第24話  異変の正体

 ここに至り、クロードもその正体を理解した。

 その相手が発する魔力に覚えがあったからだ。


 といっても、今生で知りえたものではない。

 前世で嗅ぎ慣れた魔力の匂いだ。

 信じられなかった。


「ユリウス陛下……」


 思わずその名が口をつき、一筋の涙が頬を伝う。

 忘れもしないユリウス帝の魔力だ。


 感傷に浸るクロードに「ほら、さっさと行こっ」と声をかけ、ユーリは歩き出す。

 魔力源にだんだんと近づいていく。


 そして、あと少しというところで――。


「ヴァイス。出ておいで」


 ユーリの問いかけに、梢が揺れて音を立てる。

 現れたのは白馬。ただ白いだけではなく、その毛並みは光を反射させ、きらめき白光りしている。


 驚くべきはその大きさだ。

 体長は3メートル以上。

 全身の筋肉がこれでもかとばかりに盛り上がっている。


 その巨体がまとう魔力も桁外れで、周囲のモンスターが逃げ出すのも当然だった。


「へえ。お前、強くなったねえ」


 ヴァイスは実家から飛び出たときに乗ってきた馬だ。

 別れ際に使役テイム魔法によって、ユーリの使役獣となった馬だ。

 そのときは常識の範囲に収まる良馬だったが、この一ヶ月で、信じられないほどの成長を遂げていた。


 その原因はユリウス帝の魔力だ。


「ユーリ様、その魔力は……」

「ああ。期待しても無駄だよ。もう、出し尽くしちゃった」


 転生したユーリにはわずかだが前世の魔力の残滓があった。

 ヴァイスをテイムする際に使い果たしたのだが、その効果がこの通りだ。


「それは残念です……」


 ユリウス帝の濃密な魔力。

 空間が歪んだように感じられる純然たる魔力。


 敵には恐慌をもたらし、味方には甘美な喜悦をもたらす。

 もう一度それを味わえたことに感動すると同時に、もう味わえないのかと残念な気持ちにもなる。


「そんなに落ち込まないでよ。この身体だって捨てたもんじゃないよ」


 ユーリはからかうように笑ってから、ヴァイスを見る。


「よしよし、いいこにしてた?」


 ユーリが手を伸ばすと、ヴァイスは足を折り、地に伏せた。

 彼女がその首筋を撫でると、気持ちよさそうにいなないて、身体を擦り付ける。

 手を通じて、ヴァイスの魔力が伝わってくる。


「いい馬だね。まだ、カイオウには及ばないけど」


 その言葉を理解したのか、ヴァイスは不機嫌そうに顔を背ける。


「おっとと……。ごめんごめん。目の前で他の女の話をされたら、堪らんか」


 カイオウはユリウス帝の愛馬だ。

 毛色は対照的に漆黒。

 身体もヴァイスよりひと回り大きい。

 ともに戦場を駆け抜けた信頼できるパートナーだった。


「ユーリ様、他の使役獣は?」

「ううん」


 クロードが問うているのは、前世の使役獣についてだ。

 その問いに、ユーリはかぶりを振る。


「何度か呼びかけてるけど、反応ないんだよね。まあ、好き勝手やるヤツばっかだったからね」


 使役獣は使役者の命令を完全に聞くようにしつけることもできる。

 だが、ユリウス帝はそれを好まなかった。

 必要なとき以外は、使役獣の好きにさせている。


 人間は命令を聞く部下しかいなかったユリウスの孤独を少しでも紛らわせてくれる――それが自由に振る舞う使役獣だった。


「そういえば、クロードの使役獣は?」


 今生で再会して以来、彼から使役獣の話が出たことはない。

 答えを知っていて、意地悪な問いを投げる。


「おりません」

「ははっ。前世でも嫌われていたからね」


 「嫌われていた」は言い過ぎだが、使役には人と使役獣の相性がある。

 クロードはその相性が絶望的で、使役獣を持つには至らなかった。


「その顔じゃ、向こうもお断りだよ。もっと笑顔にならないと。ほら、笑って笑って」


 せがまれてクロードがぎこちない笑みを作る。


「あははっ、まだまだだね」


 ユーリはご機嫌だ。


「でも、前よりよくなったよ」


 前世では笑うことなどなかった。

 だが、今生でユーリと出会い、ふと笑みがこぼれるようになり、その回数は日に日に増している。


 この変化はクロードにとっても、ユーリにとっても望ましいものだった。

 ただ、まだ意識して笑顔を作れるまでにはなっていない。

 今後の頑張りが期待されるところだ。


「さて、依頼も完了だし、帰ろっか。お腹空いちゃった」

「ミシェルの弁当がありますが」

「ううん。帰ってからでいいよ。すぐ着くし」

「ユーリ様、もしや……」

「うん。ヴァイスに乗ってくよ」

「私は……」

「ヴァイス、クロードが乗りたいって」


 ヴァイスは顔を背け、否定の意を明らかにする。


「やっぱり、嫌われてるねえ」


 ユーリはヴァイスの背に飛び乗る。

 馬具はないが、以心伝心の二者には問題ない。

 問題があるのはクロードだ。


 この場所まで走って3時間かかった。

 だが、ヴァイスであれば、30分もかからない――。


 クロードは苦しい記憶を思い出す。

 フル装備に重りをつけて、ひたすら走らされた記憶を。


 ――走れない兵は生き残れない。


 1日戦い続け疲労困憊の状態でも、走れねばならない。

 その備えができない者は、帝軍には必要ない。

 地獄の特訓だった。


 だが、負傷した兵を三人抱えて戦場を抜けるユリウス帝の話は皆が知っている。

 だから、弱音を吐くことはできなかった。


「じゃあ、行くよ。着いてこれるよね?」


 ――ゾクリ。


 クロードの顔が青ざめる。

 生まれ変わって初めての表情だ。

 彼は理解していた。


 ――ユーリ様は私の限界を見定めた上で、その限界のひとつ上を要求してくる。


 冒険者の少年たちを鍛えてときと一緒だ。

 ユーリはできないことはやらせない。

 死ぬ気で頑張ればできるレベルしか要求しない。

 そして、その要求を満たせない者は――。


 クロードはAランク冒険者として、今まで数え切れないほど強モンスターを討伐してきた。

 だが、彼にとってそれは余裕を持った戦いだ。

 今回のように、ギリギリは生まれ変わって初めてだ。

 今、初めて、全力を出す。


 ――やはり、ユーリ様がおっしゃるように、平和ボケしてたようだ。


 クロードの中でカチリとスイッチが入る。

 前世がよみがえる。


 飛び出したヴァイスの後を、クロードは死ぬ気で追いかけ始めた――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『街民はヴァイスに驚く。』

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