人が戦争で死ぬゲームでなにラブコメやろうとしてるんだよぉ!

 この世界は『ロマンスサーガ 花鳥風月』をなぞる世界である。

 前半は学園、後半は内戦。

 そして人がよく死ぬ。

 攻略対象でも容赦なく。

 ゲームなら何周かすればいいが、フィア・サンブラージュのように現代日本から原作主人公に転生してしまった人間からすると、悪い方にガチャSSRの世界であると言っていい。この世界に転生したいと思う人間はあまり居ないだろう。


 では、この世界に転生してしまった場合、どうすればいいのだろうか?


 フィアに転生した彼女は、三つの方針を考える。


「モウトク、それがこの三つの方針よ!」


「何 何 何 今現在夜明前 我吃驚 何君」


 一つ目。

 ステータスの底上げ。

 このゲームはステータスとスキルで各種判定を行う。

 たとえばイエローハートのキングは武力が一定以下の主人公では攻略できず、逆にフレンの婚約者であるグリーンクローバーのキングは智謀が一定以下だと攻略できない。


 まずはステータスを上げ、攻略の道筋を作ること。

 これがシミュレーションタイプの乙女ゲーの鉄則である。

 平成はノベルゲータイプの乙女ゲーが増えたため、ステータス管理の必要性は界隈全体だと下がったのだが、このゲームではまだまだ健在である。

 こと、武力が低すぎると、戦争で死ぬ可能性もある。

 死にたくないフィアからすれば、武力は優先的に上げたいところだ。


 二つ目。

 仲間集め。

 このゲームは前半で仲間に引き入れたキャラ、親友になったキャラ、恋人になったキャラが後半でも自陣営で戦ってくれる。

 仲間になってくれなくても、戦争で負けた時に見逃してくれたり、戦争時に「裏切ってこっちにつけ」と言ってくる特殊イベントが起きたりもする。


 となると、統率特化、武力特化、政務特化、智謀特化、魅力特化で五人くらい仲間を誘えていると心強くなってくる。

 統率特化が五人居れば五軍を扱えるし、政務特化が五人居れば拠点を五つ回せるので……と考えると、仲間が居れば居るほど嬉しい、となるわけである。


 フィアはレッドダイヤ所属から始め、レッドダイヤで仲間を集めつつ、アマーロが所属するブルークラブとも仲良くし、ブルークラブと仲の悪いグリーンクローバーのフレンらとは距離を取って……というプレイを想定していた。

 が。

 なんか劉が実質グリーンクローバーの所属みたいな感じになってきたので、グリーンクローバーとも仲良くしようとして、今ちょっとどっちつかずな感じになってしまい、だいたい上手く行っていない。


 人、これをガバプレイと言う。


 三つ目。

 強力な何かを確保する。

 聖女の杖、死亡回避アクセサリー、好感度上昇補正服、人間関係悪化リセットアイテム……この世界には、色んなアイテムがある。

 それを集めといたらどうにかなるだろう、という考えである。


 フィア・サンブラージュ、現在保有数0。

 理由1、『辺境に一人で行くの怖い。野良犬もこわい』。

 理由2、『守ってくれる仲間が集まらない』。

 理由3、『アイテム縛りプレイばっかしてたせいで入手場所半分以上忘れた』。


 これがフィア・サンブラージュの現実だった。

 頑張っている。

 頑張ってはいるのだが。

 なんだか、ところどころがちょっと足りていなかった。


 だばぁーっと涙を流して、フィアは劉に抱きつき、服をハンカチか何かと勘違いしているかのように、劉の服で涙を拭いている。

 唯一の同郷ゆえか、なんだか日々距離感がバグり始めていた。


 フィアの柔らかいところが所々に当たっているので、劉は気が気でない。


「うぅ……ごめんね……あたしゲームめちゃくちゃやり込んでたからさ……あんたにも後半戦で一人二人は武人キャラを護衛に付けられるかなみたいに思ってたんだけど……なんかこのままだと良くてノーマルエンドくらいかな? ってくらい上手く行ってなくて……なんか本当ピリッとしてなくて……」


「君我気遣 謝謝茄子 我君守 我頑張」


「と、いうわけでさ。明日キマイラ狩りに行かない?」


「何 何 何 何」


 と、いう話を口実にして。

 寂しがり屋のフィア・サンブラージュちゃんは、唯一無二の同郷の男と話す機会を作ったのだった。

 ゲーム攻略にかこつけて遊びに誘ったとも言う。


「日和奴居? 居無! 突撃 突撃 突撃 東京卍復讐軍団愛好家異世界支部! 我一人! 突撃! 鉄山靠」


「うわっ……ボスキマイラが一撃で死んだ! やるじゃん! かっこいいよー!」


「達成 達成 我小躍」


 どごぉん、と、巨大なキマイラが鉄山靠の一撃で倒れ、キマイラのドロップアイテムがころりと落ちる。


 ぱちぱちとフィアが手を叩いている。

 劉が力こぶを作って見せる。

 フィアについてきていたレッドダイヤの生徒も、劉が何か面白いことをすると聞いてついて来ていたフレンとルチェットも、ぱちぱちと手を叩いていた。


「うんうん、やっぱあんた強いわ、すっごく。ちょっと羨ましいわね。あたし武力上げても喧嘩が苦手だから全然発揮できなくて……」


「戦闘 我全任希望」


「そう言えばフレン・リットグレーの悪役令嬢化を防いであたしの仲間になってくれるようにして~? って話どうなった? やっぱ全然ダメっぽい? いやいや、もうちょっと危機感持ちなさいな。やはり『悪役令嬢』のなんたるかが分かってなかったようね乙女ゲーニュービー……女性向け作品では、本当は、『主人公に執着して意地悪してくる悪役のキャラ』ってのは、ライバルの女よりむしろ攻略対象のイケメンに任せた方がずっと美味しいってことに……! そもそも嫌われ者は女だけに任せておくのがもったいないのよ……! まあ男性向け作品だと『悪役は同性のライバルに任せておいて異性の攻略対象はできるだけ嫌われないようにする』ってのが多いらしいけどね。やっぱ乙女ゲーなら嫌がらせしてくる悪役は隠し攻略キャラのイケメンとして置いておくのがマスト……! 『俺を許すっていうのか、お前は……変人め』っていうセリフから一転攻勢大逆転、これまでの監禁や暴力が純愛に反転するところに味の味を出すの! わかる? つまりね、『悪役イケメン』こそが乙女ゲーの本道であり、『悪役令嬢』はむしろ邪道ジャンルの存在なのよ。居てほしい存在ってわけじゃあないの。フレン・リットグレーが悪役令嬢になってほしいとはあたしは思わない。となれば、むしろ本編開始前のこの時期に悪役令嬢化を防いで悪役令嬢四天王の一角を削っておきたい、ってわけ」


「急早口」


「フレンお嬢様、もしかしてこの人まあまあ狂人なんじゃないですか?」


「こらルチェット! ごめんなさいフィアさん、この子悪気はないの」


「へへ……あたし胸が痛えや」


 フィアの主張は劉には全然伝わらない。

 実は言葉が通じているフレン達にも伝わらない。

 フレン達に対してより、地球のオタクである劉の方がまだ通じているという最悪の状態である。


 この女、『相手に理解してもらうのを待つ』というタイプであり、『相手に理解してもらうために努力を尽くす』ということをあんましないタイプの女であった。

 顔と体の良さにつられていざ恋人として付き合うと、見えてなかった面倒臭さに男の側がかなり振り回されるタイプである。


「ま、いつも話を聞いてくれてるモウトクには感謝してるし、申し訳ないとも思ってるわ。でも、改める予定が無いから……ホントごめんね、これ本能なのよ! 今生のこの可愛い顔のスマイルに免じて、許してね? ほらほらウインクウインク、モウトクにしか見せないメスのスマイルだよ~?」


「我喜君許 君顔良 笑顔素敵 可愛栗毛揺揺 微笑最強……」


「やたっ」


「このノリで世の中渡ってきたと思うとまあまあ感心してしまいますよね、お嬢様」


「ルチェット!!!!」


「へへ……あたし胸が痛えや」


 フィアは手詰まり状態を打開するために、劉の戦闘力を利用した強大なボスエネミーの討伐をもくろみ、実行した。

 劉を生存させるためのレベル上げも兼ねての遠征である。

 結果としては、大成功。

 劉のルチェット貧乳拳(※鉄山靠のこと)はかなり強力なボスであるボスキマイラに対しても問題なくその力を発揮し、HPを強制的に尽き果てさせた。


 かくしてフィアは、この時点では倒せるはずのない高レベルボスを倒し、そのドロップアイテムをゲットするという、裏技じみたことを成し遂げたのであった。

 へっへっへ、と欲望丸出しの顔でフィアはドロップ品を確認。

 そしてがっくりと、肩を落とした。


「ぬぅ……男性用装備……それも攻略対象に渡しても好感度上がらないやつ……味方に付けて一回だけ死亡キャラロストを防ぐやつだ……あたしが持ってても意味ないしあたしが誰かにあげても意味ないやつ……モウトク! あげる。今日はありがと」


「謝謝茄子」


 不思議な模様が刻まれたペンダントを渡されて、劉は軽く礼をする。


 劉が先日フレン達にした礼は拱手きょうしゅ長揖ちょうゆう

 立場の低い人間が高貴な身分の人に対してする礼である。


 今劉がフィアにした礼は拱手きょうしゅ時揖じゆう

 仲の良い、対等の友達に対してする礼である。


 フィアも一応、下級貴族ではあるのだが。

 劉からはそう見られていない。

 実はちょっと舐められている。


「ちょ、もっと喜びなさいよ! 一応レアドロップなのよ!? きゃーフィア様お優しい、一生ついていきます! くらいの反応してよ! こんなのぴえんよ」


「何 何 何」


「Hey ぴえん」


 フィアが肘で劉を小突き、劉がすたこらさっさと逃げ、フィアが追いかける。

 そんな劉を見ていると、フレンはついつい笑ってしまうが、少しばかり不安になってしまう自分に気付いていた。


 劉はこの世界に居場所がない。

 けれど、誰かが面倒を見れば生きてはいける。

 あの学園の生徒は皆いいところの出だ。

 劉一人くらいなら余裕で面倒を見られるだろう。

 別に、フレンが面倒を見る必要はないのだ。

 フレンが責任感から、誰よりも先に彼の面倒を見ることを決めただけで。


 フィア・サンブラージュ。

 フレンも最近まで話したことがなかった一生徒。

 彼女が劉と特別仲が良いことは、誰が見ても明らかだ。

 彼女なら、劉を自分の屋敷に囲い込んで一生養うことだってできるだろう。


 そういうことを考えると、フレンはちょっと胸の奥がもやもやする。


 それは、自分だけになついていると思って可愛がっていた野良犬が、他の女の子になついているのを見た時の、小学生女子の感情のそれであった。


「騒音 騒音 騒音 貴方思以上健康也 一切合切凡庸 貴方不理解 嗚呼 良似合 可無不可無旋律 騒音 騒音 騒音 頭出来違問題無~」


「ジャンプの看板作品の劇場版歌ってる歌姫の出世曲じゃん……!」


 劉とフィアの会話に、フレンは入れない。

 二人が楽しげに話している時、フレンは加われない。

 彼と彼女が何を楽しく思っているのか、フレンにはそれさえ分からない。


 劉がフレンに言葉で何かを伝えたことなど、一度も無い。

 何も確認していないし、何も通じ合わせてなどいない。

 確証に足るものなど、何もないのだ。


 それは、寂しさに似た感情だったかもしれないし。

 独占欲に似た感情だったかもしれない。

 フレンはその時、思わずフィアと話している劉の服の裾を引いていた。


「リュー。どこにも行かないわよね?」


「御嬢様?」


「……あ。その、えっと……いつまでもうちに居ていいからね?」


「?」


 ここで、一つ。

 悪役令嬢が悪役令嬢たるゆえんとは何か、を知っておく必要がある。


 悪役令嬢とはつまり、性格が悪い主人公の敵である。

 では何をもって性格が悪いとするのだろうか。

 ざっくり言えば、悪役令嬢を悪役令嬢たらしめるものは、精神的に『余計なものがある』か『必要なものが足りてない』かのどちらかになるだろう。


 フレンは前者であり、余計なものがあるタイプ。

 彼女を悪役令嬢たらしめるものは『嫉妬心』。

 生まれつき、彼女は嫉妬深いのだ。

 たとえば原作では、婚約者を原作主人公に取られそうだと思っただけで、主人公と敵対する邪悪に成り果ててしまうほどに。


 今の段階でどんなに優しくても、どんなに寛容でも、フレンは相手のことを好きになればなるほど独占欲が強まり、嫉妬心が膨らんでいき、やがて自分で自分を制御できなくなり、悪役令嬢四天王の一角を占める女になってしまう。


 企画会議で、誰かが言ったのだ。

 『間違った恋、歪んだ愛、そういうのを敵側に置いて初めて、主人公達の恋や愛が綺麗だって実感できるんだぜ?』、と。

 悪役令嬢四天王は全員が、何かの形で『間違ったもの』をプレイヤーに提示するために用意されている。

 フレンの嫉妬も、その一つ。


 ただし、今のフレンにはストッパーが居るため、嫉妬に狂って悪の道に落ちてしまうという可能性は、かなり低く抑えられていた。

 今のところは、と限ればの話だが。


「お嬢様」


「なに、ルチェット、今大事な話を……」


「その気持ちには名前があります。『寝取られ』です」


「違うわよ!?!?!?!?!?!?!??!」


「ですが一つだけ言わせてください……寝てから言え」


「寝ないわよ! 私が公爵令嬢だっていつ忘れたの!?」


「妙な独占欲はやめましょうと言ってるんですよ」


「う……ご、ごめんなさい、リュー。ちょっとどうかしてたかも」


「今髪束赤 御嬢様言事理解不能 笑顔希望 御嬢様最強笑顔 我大好」


「ほらお嬢様。リューさんが鉄面皮なりに自分の顔を指で動かして、笑うように促してますよ。殿方にここまでさせてるんですから、笑ったらそうですか」


「え、えと、こ、こう?」


「おっ、いいですね。照れと赤ら顔がいい感じです」


「笑顔長者番付 優勝候補 強過驚愕 視線専有犯罪 我心臓爆発 心停止」


「もうっ」


 笑い合っている三人を横目に、フィアはボスキマイラの剥ぎ取りをしていた。

 爪や牙を剥ぎ取って装備にするのである。

 いい汗と血と泥にまみれながら、小動物的な可愛い顔で思案して、フィアは笑っているルチェットの横顔を見つめる。


「いいキャラしてるわよね、ルチェット・ロップシャイア。ほぼ全部ルートでフレン・リットグレーの悪役令嬢覚醒のために死んじゃうキャラだとは思えないなぁ。助けてあげたいと思うけど……」


 フィアは物騒なことを呟いた、が。


 『原作』という概念を部分的にでも知っている劉の髪は、今は赤く。


 言葉が通じるフレンらは、『原作』を知らず。


 その言葉の意味を理解して聞き取れたものは、この世界にはいなかった。

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