第11話 そんな餌で、オタクの僕が釣られクマー ②










 ……それから、ちょうど一時間。


 彼女がアイスを食べ終えたっていうのもあるだろうけど、言いたいことはある程度言ったという事か。ようやく僕は解放されるらしい。

 いや、本当の意味で解放されたわけではないけれど、今日、この場だけを切り取れば晴れて自由の身。

 明日以降も、いろいろと例のカードを教える云々で振り回される事は確定しているけれど、それもたぶんこの子が興味をなくすまでの間だろうから、二・三回ほど教えたら終了ということもあり得る。

 むしろさっき聞かされた内容を鑑みるに、僕としては次で最後かもしれないなとすら考えている。

 なんせ、そもそも彼女がカードをやりたいと言った理由がかなり特殊で、普通、TCGを始めますとくれば、理由として面白そうだと思ったとか、前々から興味はあったとか、その手のパターンが主だろうに、流石というか何というか。あっけらかんと『次の大会でカードが手に入ればそれでいい』だもんな。

 その時点で、あぁ、これはあれだなと、すぐにピンときたわけだ。

 TCG初心者によくある、いわゆる “あるあるネタ” の一つに、違うベクトルでそのコンテンツに興味が出たってパターンがある。

 分かりやすいところでいえば、なんか有名人もやってるし、巷でも流行ってるから、 “乗るしかない、このビッグウエーブに” ってヤツだ。

 これはなにもTCGに限った事ではないし、よく見聞きする事象だからさほど珍しいものではないけれど、でも、何事もやってみないとわからないことばかり。

 特にTCGなんて、ルールが複雑で難解なものが多い。

 さらには、今回挑戦する彼女は現役バリバリの女子高生だし、なにこれ、つまんない。てな感じで、あっという間に辞める未来まで見えた。

 しかも、こっちの質問には真面目に答えてくれないのだから余計に意味不明。

 万が一って事もあるからさ、ただ流行に流されているだけって決めつけるのも良くないかなと、『なんでそのカードが必要なんですか?』って僕の問いに、


『別にアタシが欲しいわけじゃないけど、まぁ、欲しがってるからあげようかなって』


 だもんな。

 どうやら彼女自身、そのカードになんら価値を見出してはいないけど、唐突に沸いて出た第三者のために、それが誰かは置いといて、とにかくプレゼントしたい相手がいるから手に入れたい。金額的には厳しいから、大会優勝目指して頑張りたいとの事。

 そこまでの顛末をおとなしく聞き、ぼやかしにぼやかされた内容を自らかみ砕き、解釈。すべてを踏まえての僕の感想としては、……なんだそりゃ。この一言に尽きる。

 よそでやれ。この一言も併せて送りたいものだ。

 贈り先がどこの誰であれ、こちらとしてはどうでもいい話なのだ。なんなら理由を聞いた上で断ることも報復を恐れぬならば可能と言えば可能。

 むしろ、この手の陽キャの頼み事なんて、陰キャの僕からすれば面倒な事にしかならないと、そんなことは百も承知だし、普段なら言い訳並べて断っていただろう。

 そう。

 断っているんだよな。はっきりすっぱりと、――いつもの僕ならさ。

 あの手この手でとっくに話を打ち切って、こんな一時間も彼女とふたり、肩を並べているなんてそうあることではない。

 でも、そうも言えない事情というか、僕の悪いところが出てしまったというか。


 ――再三再四の問答で、僕は気がついてしまったのだ。

 

 彼女の言葉の端々から、


『ケッコー頑張んなきゃってのはわかるけど』


 これがどういうヒトへの、どんな意味を持つプレゼントなのかを。


『どうせやるなら喜んでもらえたほうがいいじゃん』


 あぁ、そうさ。皆まで言うな。

 恥ずかしさを誤魔化すように笑うその同級生の可憐な横顔に、悔しいことにやられた。不覚にもときめいてしまったわけだ。


『なら、やるっきゃないっしょ? なんて言うか……まぁ、わかれ?』


 だってこんなの、――まるでラブコメの王道ではないか。

 彼女は明言しなかったけど、少女からの巨大な矢印が、どこかのだれかに飛んでいるわけだ。

 なんでこんな子がカードなんて、と終始疑問だったけど、今回の一件も、なるほどそうか。彼女なりのアプローチのひとつなのだろう。

 そのアタックに相手は気づいているのかいないのか。話の展開から、どうやらそういう関係ではないらしいし、どうせ相手も高スペックなイケメンだろう。

 となると、男側も鈍感+俺なんかしちゃいました? というアレかもしれないぞ。

 いやいや勘弁してくれよ。仮に難聴系ラノベ主人公と素直になれない系美少女の王道展開だとして……おいおいおい、ちょっと待てと。大好物じゃないかと。

 こうなると僕の灰色の脳細胞はブレーキの壊れた暴走機関車。きっと、昨日読めなかった例の連載マンガと、朝っぱらからネタバレを食らったことも少しは影響しているだろう。

 突然だが、恥ずかしながら僕は俗にいうところのオタクだ。

 世間一般の方々は、一緒くたにオタクと言うが、実のところオタクには色々な種類が数ありまして。総じて、皆、その各々があるひとつの事柄について熱心に求道を志していくものなのだ。

 僕はというと、もちろんTCG大好きオタクではあるのですが、そのですね。……ラブコメも大好きなんですよ。

 漫画やアニメ、ゲームは言わずもがな。三次元もかろうじてだが守備範囲に入っているのだから困りもの。教室で、たまに聞こえてくる同級生のコイバナとか、もう最高。

 そんな僕の前に、こんな上質なラブコメ案件が転がり込んできたんだ。しかも、あろうことかこれほどの美少女がヒロインだなんて、良いんですか? こんな特等席で、甘酸っぱいラブコメ(仮)を、しかも無料で見せていただいても怒られないんですか?

 今の僕は他人のラブコメをVIP席で見たがる厄介オタクの極み。

 くやしい。陽キャに振り回される面倒くささとラブコメ好きの本能を天秤にかければ、どちらの皿が地面にめり込むかなんて、考えるまでもない。

 いつまで続くかわからないけれど、少女がカードを手に入れる過程で、想い人との間にどんな胸キュン展開が起こるのか。それを今日みたいななにげない会話の端々から感じ取っていくんだろうな。

 いやぁ、たとえ数日のことだとしても、楽しみで楽しみで心が躍る。

 僕は、TCGを目隠しにして他人の色恋をファーストクラスから眺めようとしているのだから、こんな自分はキモすぎて社会的にもダメなヤツだとは思う。

 でも、このオタクの血には抗えないし、邪まだけど、本音としてはこの選択肢しかありえない。

 先述のとおり、カードに対する彼女の興味が尽きるまでだからね。短い期間で済みそうだということもあり、恥ずかしながら僕という男は、キモータという名に恥じぬほどのキモオタでございます。

 自分の興味を優先させた結果、彼女のお願いを了承、引き受けたわけでございます。

 こんな奇跡的なwin-winの関係に若干の後ろめたさを感じつつも、ココに座ってもう一時間。


「さーて、」


 よし、と立ち上がった少女につられるように、僕も空になったコーヒーカップを備え付けのゴミ箱へと放る。


「それじゃ、今度の週末に、キモオタの家でいーよね」


「あ、うん。わかった。僕の――ん?」


 ほんの数センチの距離にあるゴミ箱。その口を大きく外し、落ちたコーヒーの紙コップが足元に転がる。


 ……ん?


「テキトーになんか持ってくけど、お菓子とかでイィっしょ?」


 最後に残したその言葉がやけに現実味を帯びていて、別の意味で胸がキュンとした。

 脳ミソは全くと言っていいほど回っていなかったが、とにかく背筋の凍るような、心臓を鷲掴みにされる種類のキュンだった。

 よくわからない、いや、理解しかねる先ほどの言葉の意味を反芻しながら、少しの間のあと、ちょっと待ってと僕はようやく現世へと戻ってきたが、……時すでに遅し。

 またねと、声は聞こえたような気がする。フリーズしていた僕が悪いんだけど、とっくに彼女は店内から出て行ってしまっていて。


「え?」


 ガラス越し、――道路を歩いていく彼女の背中を店内からただ茫然と見ながら、僕は自分のしでかした事の重大さに、今頃になって改めて気づかされた。


 ……今度の週末に、彼女が僕の部屋にやってくる?


 ふいにギリギリと頭に響く不協和音。キリキリと締め上げられる胃袋も、もはや原因はわかっている。

 僕の聖域に、他人が上がり込む。それがいかなる事か、まさに禁忌を恐れぬ愚者の所業か。

 まじでムリ。

 ほんとムリ。

 ぜったいにムリ。

 もう一度言うが、僕は平穏と自由を尊ぶタイプのオタクなのだ。

 他者のてんやわんやに付き合う器用さは持ち合わせてはいないし、なによりも、僕はオタクだぞ。自ら認めるキモオタだぞ。彼女を上げることになる部屋ってのが、まともじゃないのだ。ヤバいのだ。

 壁やら本棚やら、机の上やらが、まさに伏魔殿かルルイエか。耐性のないヒトが見れば、……多くは語らないけれど、頼むから察してくれ!

 私利私欲に走った結果がこれか。こうやって人間は破滅していくものなのだろう。 

 入り口脇のイートインで、バカなオタクが一人、頭を抱えての大後悔時代。

 そんなマヌケへと、トドメと言わんばかりに震えたスマホにはメッセージが。


『せめて掃除くらいはしときなよ』


 ひぇっ、と瞬時に固く目をつぶり、鞄へとスマホを放り込む。

 送り主が誰かだなんて、見た瞬間に恐怖で顔が引きつった。

 怖いなんてもんではない。いつのまに、彼女は僕のアドレスを手に入れたのだろうか。

 確かにさっきの会話の中で、貸してと言われて渡したけれど、ほんの数十秒ほどだ。いやはやその短時間でどうにかできるならマジックの一種だ。むしろ、友達にルパンか次郎吉あたりがいるのではと疑うほうが賢いまである。

 先回りというか、先手を打たれ続けているというか、まさにいいように手玉に取られている。

 あー、もう嫌だ。勘弁してくれギブアップ。

 もはや言葉なんか出てくるもんか。

 可能なら、一時間前に戻り頭っからやり直したい。こんなことになるのなら、その場でハッキリと断って、走って逃げ帰るに決まっているだろう。

 これは絶対に面倒なことになるパターンだ。この流れは経験上、非常に良くない。100%ろくでもないことが起きると断言できる。

 どうしよう。しくじった。やらかした。

 頭の中はそればっかりがぐるぐるぐるぐる。

 コンビニ前の駐車場に赤や黄色のライトが目立ち始め、出入りする人の変化からも、いよいよ夜遊びの時間だよ。健全な高校生はそろそろ帰路に就くべき時間。

 そう辺りの雰囲気が教えてくれはじめてはいたが、さきほどの文面がフラッシュバックし、もうしばらくの間この席から立ち上がることができそうにない。


 ……今度の週末に、彼女が僕の部屋にやってくる。


 さっきから無作為に流れては止まる、そんな新しいお客の来店を知らせる軽快なコンビニのメロディが、今日ばかりはどこか恨めしく聞こえた。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る