第27話 誰かがユーリに会いに来た。
ユーリとクロードがヴァイスの使役獣登録を済ませ、帰ろうとしたところ、こちらに向かってくる一団があった。
執事服を着た中年の男に、四人の騎士が従う五人組だ。
ユーリが目当てのようで、真っ直ぐに歩んでくる。
そして、ユーリの前まで来ると、執事が話しかけた。
「ユーリ・シルヴェウス嬢ですな?」
その言葉に、クロードが威圧するように前に出るが、ユーリが手で制する。
「クロードは下がってて」
厄介ごとの匂いに、ユーリは笑みを隠しきれない。
「うん、そうだよ。それで、私になんか用?」
「私はロブリタ侯爵の使いの者です。ご同行、願いたい」
一瞬、思考を巡らせ、その名を思い出す。
幼女趣味の中年男。
父であるシルヴェウス伯爵が金目当てにユーリの嫁ぎ先として選んだ相手だ。
そのうち挨拶に行こうと思っていたが、冒険者生活が楽しすぎてすっかり忘れていた。
だが、向こうからやって来てくれるとは、幸いなこと。
この機会に、片づけようと判断し、口元を歪める。
「やだ」
「なんですと?」
「やだよ」
執事はこめかみをひくつかせながら、胸元から書類を取り出す。
「婚約証書があります。ユーリ嬢と侯爵の婚姻は王家の承認を得ておりますぞ」
貴族の婚姻・離縁は好き勝手にはできない。
王家に届け出て、承認を得る必要がある。
ユーリは自ら離縁だといって、実家を飛び出したが、それは正式に認められたものではない。
戸籍上はまだ、シルヴェウス伯爵換家の人間だ。
そして、ロブリタ侯爵家に嫁がねばならない。
「ふ~ん、で?」
貴族ならば王命には絶対に逆らうことはできない。
だが、ユーリにとっては知ったことではない。
王家がごちゃごちゃ言ってきたら、まとめて叩き潰す――その程度の些末なことだ。
ユーリをただの幼い貴族令嬢と思い込んでいる執事としては、ユーリの振る舞いは、ただのワガママな子どもにしか見えない。
苛立ちを抑えた低い声でユーリに告げる。
「このままではシルヴェウス伯爵家、あなたのお父様にとってよろしくないことになりますぞ」
「べつにいいよ。もう、縁を切ったし。用事はそれだけ? だったら、もう帰るけど」
ユーリの挑発に、執事の後ろに控えている騎士の鎧がカシャリと音を立てる。
クロードは見逃さず、前に出る。
「ユーリ様にこれ以上の失礼は許さん」
「A級冒険者のクロード殿ですな。これは当家と伯爵家の問題。立ち入らないでもらいたい」
一歩踏み出そうとしたクロードにユーリが小声で伝える。
「こんな面白いイベントに手出しするな」
その声でクロードは動きを止める。
それを勘違いした執事がユーリに告げる。
「これ以上ごねるようでしたら、我らもしかるべき手段に出ざるをえません。どうか、ご同行を」
一触即発の雰囲気だ。
場は静まり、成り行きを見守っていた冒険者たちのささやきが聞こえる。
「おい、どうなるんだよ、コレ」
「クロードさん、ぶち切れそうだぞ」
「やっぱり、ユーリちゃんは貴族だったんだな」
「それより、なんでユーリちゃん、あんなに落ち着いてるんだよ」
「ギルマスはなにしてんだよ?」
「さっき、帰っちゃったぞ」
「ああ、これ、大丈夫か?」
そんな中、のん気な者がギルドに入ってきた。
「なになに、なんかあったの?」
アデリーナだった。
事情を知っている彼女は、すぐに現状を把握した。
「あっ、ユーリちゃんだ。また、面白いこと?」
「アデリーナは関係ないから、引っ込んでて」
だが、アデリーナの好奇心も、こんな珍しい出来事は放っておけない。
今にも剣を抜きそうな騎士たちを見て、口を挟む。
「あ~、これ以上の揉め事は止めといた方がいいよ」
彼女の忠告を執事は鼻で笑う。
「ふんっ。ロブリタ侯爵家を舐めないでもらいたい。これくらい、どうとでも揉み消せる」
「あ~あ、忠告したからね。もう、知らないよ」
執事は勘違いしていた。
揉め事を起こしたら、ギルドと対立することになる――そう忠告されたと。
だが、アデリーナの真意は――ユーリを怒らせない方がいいよ、ということだった。
だが、その思いは執事に届かなかった。
騎士たちに命ずる。
「ユーリ嬢を取り押さえろ」
騎士たちが殺気を放つ。
それに合わせて、ユーリも態度を切り替える。
「最初からそうしろよ。遊んでやるから、とっととかかってこい」
騎士たちが剣を抜く。
令嬢に対してはやりすぎな行為だったが、ユーリの態度に彼らも腹が立っていたのだ。
そして、剣を抜いた瞬間、戦いが始まり――終わった。
「なんだ、
クロードとアデリーナの二人を除いて、この場にいた誰もが、なにが起こったのか、理解できなかった。
気がついたときには、四人の騎士は倒れていた。
ユーリはその場から一歩も動いていない。
「なっ!? なにがっ!?」
ユーリが高速で動いて、四人をぶん殴って気絶させ、元の場に戻った――それだけだ。
「よし、遊びに行くぞ。案内せよ」
「よろしいのですか?」
「ふむ?」
クロードの問いは「殺さなくてよろしいのですか?」という意味だ。
冷酷皇帝であれば、彼らはすでに死んでいた。
一度刃向かった相手に手心を加えれば、後に禍根を残す。
剣を向けた相手は必ず殺さねば、生き残れなかった――それがユリウス帝が歩んだ血塗られた道だった。
ゆえに、クロードは疑問に感じた。
「そういえば、そうであったな……」
クロードに問われて、驚いたのは当の本人であった。
無意識にだが、ユーリには最初から彼らを殺す気がなかった。
その理由は――。
「この身体の持ち主が、殺しに忌避感を抱いてるようだな」
ユーリの意識は、身体の持ち主――元のユーリの影響を受けていた。彼女が思うより、強いかたちで。
「この程度の輩、どうということはない。面倒ごとは
「御意」
「なら、私も手伝うよ」
アデリーナも手助けを願い出た。
「好きにせよ」
二人は執事と騎士を捕縛し、ギルド職員に処置を委ねる。
冒険者ギルドは各国にまたがる組織で、どこかの国の支配下にあるわけではない。
いくら、侯爵家の使いとはいえ、ギルド内での抜剣は不問にはできない。
後で揉めるかも知れないが、現時点で彼らの身柄を確保したところでなんの問題はない。
「それが終わったら、乗り込むぞ」
こうして、ユーリはロブリタ侯爵家に殴り込むことになった。
◇◆◇◆◇◆◇
次回――『ロブリタ侯爵家に殴り込む。』
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