくるココまでが一連のお約束なのだから、
「はーい」
皆に向け、アタシは元気に言葉を返していく。
たま~にこの時間に走ると、だいたいこんな感じ。
久しぶりだったから照れくささがスゴいし、ちょっとした凱旋パレードみたいよね。
過剰に持ち上げられてるようで、気恥ずかしいというかむず痒いというか。
まぁ、アタシが妙に意識しているだけで、ご近所さん達としては変に特別視なんかしていない、小さい頃から知ってる子だからって、今日も元気だな~くらいの、ある種のリップサービスだろう。
こちらとしてもやめてほしいとか、そういうマイナスの意見があるわけではないし、どちらかというと、まるでお姫様にでもなったみたいで、悪い気はしていない。
ちょっと承認欲求が溢れ出してるみたいでカッコ悪いけど、みんなが声をかけてくれる特別感が好きで、これだから早朝のジョギングはやめられないのかもしれないわ。
「今日は、良い日になりそうね」
ニヤけそうなのを堪えながら、いち、に、いち、に。走るペースはそのままに、皆の挨拶をくぐり抜けた。
「――ほいほいほいっと、到着~っ」
一度も信号に捕まらず、――これも、今日がラッキーに祝福されている証拠よね。――足を止めることなくコンビニまで到着。
店内を覗くと、いつものお姉さんがレジに居た。
たぶん大学生くらいかな。優しいヒトで、軽く手を振ると気づいてくれて手を振り返してくれた。
アタシはコンビニ前に設置された車止めのポールに座り、腰ポケットからスマホを取り出す。
いつもなら、ここで折り返し。ちょっと大回り気味に家へと帰るんだけど、ところがどっこい今日は特別版。ちょびっとだけコースを変更なのですよ。
ちょちょいのチョイと地図アプリを広げ、お目当ての場所を検索する。
「……番地見ただけじゃわかんないのよね~っと」
スマホによると、お目当ての場所はここから1キロほど先。いつもは左に曲がる交差点をまっすぐに直進。
いやー、近所と言えばそうなんだけどさ。ちょうどこのコンビニが小中学校における校区の境界線だから、こっから先はわりかし未開の地なのよね。
「はじめての住宅地とか、ぜったい迷う。サイコーに自信あるわ」
なんてことはない、単純に、彼の家までの道順を確認しておこうと考えたのだ。
アタシってば、こう見えてもケッコー慎重派なわけ。
石橋を、撃つべし撃つべしで事前に叩けるだけ叩いとかなきゃ落ち着かない。そうね。メイク前の下準備と一緒よね。こういうのはやるだけやって損はない。
それに、こっちから今週末にってちょっと強引に約束しといてさ、いざとなっての遅刻とかイヤじゃん。
迷って徘徊してぐだぐだで、しかも相手を待たせるなんてサイキョーにダメじゃん?
だからさ、アタシ的にも事前準備、もとい、一番手っ取り早いからって、事前にキモオタからいろいろ聞いとこうとしたんだけどさ。
今日までの数日間を思い出し、
「……よくわかんないヤツなんだよなー、これが」
我ながら、ドラマで見る中間管理職のオッサン並みに濃い溜息が出た。
なんせ、どうにもやっぱりオタクって意味不明。理解不能な動きを見せてくれちゃうわけよ。
こっちはさ、キモオタに迷惑かけたくないから、そうなるのが嫌だから電話するんだけど、ホントよくわかんない。何がどうしてだか、もうサッパリ。
……どんだけ鳴らしても、向こうがまったく電話を取らないの。
ね? ありえなくね?
すぐ出なくても折り返しとか期待すんじゃん? でも、待てど暮らせどかかってきやしないわけ。
ソッコーで送りつけた、
“は? もしかして無視? がっつりキズつくんですけど?”
的な文句にはさ、秒で返してくるんだから、なんだよ返信くるじゃん。
拒否ってるわけじゃないのなら、――よし。まぁ、それならそれでいいわ。
ついさっき返事きたんだから、今まだスマホ手に持ってるよね? 今すぐなら取ってくれるわよね? これで取らないんならヤバいよ? ていうか取れよ?
スマホを睨みつけながらも、なんて言ってやろうかしらね。
でも同時に、ヒトには間違えってモノはつきものだし、この程度でいちいち目くじら立てるのも、アタシももう高校生だしさ、器の大きさって言うのかな。
オタクはあまり人付き合いが得意じゃないって、なんかマンガで見たような気もするし、それならこっちが、そういうお手本を見せてやる良い機会でもあるわけじゃん。
そうよそうよと、自分でもよくわからない理論をムリヤリ言い聞かせながら、疼くこめかみとひくつく口の端を堪え、数分間ほど鳴らしてみた。……んだけどさ。
もうね。なんと言いますか。
これはあれね。ようやく手に入れたお目当てのコスメがおもったような発色じゃなかった時の、期待外れと肩すかし。そして溢れんばかりの憤りを混在させた、あの心情に似てるわね。
あのヤロウ。……見事なまでに淡い期待も返しのコールも。全部まるっとガン無視しやがったんだから、もうビックリ。
いや。
いやいやいや。
いやいやいやいや。おかしいでしょ。
何でよ。わざわざメッセージで謝るくらいなら電話に出ろっての。
でも、なんで電話ムシすんのよって送ったら、
“緊張してムリです”
って、返ってくるし。
はぁ? ムリって何よ。話した方がラクじゃん。こっちはただ家の場所がどの辺りか聞きたいだけなのに、
“住所は○○丁目△△番地の◇号です”
“あのさー、住所で言われてもポカンなんですけど?”
漠然と住所を送られてきてもわかんないんだってば。電話でさ、近くにある建物とか、目印になるモノとかさ。あるでしょ。そういうのを耳で聞いた方が分かりやすいでしょ? アタシだけ? 違うよね!?
“スマホの地図アプリとか……”
いや、マップの画像見たけど建売り住宅地のど真ん中じゃん。似たよーな家ばっかなんてぜったいムリ。百パー迷うって!
“目印としては、右斜め前に大きな日本家屋があります”
だ・か・ら・ドコだよ!
地図見てもわかんないの! っていうかニッポンイエヤってなに!? そういう唐突に学力試してくるのやめて! 地図とか方角とか、ホント苦手なの! 最後まで言わせんな! お願いだからわかれ!
“やっぱり、違うところでやりませんか?”
“はぁ?”
このメッセージに、……いよいよプツリ。
瞬間的に、怒りを表現するありとあらゆるスタンプを送ってやったわ。
今更なにを、こ、このボケナスキモオタがぁ……。ってね。
“こうなったら意地でもそっちの家でやってやるわよっ!!”
こんな感じで無意味な押し問答の末、結局のところアタシがキレて終わったんだけど、まったく、妙に頑固で困っちゃった。
第一、ただのクラスメイトと話すだけなのに、何で緊張するのかよくわかんないわよ。
そりゃ、アタシみたいなのが馴れ馴れしくすると迷惑かなっては思うからさ、学校で話しかけることはないけれど、でも、仮にも秘密を共有する仲なわけじゃん。
こないだ妹の見てたアニメでも言ってたわよ? とっても可愛いヒロインが、主人公みたいなヤツに『秘密の共有は一蓮托生と同義』ってね。
一蓮托生って、詳しいとこまではよくわかんないけど、ようは他人じゃないわけじゃん。友情とは違うジャンルだけど、特別なヤツじゃん。
まぁ、妹的には、
『驚くほどに作者の意図がわかんない。ここまでテンプレなツンデレムーヴはダメだよ。こてこての負けヒロインだよ。このままズルズルいくなら起訴も辞さない。もし、先日出てきたばかりの自称姉キャラでエンドなら、余裕で千日戦争しかけるレベルなんですけど。何あれ? ただ可愛くて性格とスタイルが良いだけのキャラじゃん。まったく、この子は今期の最推しキャラなんだから、ホント雑に扱わないでほしい』
いまいちツンデレってのがピンとこないけど、流れるように吐き出された言葉にドスの効いた重さを感じたから、あんまりお気に召してはいなかったみたい。
いや、出てきた単語の意味は大半わかんなかったけど、でも、なんとなく妹の言いたいことは分かる。
確かに、どっかの誰かさんが電話に出ないのもアタシ的には意図が分からないからさ、相手の考えてることがわかんないってケッコーなストレスなわけよ。そんなの、こっちとしてもお気に召すわけがない。
同時に、わかり合えるって思ってるのはアタシだけなのかもしれないとちょっとだけ胸がモヤついたのが妙にムカついた。
結局、その後もあの手この手を労すも、
“今ヒマ?”
“授業中です。ちなみに忠告ですけど、先生がそっち見てキレそうになってますよ”
“え? ぴえん”
とか、
“あのさ。今日の夜、電話するってメッセージいれたじゃん。……とりなよ”
“すみません。今、ウチのゴリラがたいそう暴れてまして。手が離せません”
“は!? 家でゴリラ飼ってんの!? ヤッバ!!”
みたいな感じでのらりくらり。ったく、ゴリラなんて飼ってるわけないじゃんね。あの手この手で上手に躱され、いっさい電話には出てくれなかった。
でも、不屈の連続メッセージ攻撃で、ある程度までは家の詳細を聞き出せたから今日はその答え合わせみたいなもんよね。
向こうからは、コンビニで落ち合おうかって提案もあったけど、それはアタシが却下。
せっかくここまで聞き出せたんだ。今更、救いの手なんて入らないわよ。
なーんか相手の頑固さに無駄な負けん気と対抗心で余計に話がややこしくなってる気もしないでもないけど、なんて言うの、最後までやってやらねばって使命感?
それに、いよいよ時間もない。日曜におじゃまするつもりだから、その前までには一度急ぎで見ておかなきゃってさ。
そもそもさ、べつに道順の確認だけだから、キモオタの了承なんて全然必要ないし、数日間にわたるあのクソボケな態度といい、あっちがその気ならこっちだってやりたい放題いかせてもらいますよってなノリよね。
モメ事ってわけじゃないけどさ、こうなりゃある種のケンカ腰よ。強気で押し切ればなんとかなる。
行くならついでにってな具合で、朝のジョギングにかこつけてこうやって見に来たわけだ。
……と、そこまでは朝から続く絶好調具合に後押しされて、それこそイケイケで良かったのだけど。
「――そんなところで何をしているのかな?」
今、目の前にはとても困ったことがひとつ。
知らない土地だけど、気持ちよく走ってきてさ。そろそろかなってスマホを見たら、なんとばっちりこの辺っていうじゃない。お目当てのその付近まで着たのならドコかなーって、表札を見ながら歩いていたんだけど、
「おー、でっか」
ふいに目の前に一軒。ドーンとやたらと目立つおっきな御屋敷が出てきたわけ。
なんだかお侍さんが居そうな感じの、由緒正しいっていうのかな。とにかく雰囲気のスゴさが半端なかった。
アタシとしては、これがキモオタの言ってたニッポンイエヤかな? なんて、ゴツい門扉に立派な瓦屋根だから、スゲー! ってなノリで、ほら、こんなん見たらイヤでも興味湧くじゃん。
この塀の向こうにはヒクほどでっかい庭があって、川とか滝とか池とかさ、竹で出来た変なのがコーンって鳴ってそうな。それこそ黒塗りの高級車がドドンってこれ見よがしに並んでたりしてさ。
見たくない? 見たいよね。でも、まさかこんな朝っぱらからピンポン鳴らして、中を見せてくださいなんて言ったら、それこそやばいレベルのアホの子じゃん。
アタシにだって、羞恥の心ってのはあるわけよ。空気を読むってのも困らない程度には出来ると思ってる。
だけど。
――ほら、よく言うじゃん?
ダメと言われたら余計にってヤツ。
鶴の恩返し的な、怖い物見たさというかなんというか。
どうにも好奇心は抑えきれないのよね。やっぱ見たいなって気になって、どっか隙間から見えないかなーって、ちょっとばっかしウロついてただけなんだけどさ。
「……キミは、この辺の子ではないよね」
不意に立ちはだかったのは、ひとりの女性だった。
第一印象は、立ち姿がキレイなヒト。
シャンと伸びた背筋がモデルさんのようで、顔も、目鼻立ちがしっかりしたクールビューティ。髪もキレイな黒のロングで清潔感があるし、スラリとした手足も相まって、俗にいうキレイ系女子ね。
そして、たぶんこの近所に住んでいるのだろう。
着てるものもワンサイズ大きめのパーカーだし、足下はつっかけ。手には新聞が握られていて、後ろ髪も僅かに跳ねてる。
寝起きで郵便受けへと朝刊を取りに来たってところかな。
女子大生? それともOLさん? こういうタイプは異性はもちろんだけど、同性にもモテるのよね。少し引っ込み思案の可愛い系女子達から、影でお姉様って崇拝されちゃう系。
色気というか、佇まいというか、口調も落ち着きがあるし、たぶんいくらか年上だろ――
「――見れば見るほど美人だな。くっそ美少女だな。うぅ、ライバルなら困るぅ……」
「え?」
……いや、そうでもないか?
ぼそりと零したその言葉が、グッと彼女の年齢を引き下げたように感じた。
間髪入れず、誤魔化すように彼女はゴホンと咳払い。
その音と、「いや、失礼。話を戻そうか」圧を増した真顔に、――ヤッバ、怖ぇ。
……綺麗な顔なのに、瞬間で冷や汗が出た。
彼女の纏う説明の出来ない恐ろしさに、心ではなく本能がビビってしまったのだと思う。
こんなに震え上がったのは、ママのお高い化粧品を勝手に使った小学生のとき以来か。ついでにしこたま床にこぼしちゃって、……あの時のママの顔は、マジで怖かった。
「別に、獲って喰おうというわけはない。ただ、キミのような美人がそこにいる。それが問題なんだ。……こちらとしては、どうにも理由を問いたくなる」
でも、なんでなのだろう。
彼女から、なにやら好戦的に構えられている気がしてならないのだけど、どうしてだろう。……アタシなにか気に障るようなことしたっけ。
間違いなく初対面。アタシには、彼女に敵対視される理由が見つからない。
背丈は変わらないはずなのに、こう威圧的に睨まれると何だか彼女が大きく見えて、――ただただ怖くてしかたない。
「……」
「……」
まるで罪を犯してしまったような空気感。
ほんの数分の沈黙が痛い。美人が放つ視線も痛い。
でも、アタシとしてはそんな警戒されるようなことをしたつもりはないし、悪いことをする予定もない。
確かに、ご近所で変な動きをしている女がいれば、なんだコイツと警戒して当然ではありますが、信じて下さい。朝っぱらから他所様の土地をウロついたのは謝ります。ですが、けっして狼藉を働こうとしたわけではないのです。本当です。――立派な御屋敷の庭が見たかった、ホントにそれだけなんです。
「おや。だんまりかな」
ただ、彼女から発せられる言いようのない圧が原因か。喉の奥に何かが張り付いたように、上手く言葉が出てこない。
「えっと、その、あの……なんと言いますか、ですね、」
「……ん?」
「あ、いや……すんません」
ヤベー、マジでわけわかんないけど、とりあえずこのヒト怖すぎ……。
初対面のキレイ系女子に気圧されて、しどろもどろになるアタシへと、アスファルトの上。小石を踏みならす音がひとつ、ふたつ。
気がつけば、もう目と鼻の先。女の子の両の目が、冷たく光った様に見えた。
「質問の意図が分かりづらかったかな? なら、改めて問いなおそうか」
口調は淡々と、でもヒドく温度の低い声。彼女は腕を組み、そして。
「こんな早朝にガー君の、……彼の家の前で、いったいキミは何をやっているのかな?」
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