第233話 漁場見学

 そして長老は……1人魔道具で、アンスティノス大公国の大公へ連絡をとっていた。


「大公閣下、此度4ヶ国協定が締結されましたぞ」

「長老殿、4ヶ国とは……まさかセイレメールですか!?」

「はい、ワシは今セイレメールにおります」

「なんと! 幻の国ではありませんか!?」

「アハハハ、幻ですか。アンスティノスではそう言われておるのですかな? エルヒューレでは以前に交流を持った事がありましてな、そのご縁で今回セイレメールから要請を受けたのです」

「長老殿……我々は……アンスティノスはどうなりますか?」

「どうとは?」

「協定に参加していないのはアンスティノスのみになってしまいました。1番力を持たないヒューマン族と獣人族の国など……」

「閣下、そう思われるのでしたらヒューマン至上主義の大臣達を早くなんとか為さる事です。ワシは6層5層、妻のおりました4層と見て参りましたが民達の中に他国への偏見は然程ありませんでしたぞ。地方を治める貴族達も中央には期待しておりませんでした。いつまでも、ヒューマン至上主義に拘っているのは大臣達だけではありませんかな?」

「耳の痛い事です」

「貴方方の国です。我々が口を出すのは憚れますのでな。ですが、もしまたハイヒューマンを殲滅した時の様な行動に出られるのなら、次はエルヒューレが黙っておりません」

「……!?」

「いやはや申し訳ない。つい先走ってしまいました。何かあればいつでもこの魔道具で連絡を下され。我々は困っている者に知らぬ存ぜぬとは言いません。協力致しますぞ」

「長老殿……忝い」


 長老と、アンスティノス大公国の大公との魔道具での通信は終わった。どちらが偉いのか分かったものではない。

 しかしまだ長老は、いやエルヒューレ皇国はアンスティノス大公国を見捨ててはいない。出来る事なら力になりたいと思っているからこそ、協力すると長老が言った最後の言葉があるのだ。それでも、アンスティノスの大公はまた冷や汗が出た事だろう。



「皆様、こちらです! 見て下され、ここに網が張られているのです」


 王配直々に案内されて、皆はセイレメールの漁場に来ている。モラモラに乗ってだ。カエデも1人で乗れる様になり自在に操っている。ハルは羨ましそうに、リヒトが操るモラモラに乗って見ている。


「かえれ、上手らなぁ」

「そうか? ありがとう! ハルちゃんはまだ小さいから無理やわ」

「ん、届かねー」

「何に届けへんの?」

「しゅわって手綱を持ったりゃ前が見えねー」

「あらら、そら無理やわ」

「らろ? 立って乗りゅか?」

「ハル、それは危ないだろうが」

「じーちゃん、しょう?」

「そうだな。大人しくリヒトに乗せてもらうんだな」

「ん、しゃーねー」


 なんて、やり取りをしながら漁場へやって来た。セイレメールの街から暫くモラモラで移動すると、開けた海底に到着した。ハル達を怖がる感じもなく、魚が悠々と泳いで行く。


「1面に網を張るのです」

「ここ1面ですか!?」

「そうですよ、長老殿。広いでしょう?」

「驚きましたな」

「日に1度だけ網を引きます。モラモラで移動しながら引くのですよ」

「それは凄いですな。1度でどれ程の魚が漁れるのですかな?」

「はい、その日に食べる分には充分です。それに街の市にも出しますよ」

「それは凄い!」

「海底でしか漁れない魚を持って帰られるといい。後は、陸の岩場にある村で釣りをされると良いですよ」

「ああ、馬を預かって頂いた村ですな?」

「はい。こちらでは何せ規模が大きいので個人で楽しむ事には向きません。しかし、彼方だと皆様楽しんで頂ける事でしょう」

「なるほど。確かに想像していた規模とは違いますな」


 個人で単純に楽しむようなものではない。漁師の仕事だ。


「これから、網を引きますよ」

「おぉー」


 ハルは興味津々だ。広げた網の両端をモラモラで引っ張っていく。暫く引っ張ると一箇所に網を巻いていく。網の中には多種多様の魚が入っている。


「トロール漁業ら」

「ハル、何だ?」

「この漁の仕方ら」

「ほう。そんな事まで知っているのか?」

「ん、網で海底を引きまわしたりゃ、海底の土を舞い上げてその場所に住む海生生物の環境を壊してしまうんら」

「ほう」

「驚いた。ハルくん、よく知っているな」

「本れ読んらんら」

「その通りなんだよ。だから、海底から距離をとって網がつかないようにしている。それと、漁りすぎない様にな」

「ん、良い事ら。環境を壊したりゃ漁れなくなりゅかりゃな」

「そうなんだよ。日々の生活に必要な分だけで良い。沢山漁っても仕方ない。食べる分だけだ」

「なるほど。我々も大森林の資源は大切にしますからな。同じですな」

「ええ。限りが無い訳ではないのですから」


 そんな話をしている時に、一緒にいた漁をしていた者が声をあげる。


「皆さん! 避けて下さい! 群れが通ります! 危ないですよ!」

「皆さん、あちらに避けましょう!」


 ハル達は王配に先導されて、漁場から離れる。そこを、全長3〜4メートル程の魚の群れが猛スピードで泳いでいく。


「凄いですね。あんなに早く泳ぐんだ」

「あれは、トゥンヌスですね。回遊しているんです。寝る時も止まらないのですよ」

「あ! まぐりょら!」

「ハル、知っているのか?」

「じーちゃん、刺身れ出てきたじょ。赤い身の魚ら!」

「おう、あったな。脂がのっているのと、アッサリしているのとあって美味かった」


 長老は美味い魚と覚えていたらしい。だが、確かにマグロは美味い。トロと赤身だろうか。


「しょうら。超美味い!」

「アハハハ、ハルくんは本当によく知っている。その通りですよ。あの赤身の魚です」

「ほんちょに寝りゅ時も泳いれんら」

「ええ。口とエラを開けて泳ぐんです。そこを通り抜ける海水で呼吸をしているんですよ。だから、泳ぎを止めると窒息するので、たとえ睡眠時でも止まらないのです」

「しゅげー、知りゃなかった」

「さあ、漁れた魚を持って帰りましょう。お昼に食べましょう」

「おー!」

「ユーラン殿下! まだです! まだ動かないで下さい!」

「どうした!?」

「トゥンヌスを追ってメガロドンが来ます!」


 そう言われて、王配と一行はその場で待機する。すると、目の前を巨大な魚が猛スピードでトゥンヌスの群れを追って通り過ぎる。


「やっぱ、超でけーな」

「ああ。巨岩にぶつかってきたやつだな」

「メガロドンは史上最大級の捕食者魚類と言われております。あの強靭な顎と厚く頑丈な歯で獲物を捕食するのです。あれにウロウロされるとゾッとしますよ」

「襲ってきたりはしないのですかな?」

「我々よりはトゥンヌスですね。食べ応えが違うのでしょう。アハハハ」

「え……」

「ハルくん、大丈夫ですよ。避けてジッとしていれば見向きもしないから」

「しょうなんら」

「もう大丈夫です! 戻りましょう!」


 動いても大丈夫だそうだ。海中でも危険はある。しかし、うまく共存共栄している様だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る