ハッピーシガレットは毒の味
トマトと鳩と馴鹿の煮込み物
砂糖の弾丸で風穴を。
甘ったるい匂い。
人工甘味料とごちゃ混ぜなフレーバーの飽和した甘さ。
お菓子屋が近くにある訳じゃない。
それは―—魔法少女だ。
『Pong!』銃声と呼ぶにはあまりにも可愛らしい音が鳴る。
持ち主は眼前に居た。おそらくカラフルなお菓子を模したであろうドレスを身に纏い、少女はこちらへと振り返る。人の顔を見ない僕でも分かる、美少女だ。
「大丈夫ですか」
「あ、ああ。君は、なんだい?」
深夜三時。ゴテゴテとしたピンクの少女はあまりにも世界とちぐはぐで。
「ただの殺人鬼。そういう類です」
答えもまた、似合わない。
『Pong!』『Pong!』『Pong!』けれど、少女の握ったカラフルな拳銃から、そんな軽い音が鳴るたび、悪の組織ヨフカシオニの戦闘員たちは爆ぜていく。内部から膨張して、虹色の液体を撒き散らし。
甘ったるい匂いの元はこれだ。
思わず後ずさる。助けられているはずの僕でさえ、淡々とした処理に恐怖が止まらない。
そんなピンクの魔法少女に痺れを切らし、親玉が現れた。枕を持った、巨大な鬼。丸太みたいな腕はおそらく成人男性すら一撃で殺すだろう。
「俺様の邪魔をするなら―—」
けれど、魔法少女にはそんなことさえ、どうでもいいらしい。
「ポップ・フレーバー・キャンディー」
無感情にそんな呪文を呟き、カラフルな拳銃のスライドを引く。銃口が虹色に輝き出す。
引き金を引くのと同時に、キャンディー柄の閃光が親玉を貫いた。
吐血。いや、吐く液体さえ、どキツイピンク色。
「よくやったポム!」
マスコットらしき得体の知れない怪物が倒れた親玉を〈
「……あの、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。助かったよ。まさかこんなことになるなんてね。……もう、夜出歩くのはやめるよ」
「それがいいと思います」
「ポップルキャンディー!おまじないを忘れてるポム!」
ポップルキャンディーと呼ばれた魔法少女は、隈だらけの目を見開く。それから血まみれの拳銃を僕に向けた。銃口が怪しく光る。
「……よく眠れるおまじないです。おやすみなさい」
意識が遠のく寸前。僕は思い出した。その目は。その昏い瞳は。
「日和、小春……」
カラフルな拳銃が僕を見ている。なるほど、彼女ならその権利があるだろう。
『Pong!』軽い音と共に、全身がナニカに侵食される感覚が広まっていく。口に侵入した鼻血は砂糖菓子のように甘い。
僕も、あの悪党たちのように死ぬのだろう。
怒りはない。これは、当然の結末だ。
日和小春。春を思わせる名前とは裏腹に、物静かな女の子。
―—それは紛れもなく、僕の教え子だった。
☆
金木犀というものが、私は嫌いだった。別に死別した母親を思い出すからでも(そもそも両親共に健在である)、別れた彼氏を思い出すからでもない(そもそも男性と付き合った経験は今だゼロである)。ただ、紅葉した黄金色の世界で主役を待つヒロインのように在るのが許せなかった。要するにただのやっかみである。
さて、何故過去形だったかを話そう。
それは三ヶ月ほど遡ることになる。
あれはそう、この金木犀の下でのことだ。
私は変なぬいぐるみもどきに勧誘されていた。
魔法少女。その四文字を初めて私が聞いたとき、眼前のぬいぐるみもどきを幻覚だと思った。ちょうど強めの向精神薬飲んでたし。
だけど、一晩経って、二日が経って、三日ほど経過しても消えないソレをようやく私は現実なのだと受け入れた。
「君には才能があるポム!助けて欲しいポム!」
前言撤回。私はやはり自分に都合のいい妄想だと思い直した。
何せ、親は放任でいないに等しい。唯一の親友とはほぼ絶縁状態で、学校ではいじめスレスレ。誰も私を認めるものはいない。誰も承認してはくれない。
それが私、日和小春。今年で16歳。多感な時期とかそういうやつだ。
だから。この眼前の巨大な悪魔もきっと私の妄想でしかないはずだ。
そんな希望は、粉々に砕けたアスファルトによって崩れ去る。
ああ、これ、夢じゃないのね。
そう思って、走り出す。
不思議と諦めなかったのは、私が死にたいのであって殺されたい訳じゃあないからだろう。自殺願望というものは、ワガママだ。
「ねえ、貴方なら私を助けてくれるの?」
「もちろんポム!あちきは君を助けられるポム!」
ぬいぐるみもどきはそう言って、一本のステッキを手渡した。
「ほら、祈るポム。ケミカルに、マジカルに」
随分と投げやりだ。今時のヤクザだってもう少しカスタマーに優しい。
ステッキが光る。抗議するみたいに。
ケミカルも、マジカルも、無縁の私には難しい話。けれど身体はピンクの光に包まれる。身勝手だ。
気が付けば、右手にはトカレフを握っていた。どうやらこれが私のマジカルらしい。
「随分と趣味が悪いポム」
「諦めなさいなぬいぐるみもどき」
『Pong!』呆れるほど軽い音がする。反動はないに等しかった。だが、効果は絶大で。悪魔はピンク色の液体をまき散らしながら、爆ぜる。私は一歩も動いていないし、ピンチにもなっていない。これでいいのだろうか。
「うまそうポム!」
死体にぬいぐるみもどきが飛びつき〈
「貴方、人間は食べないの?」
「人間はしょっぱくて好きじゃないポム。でも、君が甘く味付けしてくれるならぜんぜん食べるポム」
いっそ清々しいほど畜生だ。こんな話を聞いて利用しようとする私も同じくらい。
「よろしく。ぬいぐるみもどき」
「変な呼び方ポム……」
私は魔法少女なんて名乗らない。殺人鬼。きっと、これが私には相応しい。
人はまだ、殺したことないけど。
ハッピーシガレットは毒の味 トマトと鳩と馴鹿の煮込み物 @Hatomato_0101
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