第21話 サプライズパーティー。

「うおりゃあ!」

「とりゃあ!」

「えいっ!」


 孤児院の中庭に響くおさな声。

 ユーリより年下の子が数人。

 棒きれを振りまわしている。


 その中心にいるのは――。


「アデリーナだ」


 彼女もこの孤児院育ち。

 子どもたちに稽古をつけているところだった。


「アデ姉さんはたまに来て、鍛えてくれるんです」

「俺とララもアデ姉ちゃんにしごかれてるんだぜ」

「どうりで二人も年のわりには強いわけだ」

「いや、それを言ったら、ユーリこそ化け物だろ」

「ユーリちゃんが8歳だなんて、信じられないよ」


 アデリーナもユーリたちに気がついたみたいだ。


「おーい、ちびっ子たち、今日はお終いだ。ミシェルを手伝っておいで」

「「「はーい」」」


 子どもたちは棒きれを放り出し、孤児院の中に入っていく。


「ユーリちゃん、よく来たね」

「呼ばれたからね」

「話は聞いてるの?」

「いや、サプライズだとしか聞いてないよ」

「なら、楽しみにしてなよ」


 そこまで話して、アデリーナは冒険者の少年たちに目を向ける。


「ん? そいつら、なに?」


 いぶかしむ彼女に、ララとロロがことの経緯を説明する。


「ふ~ん。そんなことがあったんだ。よし、ぶっ殺す」


 アデリーナは目を細め、少年たちを睨みつける。

 だが、少年たちはまったく動じない。

 ユーリもそれが当然といった顔つきだ。


「ねえ、ホントに駆け出し?」


 それもそのはず、ユーリの訓練しごきに比べれば、アデリーナに睨まれるくらい、どうということはない。


「余が性根を叩き直してやったからな。そうだろ、オマエたち?」

「「「「はいっ! ユーリ様のおっしゃる通りですっ!」」」」


 彼らを見て、アデリーナは獰猛な笑みを浮かべる。


「なら、ちょっと本気出しても構わないよね?」

「良いわけあるか。この、脳筋め」

「ユーリちゃんは、どいてなよ」


 アデリーナの言葉に、ユーリの顔つきが変わる。

 クロードだけが知っている顔だ。


「余が仲裁したのだ。文句があるか?」

「ひっ……」


 ユーリの威圧にたじろぎ、アデリーナは一歩下がった。

 他のみんなはユーリの変化に気がついていない。

 彼女が覇気をぶつけたのはアデリーナだけ。

 子どもたちを怖がらせないように、というユーリの気遣いだ。


 ユーリの本気をクロードは楽しんでいる。

 アデリーナの性格からいって、こうなると予想していた。


 ――ユーリ様を軽んじるアデリーナには良い薬だ。


 そもそも、今回の件はユーリの仲裁によって既にケリがついている。

 それに口を挟むということは、ケンカを売っているのと同じこと。


 ユーリは一歩ずつ、アデリーナに歩み寄る。

 その度に、アデリーナは仰け反っていく。

 彼女の目から視線をそらさずに近づく。

 真下から見上げ、ユーリは告げる。


「なにか?」

「…………いえ……なんでも…………ないです」


 途切れ途切れの言葉。

 アデリーナは冷や汗が止まらない。


 一方のユーリは、ニッコリと無邪気な笑みを浮かべる。


「うん。よかったね。じゃあ、みんな仲良くしよう」

「「「「はいっ! 仲良くしてくださいっ!」」」」

「アデリーナもいいよね?」

「あっ、ああ……」


 子どもたちはキョトンとしているが、アデリーナの心臓はバクバクと激しい鼓動を打っていた。


 ――ユーリ様が本気を出したら、どんな相手であれ、次の瞬間には死んでいる。


 以前、クロードから聞かされた言葉を思い出す。

 そのときは話半分だったが、今のユーリの振る舞いで信じざるを得なかった。


 ――自分とは格が違う。


 自分とユーリの間に越えられない壁があると思い知らされた。


「じゃあ、中に入ろっか」

「あっ、ちょっと待てよ」

「ユーリちゃん、待って」


 建物に向かおうとするユーリを、双子が止めるが――。


「ええ、もうお腹ペコペコだよ。みんなもそうだよね?」

「うんっ」

「お腹空いた~」

「ユーリ姉ちゃん、行こうよ」

「ララ姉も、ロロ兄も」


 さっさと進むユーリに子どもたちが従う。


「「「「俺たちも良いんですか?」」」」

「うん、いいよ。ついておいで」


 少年たちも後に続いて、建物の中に消えていく。

 取り残されたアデリーナにクロードが話しかける。


「分かったか? 今のがユーリ様の本気だ」

「ああ、参ったよ」

「ユーリ様は寛大なお方だ」


 表情も変えずに死を命ずる、血も涙もない冷酷皇帝。

 敵対した者には、一切の容赦がない。

 それが広く伝わるユリウス帝の印象だ。


「だが、怒らせるとこうなる。身を以て知れて良かったな」


 クロードはそれだけ言うと、皆の後を追いかける。

 取り残されたアデリーナが落ち着くには、しばし時間が必要だった。


 一方、食堂に入ったユーリたちを出迎えたのはお腹を刺激する匂いだった。

 年季の入ったテーブルの上には、ミシェルの手作り料理これでもかとばかりに並んでいる。


「これは……」

「あっ、ユーリちゃん、いらっしゃい」


 立ち尽くすユーリにミシェルが声をかける。


「ほらほら、今日はユーリちゃんが主役なんだから、こっちにおいでよ」

「うん……」


 ミシェルにうながされ、ユーリは席に着く。


「みんなも席について」

「「「「はーい」」」」


 子どもたちも我先にと、椅子に座る。

 冒険者の少年たちはどうしたらいいか分からず、所在なさげにたたずんでいる。


「どういうこと?」


 ユーリの問いかけに、ロロとララが答える。


「ユーリがこの街に来て一ヶ月だろ」

「それにEランクにも昇格したよね」


 そして、ミシェルも――。


「だから、今日は、ユーリちゃんのお祝いパーティーだよ。ビックリした?」

「ああ……」

「ユーリちゃん、おめでとう!」

「「「おめでとー!!」」」


 言葉を失うユーリを見て、サプライズが成功したとミシェルは笑みを浮かべる。

 他の子どもたちも「サプライズ大成功!」と大喜びだ。

 だが、誰よりも喜んでいるのはユーリだ。


 質素なもの。

 贅を尽くしたパーティーからはほど遠い。

 だが、心づくしの持てなしだ。


 温かさだ。

 ユーリが望んだ温かさだ。

 前世では決して得られなかった温かさだ。


 胸の中がじんわりと熱く、その瞳から雫がこぼれる。


「ありがと……」


 それだけしか言えなかった。


 ここにいるのは皆、親からの愛情を受け取れなかった子どもたち。

 ユーリと同じ寂しさを抱えた者たちだ。


 だけど、温かい。

 血のつながりはないが、それでも、家族だった。


 ユーリはこの一ヶ月の間、何度か孤児院を訪れた。

 だが、本人は大したことをしたとは思っていない。

 子どもたちと戯れ、稽古をつけてやったくらいだ。

 なぜ、そんな自分にここまでしてくれるのか……。


「クロードさんから聞きました。ユーリちゃんも寂しい思いをしたんですね」

「ああ、ユーリも頑張ったんだろ」

「ユーリちゃんも私たちと一緒です」


 自分もその一員に加えられたようで、ユーリの涙は止まらない。

 そんなユーリを見て、クロードは彼女に歩み寄る。


「ユーリ様……」


 無意識のうちに手が伸びて、彼女の頭を撫でていた。

 本当なら、この場で抱きしめてあげたい。

 だが、皆の前でそれが出来るほど、クロードは馴染んでいない。


「クロード……ありがとう」


 これもすべて、彼が尽くしてくれたからだ。

 小さな自分に、クロードの大きな手。

 不器用な優しさが伝わってくる。


 ユーリは涙を拭い、笑顔を咲かせる。


「みんなもありがとう! これからもよろしくね」

「もちろんだよ」

「いつでも遊びにおいでよ」


 えへっと笑って、アデリーナに向かって声をかける。


「アデリーナもおいでよ」


 屈託のない笑顔。

 ユーリはさっきのことなど、まったく気にしていない。

 アデリーナは拍子抜けする。


 ――どっちが本当の姿なのか。いや、どちらもユーリにとっては本当なのだろう。


 アデリーナは軽率な好奇心を捨てる。

 より誠実にユーリを理解したい――その思いが心からあふれてきた。


「ああ、せっかくのミシェルのごちそうだ。冷めたらもったいない」


 ユーリの周りに人が集まる。

 温かい輪だ。

 クロードにとっても馴染みが薄い光景。


 ――楽しいパーティーが終わる頃には、ユーリはすでに夢の世界に旅立っていた。





   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『ユーリは強くなるための戦いを求めます。』

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