第6話 ロイヤルミルクティーを添えて

「道隆でいいよ、とりあえず長話になるだろうから何か飲み物の要望とかある?」

「じゃあ、そのミチタカ様……紅茶などはありまして?」

「ある程度揃ってるけど、何が飲みたいの?」

「なら、ロイヤルミルクティーがいいですわ」

「……わかった、あんまり作ったことないから怒んないでね」


 ロイヤルミルクティーって茶葉を牛乳で煮出す奴じゃねえか。

 あれ作るの普通のミルクティーよりめんどくさいのに……しかたない。

 異世界どころか見知らぬ男の部屋にいたなんて思ったら彼女自身心細いんだろう。


「それは貴方の腕前次第ですわ、もし不味かったら捨ててやりますからね」


 両腕を汲みながら彼女はふんと鼻を鳴らす。

 腹立つ言い方だなぁ、流石悪役令嬢。悪役らしく可愛げがない。


「そっか、じゃあ待っててね」

「ちょ、ちょっと、ちょっとちょっと!! お待ちなさい!! ミチタカ!!」

「ん? 何、今から作るんだけど」


 マリアンヌは俺のパーカーを掴む。

 急になんだよ、危ないなあ。

 俺は唐突の彼女の反応に内心驚きつつも、振り返る。


「普通レディであるこの私を案内するべきじゃなくって!? しかも何を勝手に私を置いて去ろうとしているのですか!!」

「だって喉渇いて後で文句言われるのも嫌だし」

「普通!! この状況で私のような人間を一人にするという鬼畜生の行動をするのですかと説いているんです!!」


 胸倉を掴んで俺の首をぶんぶん揺らすという苦行をさせるマリアンヌに少し苛立った。さっきから何が言いたいんだこの子。

 ただ飲み物持って来るって言ってるだけじゃんか。


「どこが鬼なのさ、君を餓死させるほど俺人情ないわけじゃないよ。ただ待っててって言ってるだけじゃないのさ」

「……っ、そ、それは」


 マリアンヌはさっきまで怒鳴りながらも、目尻には涙がわずかに溜まっていた。

 女の子は繊細なのよ、なんて言ってた母さんの言葉を思い出す。

 マリアンヌは俺のシャツから手を離す。

 不安そうに息を漏らす彼女に素直に自分の気持ちを言うことにした。


「大丈夫、俺君みたいな高飛車そうな子襲わないし、むしろ苦手だからだこっちからお断り」

「な、なんですって!?」

「それじゃ不満?」

「…………もう、勝手になさいっ」


 母さんが言うには、こういう時に異性の自分が相手に好みじゃないと一歩線を引いておくことが相手の恐怖心を下げることもあるらしい。

 なんとなくマリアンヌの態度が一時期かなり流行ったツンデレとかってタイプの近い反応に違和感を覚える……いや、本当この態度はツンデレ? 知らんけど。

 後でファンブックとかにそういう情報が出ているなら、猶更早めに入手しないと。とりあえず、いつまでも彼女を俺の部屋にいさせるのは居心地が悪く感じても来たので、顎で彼女に質問する。


「じゃあどうせだし一緒に一階おいでよ。ここよりは下の方が明るいし」

「……っ、ま、まあ? 貴方がそんなにおっしゃるんでしたら別に一緒に行ってあげてもいいですけれど」

「そっか、来ないなら持って来るから待っててよ」

「い、行かないとは言ってないでしょう!?」

「あっそ、ならはやく行こうよ」

「あっそ!? あっそとはなんです!! あっそとは!!」


 スマホをポケットにあるのを確認してから彼女と一緒に自室を出た。

 俺は一階のキッチンにて母さんが愛用しているアールグレイの茶葉を準備する。

 手鍋に水を入れて沸騰させてから、茶葉を入れたティースプーンでいっぱい入れてから火を止める。フタをして2、3分蒸らした後、牛乳を加えて軽く混ぜる。

 ある程度全体が温まるまで弱火にかけたら完成だ。

 ……というのは、全部ここまではスマホで調べたネットのソースである。

 大体の手順とかは載ってるし、まあロイヤルミルクティーに使う茶葉なら母さんにラインで、「アールグレイがいいかもぉ」って返事が来ていたのでおそらく合っているはず。


「……はい、どうぞ」


 客人用の細工が細かいティーカップとティーポットをテーブルに置く。

 ティーポットを片手に持って右手に持ったカップに注いでいく。達人のようにかなり上から注ぐなんて真似はせず、さっと入れた。

 彼女はカップの取っ手に触れて、カップに注がれた紅茶を一口嗜む。


「……中々のお手前ですわね」


 マリアンヌは目を伏せながら感想を口にする。

 お、意外とうまくいったみたいだな。

 俺は自分用に入れて置いたコーヒーをテーブルに置いてから席に座る。


「……それで、どうして私がこの異世界にいるのです?」

「それは女神様が直接口にしなかったかもしれないけど、君がこの世界に来る前にどういう状況だったのか、覚えてる?」

「……それが、よく覚えていないのです。ところどころの記憶は欠落していますわ」


 コトリ、と彼女はカップをソーサーの上に置いた。

 つまり、マリアンヌはウィリアム王子に殺されたのは覚えてないってことか。

 そういうことなら、俺としてもやりやすい。


「じゃあ、君が通っていた学校とか、世界とか国の名称とかは覚えてる?」

「ええ、聖ロイヤルブルーム学園です。私たちが暮らしていた世界の名は、シャンドフルール……私たちが住んでいた国は王都アオローラで間違いありませんわ」

「うん、そこら辺は合ってるね。よかったよ、君が偽物じゃないようで」


 うん、彼女が嘘を言っている様子はない。

 世界観の設定の知識も俺の記憶と一致している。


「……まるで、私の世界を知っているかの口ぶりですわね」

「だって、君の世界はこの世界にとってゲームの中の話だからね」


 俺は一口コーヒーを飲むと、彼女はテーブルに手を突きながら席を立ちあがる。


「ゲーム……? ですって?」

「そうだよ、ちなみにこれがそう」


 さっきついでに持ってきていたサイブルのケースを彼女に見せる。

 彼女の目がより驚きに映る。


「……なんなのです? この絵が描かれた薄い箱は」

「君の大っ嫌いな異世界人の唄子って子が主人公の乙女ゲーム」

「か、貸しなさい!!」

「まだ説明は終わってないよ」


 彼女が乱暴にケースを奪おうとするので手が届かないように上に掲げる。


「貸しなさい!! 貸しなさいったら!!」

「じゃあ、このケースを壊さないと誓える?」

「誓います! 誓いますから渡しなさい!!」

「……約束だからね、はい」


 俺はケースを彼女に渡すと、彼女はじっと表面のケースイラストを凝視する。

 彼女にはゲームのタイトルはわからないだろうけど、なんで自分が嫌っているはずの女が映っている絵が描かれたものがあるなんて、想像したくもないよな。

 マリアンヌにとっては。


「その、乙女ゲーム……というのは?」

「一人の主役の女の子が、特定の異性の男子たちと恋愛するゲーム」

「この字は何と読むんですの」

「七彩のブルームハート」

「ややこしい名前ですのね……どうして、あの女が目の前に描かれているんですの?」

「彼女がそのゲームの主役だから」

「…………っ」


 ぎゅっとマリアンヌはゲームケースを強く握る。

 そりゃそうだよな、マリアンヌは間違いなくウィリアムに惚れていたんだから。

 好きな人が他の女と結ばれるゲームなんて聞かされたら、冷静になれないだろう。


「君には悪いけど、元の世界に帰るためには彼女が主役となってるこのゲームで、君も好きな王子や彼女のとりまきだった男子たちを恋愛的に攻略してもらわないといけないんだ」

「なぜ私がそんなことをしないといけないのです!? 理由がありませんわ!!」


 どうしよう、このままだと彼女がゲームを全部攻略できないだろうし。


「まず、このゲームでの一定の男子を恋愛的に攻略出来たら最後にウィリアム王子が出てくるよ。なんで王子が彼女を好きになったのか理由がわかるかも」

『道隆様、ネタバレは……!』


 頭に唐突に女神様の声が聞こえてくる。

 ドキッと心臓が鳴ったのを感じつつ、冷静に考えるために俺はコーヒーを口にした。瞬時に俺は心の中で彼女に返答を返す。


『彼女にやる気になってもらうためには、多少のネタバレはしないと無理でしょう? それとも、彼女にいやいやさせて逆にゲームをプレイを途中放棄されたら、俺としてはたまったものじゃないです』

『……わかりました、そういうことでしたら』


 スゥーっと、女神の声が頭の中から消えていった。

 よし、女神様も黙らせた。唐突に俺の話しかけてくる時もあるのか。

 ちょっとドキッとしたけど、マリアンヌの前では冷静でいないと。

 俺が紅茶を口に入れて少しの間をおいてから、マリアンヌはキッと睨んでくる。


「……だから、なんなのです?」

「君はこのゲームをプレイしたら元の世界で戻れるし、王子と出会った最初の頃からやり直せるって女神様も言ってたよ。つまり君次第ってわけ、俺は君の恋路を手助けする恋のキューピット的立ち位置らしいね」


 俺は再度コーヒーを口にする。

 嘘だ。これは彼女がやる気を出させるためにも必要最低限な彼女の利益がない限り、彼女だってゲームをプレイする確率なんてゼロに等しい。

 ……女神様が俺に説明任せたの、これが理由だったのかもな。

 自分の世界の住人に下手な嘘はつけない、現実世界の俺なら多少の嘘を言って無理やり承諾させられる……大人、いや神様って怖いなぁ。


「ほ、本当に……? それは、本当なんですの?」

「君の努力次第だよ、君がやらなきゃ何も始まらないし。それにもしゲームをクリアできなかったら君は元の世界に帰れないのは確定らしい」

「そ、そんな……!! それでは、ウィリアム王子とは、もう二度と……っ」

「うん、会えないね」

「……貴方が言った、そのおとめげーむ、をクリアすればいいのですね?」


 マリアンヌは真剣な表情で俺の目を射抜く。

 それは、覚悟が決まった顔って奴だった。


「そう、君は元の世界に帰りたい。俺は君が元の世界に帰ってくれたらいつも通りの日常に戻れる……利害は一致してるよね?」

「……確かに、そのようですわね」

「じゃあ、大っ嫌いな女が主役のゲーム、プレイする気になった?」


 マリアンヌは手に取ったゲームケースを見て、決心した顔を俺に向ける。


「それで、元の世界に戻った時に王子と結ばれるなら、何も問題はありませんわ! はやくその、ぷれい? を、させなさい! ミチタカ!!」


 ……お風呂に入らせようと思ったけど、先にゲームをプレイしたいって熱の方があるみたいだな。道隆はマリアンヌの機嫌を害さないよう静かにカップをソーサーの上に置いた。


「じゃあ、とりあえず一回休憩しようよ。俺も唐突なことだから、少し落ち着きたいんだ」

「……わ、わかりましたわ。では、後数分してからゲームをぷれいさせなさい」

「うん、わかったよ。とりあえず、一旦休憩してからね」

「そ、そうですわね」


 そうして、彼女になんとか理由を取り繕ってゲームをプレイさせる準備を整えることができた。後は、ゲーム機の細かい説明とか色々しなくちゃだから、猶更コーヒーの苦みが俺の舌に刺さった。

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