第93話 カエデはこれからだ

「ルシカ兄さん、ユニコーンやとめっちゃ早いな」

「飛んでいますからね」

「カエデ、ベースは初めてだろ?」

「イオス兄さん、初めてやで」


 今回はドラゴシオン王国へ向かう事もあり、またイオスが同行している。


「俺も普段はベースにはいないんだ」

「そうなん?」

「ああ、俺はシュテラリール家の執事見習いだからな」

「そうなんや」

「カエデ、ベースは大森林に5ヶ所あります。リヒト様は今向かっているベースの管理者です。5ヶ所あるベースの管理者はエルフ族の中でも最強の5人です」

「えッ!? ルシカ兄さん、ほなリヒト様て最強の5人の1人なん!?」

「そうですよ」

「スゲーな! リヒト様凄いんや!」

「カエデ。なんだよ、今更」

「だって、リヒト様。そんなん知らんかったんやもん」

「アハハハ、わざわざ言わねーよ」

「れも、りひとはちゅよい」

「ハルちゃん、そうなん!?」

「ん、しゅげーちゅよい」

「あ、ミーレ姉さん。ハルちゃんお昼寝ちゃうか? カミカミやで」

「そうね。リヒト様、何処かで休憩にしましょう」

「おう、分かった。ルシカ」

「はい、リヒト様。あの木の下に下りましょう」


 ルシカが選んだのは、魔物が嫌いな匂いを出す樹の下だ。


「ハル、少し昼寝しとけ」

「ん、りひと。みーりぇ」

「ハル、いらっしゃい」

「ん……」


 ハルがポテポテと眠そうに歩いてミーレの側に行く。いつもの様にミーレがハルを抱き上げ背中をトントンとする。ハルは直ぐにスヤスヤと寝息をたてだす。


「リヒト様、周りを歩きますか?」

「ああ、イオスはハルの側にいてくれ」

「了解です。リヒト様、お気をつけて」

「リヒト様、自分も付いて行きたいねん」

「カエデ、お前も休憩しとけ」

「周りの魔物を討伐するんやろ? リヒト様が魔物と戦うとこ見ときたいねん」

「カエデ、危ないですよ」

「リヒト様とルシカ兄さんから離れへんから」

「カエデ、お前大丈夫か? 疲れてないか?」

「大丈夫や!」

「そうか、じゃあ一緒に来るか」

「リヒト様! ありがとう!」


 カエデを連れて、リヒトとルシカは森へ入って行った。



「マジ!? リヒト様、強いどころとちゃうやん! もう格が違うやん! ヒューマン族とは雲泥の差やん!」

「アハハハ! カエデ、スゲーか?」

「うん! リヒト様、スゲーわ!」


 リヒトが出てくる魔物を、アッサリと倒していくのを見てカエデは騒いでいる。


「カエデ、大きな声を出すと魔物が寄ってきますよ」

「え……!? ルシカ兄さんそうなん?」

「ええ。あまり大声を出してはいけません」


 リヒトが倒した魔物をマジックバッグに仕舞いながらルシカが注意した。


「ルシカ兄さん、自分ほんまに何も知らんねんな」

「そうですね。教育を受けていないのでしょう? 仕方ありませんよ」

「これでも暇があったら、ギルドにある無料で読める冊子を読んでてんで。でもな、リヒト様達といる様になってから自分の無知加減がよう分かるねん。痛感するわ。無知無学や」

「まだ小さいのですから。これから勉強すれば良い事です。旦那様も仰っていたでしょう? 先ずは教育だと」

「そうやった。有難いわ」

「そう思いますか?」

「うん。リヒト様達に拾ってもらえへんかったらそんな事も分からんままや。自分、ホンマにリヒト様に助けてもらってラッキーやった」

「なんだ、カエデ。急にどうした?」

「急ちゃうねん。ホンマにリヒト様達と一緒にいる様になってからめちゃ思うねん。奴隷やった時はそんな事考えもせーへんかった」

「カエデ、奴隷紋があったからだ」

「リヒト様、そうなん?」

「ああ。あれは人格を否定しているのと同じだ。反抗する事、逃げる事はもちろん、考える事も奪う。あんなのはあってはならないんだ」

「そっか……そうなんや」

「カエデ、これからですよ。これから勉強すれば良いのです。いくらでも考えて良いのですから」

「うん、ルシカ兄さん」


 カエデが言った。初めて宿で一緒に朝食を食べた時は泣きそうだったと。いつもは人が食べる物を作って、自分は皆が食べ終わってから調理場の隅で残飯を食べるのが普通だったと。だから、誰かと……いや、食卓に座って食べたのも初めてだったと。

 調理場の隅で残飯を食べる。それが当たり前だったんだ。だからあの時、リヒトから一緒に食べるんだと言われて一瞬意味が理解出来なかった。当たり前の様にリヒトから言われて、自分も一緒に座っていいのかと思ったと。

 これもまた、小さな頃から奴隷紋をつけられ植え付けられた意識だ。自己卑下の意識。その事にカエデはもう気付いている。今の自分は奴隷の頃とは違うと気付いている。学びたいという気持ちも出てきた。


「カエデ、これからだ。カエデの人生なんだ。自分で選んで、自分で進むんだ。それが当たり前なんだ。そうしていいんだ」

「リヒト様。自分、強くなりたい。勉強もしたい。このままやとハルちゃんを守るどころか、自分は足手まといや」

「カエデ、焦らなくていいですよ。少しずつ勉強していきましょう」

「うん、ルシカ兄さん!」

「そうだ、カエデ。前にカエデのステータスを見た時に『体術』と『短剣術』『投擲』てあっただろ?」

「ああ、あの集団の中でもちょっと面倒見が良い奴もいてな。少しだけ教えてもらった事があるねん。けど自分は武器持ってへんからな」

「リヒト様、イオスに任せてみましょうか」

「そうだな」

「え、なんでイオス兄さんなん?」

「イオスは体術でも剣術でもなんでも一通りできるからな」

「うわ、ほなイオス兄さんも強いんや」

「カエデ、イオスもミーレも強いですよ」

「マジ!? もう凹むやん。なんなん? エルフって意味分からんわ。イメージ違いすぎやで」

「アハハハ! 世間のイメージとは違うらしいな」

「違いすぎるわ。でも自分はラッキーや。そんな人達が側にいるんやからな」


 そうだ。いくらでも教えてもらえる。すぐ身近にお手本になる人がいる。まだまだカエデはこれからだ。

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