第13話 生徒会役員

 翌日、生徒会室は重苦しい空気に包まれていた。

 俺が肩身を狭くしながら、気配を消していると――


「新治君、そっちの書類あと四十部コピー取ってくれるかしら」


 と、霧が丘会長から指示を受けてしまう。


「かしこまりました!」


 俺はガタっと立ち上がり、敬礼をしてから、会長から受け取った資料を手に、コピー機へと向かって行く。


「新治! こっちの資料も部数足りないんだけど⁉」

「はいぃぃぃ! 今すぐ印刷します!」


 俺は、生徒会のメンバーにこき使われていた。


 あれっ、おかしいな?

 俺、副会長のはずなんだけど?


 会長に指示出しされるのはまあ分かる。

 けれど、もう一人のサイドテールに髪を結んだ女の子に指示を出されているのはおかしいと思うんだ。

 不満を覚えつつも、後ろで不機嫌そうな様子で腰に手を当て、足をカツカツを鳴らしている、生徒会書記兼部活動運営実行委員である森野李亜を見てしまえば、逆らうことなどできなかった。

 俺は言われた通り、不足分の部数をコピーし終えて、まとめた書類を森野へ手渡す。


「ほい、これ」

「はぁ……全くもう。副会長がこんなんじゃ、今後の生徒会が不安でしょうがないわ。会長もそう思いません?」

「えぇそうね。体育の授業で意識を失って、次の全校集会を欠席するか弱い生徒会副会長なんて、いるわけないものね」


 会長は、冷たい視線を俺に送ってくる。


「その節は、大変申し訳ありませんでした」


 俺は深々と頭を下げて、謝罪の言葉を口にすることしか出来なかった。

 昨日、体育の授業で上白根から食らった脳天ビンタのせいで、俺は全校集会の時、保健室で意識を失っていたのである。

 本来であれば、森野の代役としてトロフィー授与を行わなければならなかったのだが、現場は当時、相当慌てたらしく、大迷惑をかけてしまった。


「ほんと、仕事サボるとか信じないわよ。生徒会としてどうかと思うわ」

「いや、だからさっき説明したけど、体育の授業で意識を失って――」

「とか言ってますけど、どうします会長?」


 森野は俺の言い訳など聞く耳も持たず、会長へ意見を尋ねる。


「まあ、そのぐらいにしておきましょう森野さん。昨日は偶然が重なってしまっただけで、普段の新治君は、献身的に仕事をこなしてくれているし、私はこれ以上言及する必要ないと思うわ」

「まあ……会長がそう言うなら……」


 森野は納得が行ってない様子で、恨みがましい視線をこちらへ送ってくる。


「いや、その顔絶対に腑に落ちてないだろ……」

「言っておくけど、私はアンタが次期会長だなんて認めてないんだからね!」


 森野はまるで、宣戦布告ともとれる言葉を言い終えると、俺から資料を奪い取り、ぷぃっと踵を返してしまう。


 一か月後に行われる体育祭と文化祭のビッグイベント二つが終われば、今の生徒会も解散。

 後日、会長選挙が行われて、新生徒会が結成される。

 それまで、ラストスパートで大忙しの日々がこれから続いていく。


「新治君、森野さん。そろそろ部長会が始まる時間よ」


 ノートPCのキーボードで、カタカタと文字を入力しながら、会長が指摘してくる。

 時計を見れば、会議の時間まであと五分を切っていた。


「もう! 新治が遅いせいでギリギリになっちゃったじゃない! ほら、さっさと行くわよ。あと、そこの机にある資料は運んで」

「はいはい」

「はいは一回でいい!」

「はい……」


 ったく、森野の俺に対する高圧的な態度は相変わらずだな。

 俺が気づかれぬよう小さくため息を吐きつつ、机に置いてある資料を取ろうとした時だった。


「きゃっ⁉」


 森野が足をもつれさせてしまい、倒れそうになってしまう。


「危ないっ!」


 俺は咄嗟に手を差し出して、森野が転倒しそうになるのを防ごうとする。

 そして――




 むにゅり




 と柔らかい感触が、俺の手のひら全体に広がった。


「あっっ……」


 先ほどとは異なる、少々甘美な悲鳴が聞こえてくる。

 俺が慌てて森野の転倒を防ごうとしたことで、彼女の胸元を鷲掴みにしてしまったのだ。


「あっ、悪い……! 転ぶのを防ごうとしたら……」


 すぐさま手を離して謝罪の言葉を口にするものの、森野はブルブルブルと身体を震えさせる。


「新治ぅぅぅぅぅぅー!!!!」


 バチンッ!

 刹那、森野の平手打ちが炸裂した。


「なんでアンタはいつもいつも私の胸をピンポイントで掴んでくるわけ⁉ 狙ってるの? わざとなんでしょ?」

「いや、断じてそんなことはない!」

「うっさい、このおっぱい星人! 最・低!」


 かんかんに怒ってしまった森野は、そのままドスドスとした足取りで生徒会室を後にしてしまう。


「ったく……森野の奴、相変わらず容赦ねぇ」


 俺は涙目になりながら、叩かれた頬を押さえつつ、資料を手に持ち、森野の後を追うようにして会議室へと向かって行く。


「……私も、森野さんみたいにおっきくなれるかしら」


 生徒会を出ていく際、会長から聞いてはいけない独り言が漏れた気がするけど、気にしないようにしておこう。

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