第10話 お勉強のはじまり

 虎太郎の上着をかりて、ドキドキしながらも眠りにつき、朝に……。


 ……ならない!


 まったく眠くない!

 妙に緊張してきて、眠気がどこかに走り去ってしまった。


 虎太郎が焚火によさそうな枝を探しに行って何分経ったか分からないが、頭の中でとりあえず数えていた羊の777匹目が今、「メ~」と柵を乗り越えた。

 ラッキーセブン……フィーバータイム突入……なんて思ったら、羊が一斉に柵から溢れるように逃亡していったので考えるのを止めた。

 ますます眠れなくなった気がする……私、何やっているんだろう。


「あれ……一色さん、まだ起きてる?」


 結局眠れずにいる内に、腕にたくさんの枝を抱えた虎太郎が戻ってきた。

 私は体を起こし、苦笑いで迎えた。


「奥村君、おかえり。ごめん、やっぱり一緒にいけばよかったね」

「大丈夫。眠れなくても、体を休めた方がよかったと思うよ」


 虎太郎はそう言いながら抱えていた枝をドサッと落とし、手際よく整えると火をつけた。

 何をしたのかよく分からなかったけれど、道具もないのに火がついたということは……。


「火の魔法……?」


 私がぽつりとつぶやくと、虎太郎がこちらを見た。


「そろそろ眠れそう?」

「えっと、寝たいんだけど……冒険が始まって興奮してるみたいで……」


 それだけじゃない気もするけれど……今は分からない。

 虎太郎に借りている上着が気になって、ぎゅっと握る。

 あっ、だめだ……皺になる。

 急いでこっそり伸ばしていると、虎太郎が嬉しい提案をしてきた。


「眠れないなら、ちょっと魔法の勉強でもする?」

「! いいの? ……あ、でも、奥村君は寝ないの?」

「僕も興奮してるのか、眠くないな。寝たら勿体ない気がするし……」

「分かる! 貴重な冒険初日だもの!」


 私が力強く頷くと、虎太郎は微笑んだ。


「そうだね。でも、徹夜すると身体が持たないから、気をつけながらやろう」

「うんうん」


 虎太郎の言葉に頷き、焚き火の近くへ移動する。


「僕の服は羽織っておいた方がいいよ。夜は冷えるから」

「あ、うん。お借りします……」


 置いていこうとしていた上着を持ち、羽織って腰を下ろす。

 膝を抱えて座ると、身体のほとんどが上着に隠れて暖かい。

 ほっこりしている私の肩に、芳三が乗ってついてきた。


「お前も話を聞きに来たのか?」

「ぎゃ!」


 虎太郎の質問に元気よく返事をする芳三。

 今更だけど、私達の言葉を理解しているのが不思議だ。


「じゃあ、説明するね」

「奥村先生の授業、始まりね。よろしくお願いします」

「ぎゃっ」

「……よろしくお願いします」


 私がパチパチと手を叩くと、虎太郎は少し恥ずかしそうにした。


「上手く伝えられたらいいけど……。魔法を使う覚える方法は三つ。一つは地道に勉強して……ああっ!!」

「ぎゃ!?」

「!?」


 突然、虎太郎が叫んだことで芳三が落ちた。

 私もびっくり……!

 虎太郎がこんな大きな声を出すなんて何事!?


「どうしたの?」

「勉強で魔法を覚えるのは、こちらの文字が分からないと無理だから、僕達には難しいんだけど……」


 城で文字らしきものを何度か見かけたけど読めなかった。

 会話はできるけど、読み書きはできないようなのだ。

 ……それがどうしたのだろう。


「僕達の文字、こっちの世界の人は読めないはずなのに……。城に残した手紙、日本語で書いてきた……」

「あ! ほんとだ……」


 私も手紙を書いているところを見ていたのに、まったく気がつかなかった。


「ごめん、こういう時くらい私が役に立てたらよかったのに……!」

「いや、僕がうっかりしていたから……。城の人がみつけても星野君達に読んで貰うかもしれないから、不審なグラスの解析は期待できないかも……」


 確かに……一番怪しいのは光輝と樹里だから、自分達のことを書いていたら伝えないだろう。

 二人が犯人じゃないとしても、私達のお願い通りに動くとは思えない。


「私達はもう帰らないつもりだし、犯人が分からなくても問題ないよ。しばらくしたら帰る、って思わせることができたらそれでOKじゃない?」


 項垂れている虎太郎をフォローする。


「……うん。ありがとう。城に戻って書き直すわけにはいかないし、どうすることもできないね」

「!」


 虎太郎は今からでも何とかできないか考えていたようだ。

 気づい瞬間に諦めた私とは違う……!

 虎太郎のといると、感心して見習おうとすることが多い。

 魔法以外にも色々と勉強になる。


「あ、説明が中断しちゃってごめん。魔法を覚える方法についてだけれど、地道に勉強する以外は『スクロール』か『ギフト』がある」

「スクロールは分かるかも。アイテムとして使用したら魔法を習得できるものでしょ?」


 私も子供の頃から、たまにゲームをしているから分かる。

 巻物みたいな見た目をしているイメージだ。


「そう。苦労なく覚えることが出来て便利だよね。基本的にみんな魔法はスクロールで習得する」

「じゃあ、奥村君も?」

「僕は今のところ、全部ギフトだよ。ギフトは、精霊とか聖獣、高位の魔物とか……そういう存在に魔法を与えて貰うんだ」

「魔法を貰うからギフト、か」

「そう。僕が焚火をつける時に使った魔法は、『灯火の精霊』に貰った『炎の種』という魔法だよ。種火を作ることはもちろん、魔力を多く注いだら大きな火を作ることもできるんだ」

「そうなんだ! 私も覚えられる?」

「灯火の精霊がいれば。残念ながら、今はいないけれど……」

「そっか……」


 授業を受けて、「早速、魔法も使えるようにならないか」と期待していたのでとても残念だ。

 火は生活に欠かせないから、いつか絶対火を使えるようになる魔法を覚えたい。


「話を続けるよ? スクロールで覚えた魔法は、普通の記憶のようなものなんだ。だから忘れてしまうこともある」

「漢字とか英単語みたいな?」

「そう。普段使っていると忘れることはないけど、何年も使わないと忘れてる……そんな感じ」

「なるほど……」


 私の頭では、スクロールでたくさん覚えても忘れてしまいそうだ……。


「でも、ギフトで覚えた魔法は忘れないんだ。それに威力も強い上、何より助かるのはお金がかからない。スクロールって高価なものだから、一つ買うのも苦労するよ」

「頑張って買っても忘れるかもしれないし……ギフトしか勝たん、だね!」

「ははっ。そうだね」

「!」


 あれ、今……結構笑っていたかも?

 今までで一番口角が上がっていたような……。

 私がジーっと見ていると、虎太郎は「ゴホン」と喉をならし、仕切り直して説明を再開した。


「ギフトは本来、計画して貰えるようなものじゃないんだ。精霊や聖獣達の気まぐれで与えて貰うものだからね。でも、僕はゲームの知識でギフトを得るコツが分かるから、なるべく魔法はギフトで覚えて行こうと思う」

「うんうん」

「……なんて話していたら、精霊が来たね」

「え? どこに?」

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