第9話
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なのになかなか電話をする勇気が無く、『宿り木カフェ』に予約してオサムさんと何度か会話をして息抜きをしていた。
この頃出来なかった仕事の愚痴、友人達との悩み、そしてオサムさんから聞く異業種の仕事内容は非常に興味深かった。
「独身ってこの歳だときついよね」
話しながら私は思わず呟いた。
『いや僕40半ばなんですけどね、まだまだ若い君がそれを言う?』
「いやぁスタッフ希望欄に、40代独身男性、結婚願望薄い人なんて希望書いたけど、ここまで素晴らしく的確な人が来たとは」
『思い切りディスってるよね?』
「気のせい気のせい。
で、どうです?未だに結婚願望は?
急に願望が湧いたりしないもの?」
『いいや、どんどん無くなってるね』
「じゃぁ、SNSとか年賀状で結婚の写真とか子供の写真見てどう思う?」
『僕の人生に微塵も関係ないなと、もうこの歳になると思う』
「わぁ達観の域なんだ。
私なんて友人達の結婚式に出て、毎度わざわざ被らないように違う洋服買ってご祝儀包む度、この金額は将来回収できるのかな、って思うけど」
『安心して良い。
僕の歳になると、結婚式より葬式に出る方が増えていく。
必要なのは喪服だ、それもウエストが伸びるやつ』
「いや、そういう問題じゃ無いよ?!」
つっこんで笑いながらも、10年近く先になると、そういう世界になるものなのかと思った。
なんだか寂しさと切なさしかない。
結局、私は寂しくて切ない人生を今送っているのだろう。
本題から逃げるように色々と仕事などの話をしながら、オサムさんの仕事が半端なく忙しいということを知った。
なんというか、ファッション雑誌とかに出てくる税理士ってもっとキラキラしてて、アフターファイブとか満喫している感じだったからだ。
『どんだけ間違った情報仕入れてるの?』
「ファッション雑誌に出てた」
『そりゃそういう殿上人もいるだろうけど、ほとんどはただの自営業だよ。
公務員とはそれこそ正反対だろうな。
自分の頭というか身体が売り物の自営業だから、倒れたらそれでおしまいだ。
福利厚生も無いし、全てが自己責任の世界だよ』
「今の仕事も相当不満あるけど、それを聞くとやはり公務員というのは安定志向の人にはありがたいと思う」
『君の場合はそちらがあってるよ。
ようはリスクを取る場合、どちらがまだマシかって事だろうな』
「ほう?」
『組織にいればその組織のシステムに従わないといけないけど、失敗しても全体で基本カバーしてもらえる。
だけど自由業は全て自分で選択できる分、そのリターンもリスクも全て自分に返ってくる。
どちらのリスクの方が自分は耐えられるかってことだね』
「私、自営業なんて無理だ。
そんなの怖すぎる」
『こっちは勝手きままにやれる分、自分で食料を捕ってくるわけだ。
まぁそもそも集団行動が得意じゃないからこっちの方が楽』
「でも忙しいんでしょ?」
『そりゃ生活しなければいけないし、ある程度顧客の希望に答えようとすれば自然とね』
「そんなに忙しければデートする暇も無いね」
『小さい事務所に所属してやってるけど、土日祝、あまり関係ないなぁ。
他の人も似たようなものだからデートも大変だろうね』
「でもオサムさん、そんな状況下でもアイドルのコンサートは行くんだ」
『疲れてたら糖分が欲しくなるのは当然だろう?!』
「うん、落ち着こうね。
そういや握手会?みたいなのって行くの?」
『・・・・・・昨日行った』
「わぁ・・・・・・」
『ねぇそのマジでドン引いてる声やめて?
僕のガラスのハートが粉々になるからほんとやめて?』
もの凄く悲しそうな声が聞こえて、私はくすくすと笑った。
「そういうこと、同じ事務所の人は知ってるの?」
『もちろん』
「反応は?」
『またかって感じ』
「交際した人には?」
『あー、その時期はそういうのにははまってなかった』
「アイドルにはまったのって最近なんだ」
『根本的に君は勘違いしている。
彼女居ない歴が二桁になった僕に死角はない』
「ふ、二桁?え、十年って事?」
思わず驚いて声が裏返った。
『そうですが、何か?』
怒るかと思ったけれど、逆にさらっと返された。
言うのが慣れているのだろうか。
「い、いえいえ、私も似たようなもんだし」
『ちなみにそちらは何年?』
「約・・・・・・4年くらい?」
『なんか嘘くさいな』
「見栄を張りました、約6年くらい居ません」
『四捨五入すれば一緒だな』
「だから言いたくなかったのよ!」
この打てば響くような会話が心地いい。
こんな事だけじゃなくて、仕事場の人間関係や仕事との向き合い方、資格の勉強方法まで彼は親身に話し、相談に乗ってくれた。
交際もしていない異性と話すのがこんなにも楽しいだなんて、このカフェでオサムさんと話すまで知らなかった。
男友達がいるといい、なんて他の女性が良く言う意味を心底実感した。
「思うんだけど」
『うん?』
「ここまで会話してて、とてもオサムさんが結婚できない人だとは思えないんだよね」
『でも出来てないから。現実的に』
「何か行動してないの?
お見合いとか、婚活パーティーとか」
『昔はしたこともあるけど、もうここ数年何もしてないね』
「それではなかなか結婚できないのでは?」
『いや、もう出来ないから一人で生きていく生活設計に変更した』
「早くない?!」
『何言ってんの。
どんどん少子高齢化に拍車掛がかるんだよ?
自分達の老後なんて自力でなんとかしなきゃいけない訳で、そう思うなら早く行動しておくのは当然だろ?』
そう言われて、私が彩に老後の計画について話したことを思いだした。
今まさに反対になっている。
人様にはそういって、自分にはやはり甘いのかも知れない。
というか現実問題として口先だけで認識していなかったとも思えた。
『そういえば、結局例の友達に連絡したの?』
「あ、いや・・・・・・」
『話しにくい気持ちはわかるけどさ、だいぶ経ってるよね、あれから。
先延ばしにするほど言いにくくなると思うけど』
「うん、それは・・・・・・わかってる」
ちょうど時間も来て、オサムさんに、今度は報告してくれよと、ようは連絡するように後押しをされた。
通話を終えて時計を見れば10時前。
私は思いきって彩の携帯にかけてみた。
出ない。
この時間なら仕事やお風呂の可能性だってある。
私は、今度電話がしたいとメールを送った。
返信が来たのは3日後だった。
今まで遅くとも翌日には返信が来ていたのに、こんなに遅くなった理由を心配した。
もしかしたら仕事でトラブルが起きているのか、体調を崩しているのか。
妊娠しているのだからかなり辛いのかも知れない。
私はとても心配で仕方がなかった。
彩と電話が出来たのは週末だった。
それも何故か曜日と時間を指定されそれを疑問には思ったが、私はようやく電話ができる事に一安心していた。
こちらからかけて簡単な挨拶をすると、
「彩、大丈夫?
もしかして仕事がかなりハードなの?
妊娠してるんだし体調が悪いとか?」
『あ、いや・・・・・・』
彩から言われた時間に電話をしたのに、何故か彩はなんだか落ち着かない感じだった。
「今、家だよね?」
『うん・・・・・』
「どうしたの?なんか変だけど」
何か電話の向こうから、ごそごそ動いているような音が聞こえる。
何だろう、ベッドで寝ながら電話しているのだろうか。
『え?そう?』
「うん。今ほんとに大丈夫なの?」
『あ、いや、実は彼が来てて』
「え?」
電話の向こうから、ちょっと待って!、という小さな彩の声が聞こえた。
おそらくマイクのところを手で覆って、彼に声をかけているのだろう。
そして突然、聞いたことのない彩の高い声が聞こえた。
あぁ、そうか。
「ごめん、邪魔したわ、切るね」
『あ』
私は一方的に通話を切った。
考えられない。
私と電話してるのをわかっているのに、彩の彼氏は、彩にいかがわしいことをしていた訳だ、親友と話しているというのに。
きっと彩だって困っていただろう。
これでやっとお祝いを言えると思った。
なかなか連絡出来なくて本当に心配していた。
でも、実際電話してみればこんな結果。
そんな事をすれば、自分の彼女の親友からどう思われるかなんかより、自分の性欲を優先するような男を選んだ彩にも苛立った。
いや、そもそもその男は私にどう思われるかなんて考えて無い、むしろ、私との縁を切らせたかったのでは無いだろうか。
今度は彩がどうしようもない男に捕まってしまったのではと、酷く心配になった。
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