第25話 街民はヴァイスに驚く。

「うわあぁ」

「なんだ、あれっ!」

「モンスターかっ!?」


 街の門近くにいた人々が、遠くから砂埃を巻き上げ、ドドドドッと迫り来る巨大ななにかに驚きの声を上がる。


 なにかは徐々に速度を落としていき、砂煙が収まる。

 砂の幕の向こうにいたのは、ヴァイスにまたがるユーリだった。


「ユーリちゃん、大丈夫かっ?」


 馴染みに門番が彼女を見上げ、心配そうに声をかける。

 皆に見守られる中、彼女はヴァイスの高い背中から身軽にピョンと飛び降りた。

 その洗練された動きに観衆から「おおおっ」と声が上がる。

 見た目の美しさもあるが、その所作のひとつひとつに無駄がなく、どうしても目を引きつける魅力があった。

 視線を集めるのは慣れている。まったく気負うことなく門番に尋ねる。


「あっ、門番さん、お疲れ様ですっ。私の使役獣だから、この子は平気だよ」

「えっ、そっ、そうか……」


 門番を含め、そこにいた人々は言葉を失う。

 ユーリが街を出るようになってから、皆、驚かされっぱなしだ。


 カゴに収まらないほどの薬草を集め。

 新人冒険者たちを舎弟のように従え。

 両手いっぱいの魔石を見せびらかす。


 だから、多少のことでは驚かないようになっていたが、今回のはスケールが違いすぎた。

 ヴァイスとユーリ。

 信じられない組み合わせに呆然としてるところに――。


 また、もの凄い勢いでなにかが駆け寄ってくる。

 今度は、それほど大きくない。

 背の高い大人サイズだ。


 ――クロードだ。


 なんとか、着いてこられたクロードは、ユーリのそばで息を荒げる。

 息も絶え絶えで、このまま大の字に寝っ転がりたいところだが、ユーリの前で無様な格好は見せられない。

 鍛え抜かれた精神力で、グッと我慢する。


なまってなかったみたいだね。はいっ、これ飲みなよ」

「ありがとう……ございます」


 クロードの目に映るのは、満足げなユーリの笑顔。

 なんとか、合格点はとれたようだ。

 水筒を受け渡された彼は、礼の言葉を述べてから、冷えた果実水を一気に呷る。


 衆人の目は二人のやり取りに釘付けだ。

 まるで、芝居の一幕に見入るように、静かな観客になっていた。


 その空気をユーリが破る。


「門番さん、この子は街に入れる?」

「……あっ、ああ」


 呼びかけられた門番は、意識を現実に戻し、自らの職務を思い出した。


「入るのは問題ない。本来なら、いくつか質問するところだが、クロードさんが一緒だから、その必要もないよ」

「やっぱ、クロードは便利だね」

「Aランク冒険者ってのは、それだけの信頼があるんだ。ちゃんとねぎらってあげるんだよ」

「うん。いつも愛情たっぷりあげてるもん。ねえ、お兄ちゃん!」

「…………」


 なにか言い返したいところだが、まだ呼吸が整っていないので、クロードは黙るしかなかった。

 そんな彼に様々な感情のこもった視線が突き刺さる。

 小声だったが、「しね」「爆発しろ」「もげろ」という棘も含まれていた。


「じゃあ、いこっか、お兄ちゃん」

「ギルドで手続きしたりなんたりしなきゃいけないんだが、クロードさんは知っているかい?」


 クロードはコクリと頷く。


「じゃあ、行っていいよ。あまり、人を驚かせないようにね」

「うん」


 門番に別れを告げ、二人と一頭は街に入る。

 大通りを進んで行くが、やはり、ヴァイスの巨体はよく目立つ。

 驚き、振り返り、目を見開く。

 そして、クロードの姿を見て安心する。

 落ち着いてよく見れば、ユーリの姿にも心が顔が緩む。

 緊張はどこかへ消え、人々は自然と道を譲ってくれた。


 やがて、ユーリたちは冒険者ギルドにたどり着く――。


「では、係の者を呼んでまいります」


 ユーリとヴァイスを残し、クロードは建物に入る。

 それを待っている間、興味を持った冒険者たちがユーリに話しかける。


 この街に来た当初は腫れ物のように扱われていたが、彼女の笑顔はあっという間に冒険者たちの心を鷲づかみにした。

 絡んでくる者はおらず、こうやって軽口を叩かれるようになったのだ。


 ヴァイスだけだったら、恐れて近寄ろうとしないが、ユーリと彼女に懐いているヴァイスの様子を見て、尋ねてくる女性冒険者がいた。


「それ、ユーリちゃんの使役獣?」


 使役獣はそこまで珍しいものではない。

 ユーリもこの街に来てから、何体か見かけた。


 ただ、それにしても、ヴァイスは桁違いだ。

 もし、暴れでもしたら、高位冒険者でも押さえつけられるか分からない。

 それを手なずけているユーリは一体……。

 ただの幼女ではなく、クロードが一目置くだけの存在だと知れ渡っているが、ここにいる者たちはその思いをよりいっそう強めることになった。


「うん。ヴァイスって名前。触ってみる?」

「じゃあ、試してみよっかな」


 女性冒険者はおっかなびっくりとヴァイスの首に手を伸ばす。

 優しく撫でてみると、おとなしい反応が返ってきた。

 軽く首筋を揺すり、女性の手を受け入れる。

 嫌がっておらず、喜んでいるようにも感じられた。


「ふわぁ、すごい。見事な毛並みだね」

「可愛いでしょ?」

「ふふふっ」


 とても可愛らしいとはいえない威容だ。

 むしろ、恐ろしいという印象の方が強い。

 可愛いと思わせるのはユーリがいるからだ。


「いい経験ができたわ。ありがとう」


 しばらく撫でていた女性は満足して手を離す。

 癒やされた――という顔つきで、頬が緩んでいた。


「なっ、なあ。俺もいいか?」


 次いで、他の男性冒険者も声をかける。


「私はいいけど、この子が許してくれるかな? 試してみたら?」

「おっ、おう」


 男が恐る恐る手を伸ばす。

 ヴァイスがブルッと身体を揺すり、ヒヒンとひと声上げる。


「ひえっ」


 怯えた男は思わず尻餅をつく。


「ごめんね。やっぱ、無理だって。ヴァイスは女の子だから、男には触られたくないんだって」

「そっ、そうか……」

「気にすることないよ。クロードでも触らせなかったからね」


 じゃあ、しょうがないよな――その場の男性陣は納得する。

 一方、女性陣は色めき立ち、順番にヴァイスの身体をなで回した。


 ――そうこうしているうちに、ギルド関係者をひとり連れて、クロードが戻って来た。





次回――『ヴァイスを預けます。』


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