17.『99』
第149話 マッピング
アターベリーを出たあとは快適な旅が続いた。道はよく整備されており、馬車が揺れすぎてつらいということもない。
また、南下するほどに食べものも美味しくなっていくように感じられた。南のほうが食材も豊かであるし、調理方法も工夫されている。
町並みもそれぞれ特徴がありながら、美しい景観を楽しむことができた。
南に下りきってからは、しばらくのあいだ海岸沿いの都市を移動して行った。
――次の拠点はティアニーという国らしい。ここに聖具はないのだが、リスキンドにとっては、ちょっとした思い入れがある場所らしくて……。
「以前、ティアニーに関する調査任務を国から言いつけられてさぁ。――成熟して安定した国外都市を詳しく分析して、自国の街づくりの参考にしたいということだった」
今日もリスキンドは馬車に同乗している。席順は以前と同じく、祐奈の向かい側がラング准将、その並びにリスキンド、こちら側の右隣にカルメリータという配置だった。
「重要なプロジェクトですね」
祐奈は感心してしまった。リスキンドはちょこちょこ『自分は平で下っ端だから』感を出すのだが、そういった特殊な任務に任命されたことがあるあたり、やはりただ者ではないような気がする。
「そうでもないよ。結局、派遣されたのは俺一人だったからね。あまり期待はされていないのだなと、自分なりに解釈したわけ。それでどういった事情で持ち上がった話なのかと探りを入れてみたらさ――有力貴族の一人に提言されたものの、指揮官がこの話に乗り気じゃなかったようなんだわ。でもあからさまに無視すると、面倒なことになりそうじゃん? だから形だけ叶えとくか、ていう。金はその貴族が出すわけだし、一人派遣するくらいなら、まぁいいか、って。――それで俺は旅行がてら、好きにやらせてもらうことにしたんだ」
やはりリスキンドは図太い性分だなと思う。好きにやらずに、スポンサーであるその貴族の希望を叶えるべく、努力してあげればいいのに。ちょっとその貴族さん、無視されすぎて可哀想じゃない?
「それで何をしたんですか?」
「――グルメマップの作成」
「え?」
「俺はね、人間に重要な要素って、家と飯だと思うわけ。ティアニーに行ってみたら、確かに都市計画は優れているなと思ったよ。町並みは綺麗だし、生活するのに便利な造り方をしてあった。なんていうか……先鋭的でユニークかと思えば、ちゃんと古いものも大事にしているんだよな。バランスが取れていて、楽しいなって」
「都市計画については、掘り下げて調べなかったのですか?」
どうしてグルメマップのほうにいっちゃったんだろう?
「だって俺、建築家じゃねぇし」
身も蓋もないことを言ってのけるものだ。
「でも報告書には冒頭で触れてはおいたよ。――『ティアニーは全体の調和を重視して、街づくりをしている』――その一文はつけておいたから、義理は果たした。もっと詳しく知りたいなら専門家を派遣すべきだし、素人の俺が調べたって分かりゃしないんだからさ。それでレポートの続きは、全部グルメ情報をぶち込んでやったんだ。小さな飯屋が多くて、どこもかしこも味が良かったから、それなりにまとめるのは一大事業だったね。ちゃんと縮尺も正確に地図を描いて、『ここの店のサンドイッチは、この具がおススメ』とか、『麺類はここで決まり! あとはトッピングのこれを足すべし』とか。その店が何にこだわっているのか? 値段は? 店内の雰囲気は? 接客は? ――項目をいくつか作って、俺は完璧なマップを作り上げた」
それって、依頼者である貴族様は、まるで求めていない情報だったのでは……?
「それでどうなりました?」
「帰ってからもう、死ぬほど怒られた。――旅行のガイドブック作成を頼んだんじゃねーぞ! って。知らねーよ、と思ったけど」
リスキンドはちっとも反省していない。普通なら上役から死ぬほど怒られたら、結構ズシンと落ち込むものだと思うのだが、『知らねーよ』で済ませてしまうあたり、メンタルが強すぎるなと思った。
――というか、ここまで個性豊かな部下を見事に操縦しているラング准将ってすごくないだろうか? それも恐怖で支配しているわけではなく、ちゃんとリスキンドの良いところを生かして、本領発揮させている感じがする。
たまにリスキンドが暴走した時は、手綱を締めて正しているし。
……ラング准将が上官っていいなぁ……そこから祐奈の思考が脱線していく。
もしも自分が直属の部下だったら、ちょっとしたやり取りでドキドキしてしまいそうだ。日誌の提出とか、簡単な事務連絡とかでも。
それで訓練中にちょっと怒られてみたい。『体力がなさすぎる。しっかり走り込みをしろ』とか。さらりと厳しめに言われたいなぁ……。
そういう関係性なら、厳しさ9:優しさ1の割合でいいな。そうなると、たまの『優しさ1』がめちゃくちゃありがたいだろうな。
――こちらが気を利かせてこっそりやったことでも、ラング准将はちゃんと気付いてくれて、『ありがとう、助かった』とか言ってくれそう。
そうしたらもう、こちらは真っ赤になって、気持ちが全部顔に出てしまいそうだ。好きが爆発してしまうかも。
そんなふうに独身のラング准将に淡い恋心を抱いていたら、ある日、彼の縁談がまとまったという噂話を聞いてしまう。お相手は家柄の良い、美しい令嬢だそうで……。
――いやもう、そんなんなったら、体育座りで、一人泣くしかないなぁ。つらすぎる。想像するだけで悲しいよ……。
祐奈が一文の得にもならない馬鹿げた妄想を繰り広げているあいだにも、馬車は滞りなく進んでいった。
まだメインストリートには出ていないのだが、飲食店が増えだしている。
「あれ? このあたりには店がなかったはずだけれど……。ていうか、ものすごく活気づいていないか?」
リスキンドが窓の外を眺め、戸惑った様子で呟きを漏らしている。それに通りを行く人の多くが何かの地図らしきものを持っていて、それを眺めながら町歩きをしているようなのだ。
するとラング准将が思わぬ事実を告げてきた。
「リスキンド。おそらくだが、海外遠征する者に対し、お前が作成したグルメマップが広く配られていると思うぞ」
「まじですか?」
「当時の上役はお前を叱り飛ばしたものの、マップの出来の良さに気付いたんじゃないか? そういえば俺も見たことがあるが、作成者がお前だったとは知らなかった」
「――ということは、ティアニーのグルメ街化が進んでいるのって、俺のおかげじゃない? だって数年前はここまでじゃなかったんだから。あのマップが人から人へと渡り、広く普及していったに違いない。近くまで来た人がさ――『ティアニーに寄り道すれば、美味いものが食える』と思って、どんどん立ち寄るようになって、それで活気づいていったんだよ、きっと」
「そうかもしれないな」
ラング准将も認めてくれたので、リスキンドは満足気な様子である。
そして祐奈はこっそりリスキンドに恐れをなしていた。
なんなのこの人……実はインフルエンサーなの? なんだかんだ各地で影響を与え過ぎじゃない? ――一番初めに立ち寄ったモレット大聖堂でも、体硬い族に夜の生活の件でプロ目線のアドバイスをして、めちゃくちゃ感謝されていたよね?
皆さんにアンケートを取ったら、『世界に影響を与えた人、百人』とかに選出されちゃうんじゃない? 諸国の王よりも票を獲得してしまう恐れがあるよ……。
「いやはや、たまげたなぁ。――よし、決めたぞ! 作成者の責務だ。グルメマップの更新をしておかねば」
「つまり?」
「食い歩きだ! ここで一旦解散し、自由時間としよう!」
指揮官でもないのに、リスキンドが仕切る形で、景気良くそうぶち上げた。
これにラング准将も特に反対しなかったため、ティアニー観光をする流れとなった。
***
リスキンドと可愛いワンコのルークは一緒に駆け出し、カルメリータは『それではここで』と告げて、足が攣ったような不格好なスキップをしながら、上機嫌で雑踏に消えていった。(※カルメリータはスキップが弱点なのだが、それをしたい気持ちだけは人一倍強いのだ)
――残されたのは祐奈とラング准将の二人きり。
彼が、
「では我々も行きましょうか」
と誘ってくれたので、祐奈はホッとしてしまった。
リスキンドやカルメリータと違って、祐奈の場合は一人歩きするのはなんだか心細いし、それに何よりも、ラング准将と一緒に過ごせるのは嬉しい。
祐奈は頑張ってそれを伝えてみることにした。
「ラング准将と過ごせて、嬉しいです」
照れてしまって、ものすごく小さな声になってしまったのだが、彼はそれを聞き、美しく柔らかな笑みを浮かべてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます