第200話 ニークは仲間
「あ、じーちゃんら」
「おう、ハル。大人しくしていたか?」
「あたりめーら」
「ルシカ、すまない。お茶を入れてくれ」
「はい、リヒト様」
「ルシカ兄さん、手伝うわ」
「ああ、ありがとう」
リヒトとルシカは少し疲れている。無理もない。
「リヒト様、疲れてるッスね」
「ああ、少しな……さすがあのアヴィー先生の旦那だよ」
リヒトに言われてしまっている。そりゃそうだ。まさか、直接大公の執務室へ転移で乗り込むなんて夢にも思わなかっただろう。長老は時にアヴィー先生以上に大胆な行動に出るらしい。
「リヒト様、お茶入ったで。長老も」
「おう、ありがとう」
「ワシもか? カエデ、ありがとう」
カエデとルシカが入れてくれたお茶を飲んで、やっと一息ついたリヒト。
「で、長老。もう帰るか?」
「本当はもう少し不審者の情報を掴みたかったんだが、手掛かりが全然ない事だしな」
確かに、どこをどう探せば良いのかさえ分からない状態だ。
「ねえ、長老。帰りにね、あたしとイオスが追い詰めた場所に寄ってもいいかしら?」
「構わんぞ。5層目から6層目か?」
「そうよ。6層目に入ってから瞬間移動だか転移だかで逃げられて最終的に6層目を出たのよ。出口をすり抜けられちゃって、あたし達は出口で止められてそれで見逃しちゃったのよ」
「なるほど。出口でもチェックされるからな。そうだな、シュシュとイオスが追いかけた通りに辿ってみるか」
「もう皆様帰られるのですか?」
ニークが少し残念そうにしている。今まで賑やかで何をしでかすのか分からないアヴィー先生と一緒だったからだろうか。1人だと寂しいのかも知れない。
「ニークしゃん、また来りゅじょ。いちゅれも来りゅじょ」
「ハルくん……そうですね。そうでした。皆さんお気をつけて」
「おう、ニークもな」
「ニーク、急用でなくても魔道具で連絡するといい。アヴィーもいつも気にしておるからな」
「長老……ありがとうございます! 実は長老達が出ておられる間にハルくんに少し魔道具をいじってもらったんですよ。便利になりました」
「魔道具をか?」
「じーちゃん、魔力を溜めりゃりぇりゅ様に改造したんら」
「おお、そうか。それはいい。溜めておければもっと話せるからな」
「はい、長老」
あっという間に、長老やリヒト達が帰って行った。
「本当に、俺もエルフだったらと思ってしまいますよ。そしたらご一緒できるのに……」
ヒューマン族のニークはそう思ってしまうのだろう。だが、長老だけでなくリヒト達もアヴィー先生だってニークがヒューマン族だからと差別したりはしない。
ニークはニークだ。アヴィー先生の教え子のニークだ。離れていても、変わりなく仲間だ。
シュシュとイオスの先導で、不審な黒マントを追った後を辿りながら戻って行く一行。
「この匂い……やっぱりだわ」
「シュシュ、なんだ?」
「あのね、イオス。匂いがまだ微かに残っているの」
匂いを嗅ぎ分ける事ができるとは、凄い。さすが、虎の聖獣だ。そのまま一行は6層目に入る。
「この辺で追いついたんだったな。シュシュがウインドカッターを飛ばして腕をかすめた」
「そうね。でもまた直ぐに逃げられちゃったわ」
シュシュが暫くその場を彷徨く。
「元の大きさだったら……」
そのまま一行はアンスティノス大公国を後にした。
「確かに黒マントの男の匂いだったわ」
「シュシュ、本当か?」
「なによ、リヒト。白虎の聖獣であるあたしの鼻を疑うの?」
「だってさぁ、犬じゃあるまいし」
「確かにね、虎は犬族や狼族ほどの嗅覚はないわよ。でもそれは聖獣じゃない場合でしょ? あたしは聖獣なのよ。そんなの比べ物にならないわ」
「コハル、そうなのか?」
「はいなのれす」
コハルがポンとハルの亜空間から出てきた。
「聖獣は普通の獣より何もかも秀でているなのれす」
「そうか、じゃあ信用できるんだな」
「匂いだけでなく気配やエネルギーも感じられるなのれす。それを総合して判断しているなのれす」
「そうなのか?」
「シュシュもヒヨッコだとはいえ聖獣なのれす。比べ物にならないなのれす」
本当にシュシュは凄いらしい。普段の言動からはそうは思えないが。
「で、どうなんだ?」
「あの黒マントもあの時点では毒の匂いが混じっていたわね」
「じゃあ何か? 毒に侵されていたのか?」
「それを解毒しているわね。でないと、毒で体力を奪われてあんなに動ける筈がないわ。自分で解毒できる能力を持っているのよ」
「解毒だけなら解毒の薬湯でもできるな」
「でも、動けるのよ。解毒だけじゃないでしょう? 浄化もしているのでしょうね」
「解毒と浄化もできるとなると、やはりエルフか?」
「でも、ニークは浄化の薬湯も作れるんでしょう?」
「そうだが……その知識を持っているのはエルフだ」
「しかし、エルフ族がその様な事をするとは考えられませんね」
「ルシカの言う通りだな。長老、どう思う?」
「まだ分からんなぁ。決め手がない。だが、限りなく黒に近いとでも言うべきか」
その黒マントの不審者は、予め解毒剤と浄化の薬湯を用意していたのかも知れない。が、ヒューマン族より知識なり能力なりが高い者なのは確実だろう。若しくはそんな能力の高い者が背後にいるのか。
しかし、現時点ではいずれも想像にしか過ぎない。確実なものが何もない。強いて言えば、黒マントの人物も一時は毒に侵されていたと言う事だけだ。長老の言う様に限りなく黒に近い。
とにかく、一行はエルヒューレ皇国に戻ってきていた。アンスティノス大公国から依頼のあった、解毒と浄化は済んでいる。
長老とリヒトがエルヒューレ皇国の城で皇帝に報告をしていた。
「その黒マントの者が怪しいと……」
「しかし陛下。何も証拠がありません」
「そうだな。で、長老。大公に会って渡してきたのか?」
「はい」
「会ったというか、押し掛けたというか……俺は心臓が止まるかと思いましたよ」
「なんだ、リヒト。お前、小心者なんだな」
「いや長老。何も言ってなかったじゃないですか! 一言言っといてほしかった」
「アハハハ!」
「リヒト、あれは私も承知している事だ。ヒューマン族は物の頼み方も知らんらしい。民達の命に関わる事だから見返りを求めておらんが、エルフを舐めてもらっては困るという意思表示だ」
なんと。皇帝も承認していたとは。また驚きだ。
「あれ位やっても、ヒューマン族は変わらんさ」
長老は、もしかしてやり足らないのかも知れない。
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