火の妖精の愛し子と旅人の青年 6

「ああ、いい歌が作れそう」


今、不思議な言葉を聞いた気がする。


「歌?」

「あっ、失礼しました」

『どういうことだ?』

「失礼しました。そういえばまだ名乗っていませんでしたね」


それはグローリアも同じだ。


「リトと申します。吟遊詩人です」

「吟遊、詩人さん……」

『ほぅ、吟遊詩人か』


火の妖精が興味を持ったようだ。


『どうせなら一曲聞かせてもらおうか』

「ちょっ……!」


慌てたグローリアはうまく制止の言葉が紡げなかった。

リトはにっこりと微笑わらう。


「妖精の前で一曲奏でさせていただけるとは身に余る僥倖ぎょうこうです」

「ま、待って」


ようやく制止の声が上げられた。


「どうしましたか?」

『どうした?』


二人揃って首を傾げるが「どうした?」ではない。


「私、今そんなに手持ちないわ」


吟遊詩人ということは、その歌で生活しているのだ。タダで聞かせてもらうわけにはいかない。

なのに二人は揃ってきょとんとしている。

何も間違っていないはずなのに間違っている気になる。

えっ、間違ってないよね?

リトが安心させるように微笑む。


「御代はいりませんよ」

「えっ、でも、」

「妖精に聴いてもらえるなんて名誉なことですからね」

『そういうことだ』


何故か火の妖精が胸を張る。


「ただ楽しんでいただけたら嬉しいですよ」


リトも安心させるように微笑わらって言う。


『楽しめ。それがその者への最大の賛辞だ』


火の妖精にまで言われ、グローリアは躊躇ためらいがちに頷く。

リトは笑みを深めた。

彼は背負っていた荷物の中から楽器を取り出した。それは、竪琴だった。


「どうぞお楽しみください」


ぽろろんと鳴らして音を確かめて一礼する。

そして、紡がれた音楽に圧倒され、引き込まれる。



彼が紡いでみせたのは、妖精に愛された少女の話。



最後の一音が空気に溶けて消えてもなおグローリアは動けなかった。


『ほぅ、見事なものだな』


感嘆の響きを乗せた声だった。珍しい。

その声でグローリアは我に返った。

ぐっと引き込まれていた。

慌てて拍手する。

リトがにっこり微笑わらって一礼した。


『見事なものだった。竪琴も歌声も。詩もいいな』

「お褒めにあずかり光栄です」


リトの視線がグローリアに向く。

「どうでしたか? お楽しみいただけましたか?」

「凄かったです! 思わず引き込まれて聞きってしまいました!」


その勢いに驚いたようだったリトだったが、すぐに嬉しそうに破顔した。

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