第212話 ハルの血統
長老とアヴィー先生がお休みになった事もあり、ハルは長老の家に来ていた。いつも一緒にいるリヒト達のいない、曽祖父母と曽孫水入らずだ。
エルヒューレ皇国にいる間はいつもリヒトの実家であるシュテラリール家に滞在していた。そこにはハルの部屋もある。だから、長老とアヴィー先生の家に来るのは初めてだった。
ハルがキョロキョロと落ち着きなく家の中を見ている。
「ハルちゃん、どうしたの?」
「じーちゃんとばーちゃんの家もデカイんらな」
「アハハハ、そんな事か。ワシは寝に帰るだけだし、今迄は1人だったからな。広さを持て余しておった。使用人達がしっかり家を守ってくれておったよ」
「じーちゃん、1人らったのか?」
「ああ。なんせ、アヴィーはヒューマンの国におっただろう?」
「うふふ、ちょっとだけ長くなってしまったわね」
そうだ。アヴィー先生は長い間、アンスティノス大公国に滞在していた。
「まあ、大した事ではない」
「あら、うふふ」
長老、なんておおらかなんだ。ハルを挟んで座るアヴィー先生の髪を優しく撫でる。仲の良い夫婦だ。
アヴィー先生が国を空けていたのは数年どころではない筈だ。何人も、子供を保護し育て一人前にして、皆巣立って行ったと言っていた。きっと数十年単位なのだろう。
「エルフは長い時を生きる。そんな長い時の中では大した事ではない」
「じーちゃん、しょうか……」
「ハルもだぞ。ハイエルフとハイヒューマンの血を継いでいるんだ。長い時を生きるだろうよ」
「そうね、ハルちゃんもこれから長い時を生きるわ」
「けろ、じーちゃん。おりぇはクォーターら。間にヒューマンの血が入っていりゅじょ。両親はヒューマンら」
「ハル、それなんだがなぁ。コハルが前に話していただろう、エルフにヒューマンの血を残さないと。それは神の意向だと」
そう言えば、コハルは遺跡調査の時にそんな事を言っていた。
「ワシが神眼で見る限りではハルにヒューマンの血が入っている様には思えんのだ。それでアヴィーと一緒に考えてみたんだがな、ハルは世界を渡ってこの世界に来ただろう?」
「ん、おりぇは違う世界に生まりぇた」
「1度死んで世界を渡る時に身体が作り替えられたのではないかと思うのだ。だから、髪色や瞳の色が以前とは違い、身体の年齢も違うのではないかと。違うか? コハル」
「はいなのれす!」
「コハル、長老と私の考えは間違っているかしら?」
コハルが出てきて、ハルの膝にちょこんと乗った。
「その通りなのれす。今のハルは、ハイエルフとハイヒューマンだけなのれす。神によって作り替えられているなのれす。その結果、ハルは小さくなったなのれす。今ハルの身体にはハイエルフのランリアとハイヒューマンのマイオルの血しかないなのれす」
「しょうなのか……」
「ハルちゃん、両親の血がなくて寂しいかしら?」
「ん? ううん、しょんな事はないじょ。じーちゃんが言ってた様に、おりぇを産んで育ててくりぇた人ら。らけろ、おりぇ……」
「ハル、どうした?」
「おりぇ、寂しくないじょ。りゃんばーちゃんと、いおじーちゃんの血を継いでりゅって方がらいじなんら」
「そうか……」
「じーちゃん、おりぇ今はもう恨んれないじょ。こっちに来てしゅぐの頃は嫌いらとか辛かったとか思ってたけろ。今はなんもないじょ。りひと達やじーちゃんとばーちゃんがいりゅかりゃ、らいじょぶら」
「ハルちゃん、偉いわ」
「ハル……」
「らいじょぶら。おりぇは今楽しいし、幸せらよ」
「ハル、そうか。じーちゃん達はハルより早く死んでしまうが、まだまだ先だ! それまで一緒にいよう!」
「やだわ、長老。そんな言い方ないわよ」
「アハハハ、ほんちょら」
「ハルちゃぁ〜ん!!」
突然、外からハルを呼ぶ声がした。この声は……
「ありぇ? シュシュら」
「どうしたのかしら?」
確かにシュシュがハルを呼ぶ声が聞こえた。3人は慌てて玄関から外へ出る。すると、戸惑いながら囲む使用人達の間に白い虎が見える。シュシュだ。
「あ! ハルちゃん!」
「しゅしゅ、ろしたんら!?」
「来ちゃったッ!」
「え?」
「えぇ?」
「シュシュ、どうやって来たんだ? リヒトの家に行ったのではなかったか!?」
「そんなのハルちゃんの気配を辿って来たに決まってるじゃない! ハルちゃんと一緒にいるの! あたしはそばを離れないわ!」
「シュシュはまらまらなのれす! 寂しがり屋なのれす!」
「やだ、コハル先輩。やめて、恥ずかしいから! あたしも一緒にいさせてちょうだい」
「仕方ないなのれす」
「アハハハ! シュシュ、凄いじゃねーか!」
「しゅしゅ、しゃーねー」
「うふふ、ハルちゃんのそばがいいの!」
なんとも可愛い事を言う。デカイ虎だが。スリスリと身体をすり寄せベロンと大きな舌でハルを舐める。
「しゅしゅ、しょりぇはやめりょ!」
「えー! どうしてよぉ! あたしの愛情表現じゃなぁい!」
「もう、分かっちゃかりゃ!」
「うふふ、ハルちゃ〜ん!」
「もう、シュシュが来ただけで賑やかだわ」
「あら、アヴィー先生! 同志じゃない!」
「そうね! うふふ!」
「アハハハ! 中に入りなさい。さあ、夕飯前に風呂に入るぞ!」
「えッ!! あたしはいいわ!」
「何を言っておる! 今日はワシが洗ってやろう!」
「しゅしゅ、おりぇもら!」
「えぇー!!」
「シュシュはうるさいなのれす」
シュシュが押しかけてきて、一気に賑やかになった。
その頃、リヒト達は……
「マジかよ……」
「リヒト様、どうしました?」
「いや、いないと思ったらシュシュが長老の家に行ったらしい。今、長老からパーピがきた」
「おやおや。ハルですか?」
「ああ。ハルのそばを離れないと言っているそうだ」
「シュシュはハルが大好きですからね」
「それでも、よく家が分かったもんだよ」
「本当ですね。まあ、近いですから」
「まあな」
「静かでいいのではないですか?」
「ああ」
シュシュは賑やかだからな。だが、翌日……
「ハルちゃ〜ん!!」
「え? かえれ!?」
「おや、今度はカエデか?」
庭のテラスで皆のんびりお茶をしていた時だ。カエデが手を振りながらやって来た。
「かえれ、ろしたんら?」
「ハルちゃん、来てしもたッ!」
「アハハハ! カエデもか!」
「だって長老! ハルちゃんと一緒がいいねん! ハルちゃんの世話は自分がするねん!」
「あらあら。うふふ」
「なぁにぃ? カエデったら少し位我慢できないのぉ?」
「シュシュ、何言うてんねん! シュシュにだけは言われたないわ!」
「あらやだ! 反抗する気なの!?」
「シュシュは1日も我慢でけへんかったやん!」
「違うわよ! あたしはねぇ、ハルちゃんを守護してんのッ!」
「ハルちゃんハルちゃん言うてたやん」
「あーもー、しゃーねー」
「ハルちゃん、焼きたてのフルーツケーキ食べへん? ルシカ兄さんから預かってきてん」
「りゅしかのふりゅーちゅけーき! 食べりゅじょ!」
「あら、ルシカの? 美味しそうだわ!」
「ワシも貰おうか」
「やだ! あたしもちょうだい!」
ルシカのおやつにはみんな目がない。
賑やかなネコ科が揃ってしまった。静かな休日にはなりそうもない。
「ん、しゃーねー」
by.ハルちゃん
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