【後編】勇者が愛した女の子
「絶対、連れ戻す」
何度思い出しても腹立たしいあの光景を思い描き、俺はまた拳を握る。
「テオルドが想像以上に面食いで驚かされたわ」
人のこと完全に背景にしてくれちゃって、とミコトはケラケラと声を上げて笑う。
「感情的なテオルドを初めてみたわ!」
確かに、無我夢中になってしまってミコトの存在を無視してしまったのは自分が悪いと思っているが、この娘に見られてしまったことがのちのちの後悔につながるだろうと核心に至り、思わずため息をつく。
「ミコト……」
「彼女が噂のかつての恋人さんってわけね」
「かつてじゃない!」
俺はまだ、終わったと思っていない。
「しつこい男は嫌われるわよ」
もうこれ以上に笑わせないで、と容赦なく辛辣な一撃をくらわしてくるミコトに俺はぐっと大きなダメージを受ける。
「ただ事じゃないからね」
もはや魔物たちと戦ったあとよりもライフを消費したであろう俺を気遣ってか、ミコトがふふっと笑ったあとにフォローを入れてくる。
「彼女は今のこうしていろんなことが起こっているこの世界を今よりもずっと前に知っていると言っていたわ。わたしたちよりもずっと幼かった彼女は、この光景を目の当たりにしてどんな気持ちを味わっていたかだなんて、想像さえできやしない」
その声はどこまでも冷静で、いつもの茶化すような雰囲気は一切感じられなかった。
「街を出て、魔術師になるの道を選んでしまうくらいとてもとても恐ろしいものだったのでしょうね、きっと」
この声は、遠い夜空に消えていく。
「この手で守りたかった」
真面目で家族思いで、両親の跡を継ぐのだと必死で仕立て屋の仕事を手伝っていた優しい優しい女の子。
仕立て屋の扉を開くとアイリーンの笑顔が飛び込んできて、一日の疲れが吹き飛んだ。
日を重ねるごとにきれいになって、街の中ではどんどん注目を集めていくのに全く本人は気にすることもなく消極的で、いつも俺の背に隠れて震えていた女の子。
ずっとこの手で守っていこうと決めて強くなる努力をした。
「すべてはアイリーンのためだ」
強くなったのも、勇者になったのも、彼女を悩ませるこの世界を救おうと決めたのも。
「アイリーンのためでしかない」
「ちょっとちょっと、重く暑苦しい告白はご本人にお願いしますよ!!」
ご馳走様です!と、歯を見せるミコトはどこか楽しそうだ。
「この世界に選ばれし勇者と王宮の、しかもあんな麗しい王子様付きの術師との恋だなんて、これ以上に面白い展開はないわね。しかもただ守られているだけではなくって自ら強くなって戦っちゃうヒロインだなんて、素敵すぎて……というか、そもそも怪盗バロニスの正体が王子様ってどんな展開よ。ヘイデン殿下はわたしの推しだったんだけど、わたしの知っている彼の登場シーンにそんな物語にはなかったわよ。どういうことなの? マル秘ルートってこと? ああ、情報過多は混乱のもとよ。だ、だだだだだけど、生のヘイデン殿下にお目にかかれるなんて!! 透き通るような透明感とあの美しさは何? この世のものなの? あ、小説か。でも、本編で語られていない出来事まで目の当たりにできて、な、なんとも贅沢な……」
などとまたもわけのわからないことをひたすらいい続け、ひとりで納得するミコトの姿に俺は唖然とする。
「まぁいいわよ。これらの物語もいつかは語られるはずなのよね。完璧無敵の勇者、テオルド様の弱点がこんなところにあったなんて、ファンからしたら号泣もんよ!」
「……からかうなよ、ミコト」
ミコトのいた世界では、俺たちの住むこの世界の出来事も忠実な記述のもと残されているそうで、すべてが文字として複数の冊数に分けられて物語として綴られていたらしい。
それでも結末までは語られていなかったからわからない、と残念がっていたミコトだったが、それはそれで良かったと思っている。
未来は自分の手で作り上げていくものだと信じているからだ。先のことがすべてが知られていると思うと何とも落ち着かない。
「応援してるわ」
ミコトは笑う。
まるで太陽のように溌剌とした笑顔で。
「とっとと魔王をぶっ倒して、お姫様を助けにいきましょうね」
細い腕を構え、目を輝かせる彼女に、俺もつられて力強く頷いていた。
「頼りにしている」
もちろん、ひとりで魔王に立ち向かえるとは思っていない。
今はまだ、ミコトの助けが必要だ。
それでもいつか。
いつか必ずまた
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