第104話 世界イチ愚かで、譲れないもの

 アクションカメラやべえ……!

 画面が全然ブレない、音をちゃんと拾うし、ピントの追いが完璧で……。


「ホタテさん、これすごいですね!!」

「いいでしょ、最近出た中ではダントツ」


 そう言ってホタテさんは笑った。

 今日は紗良さんが住んでいる町の秋祭りに行く。その前にホタテさんに「撮影手伝って」と言われてヘヴィメタライブの撮影に行った。都内の小さなスタジオだったんだけど、撮影スタッフはちゃんといて、俺は何をするんだろうと思ったら、裏側専門の撮影班だった。

 準備をする人たち、メイク、会場スタッフ。それに出演者の人たちが俺の「さくらWEB撮影班」という札を見て、近付いて話しかけてくる。

 俺はホタテさんの指示で帽子をかぶり、目の高さにアクションカメラと言われるものを身につけた。動きに強くて軽いとは聞いてたけど、なにしろ高いし、高校生が買えるようなものじゃない。

 でも前にメン地下の人たちが沖縄旅行に行き、画質も音も良いなと思って聞いたら、やっぱりアクションカメラで撮影していた。

 最新のやつはとにかく小さくて、帽子の一部にクリップのように取り付けられる。視線と同じ高さにそれを設置してるから、まるで同じ場所にいるような映像が撮れて、なにより驚いたのは、顔のすぐ近くにあるから、俺の声ばかり拾うとおもったら、マイクが優秀らしく、前や左右に居る人の声をメインで、すごくキレイに拾っていることだった。

 撮影から戻ってすぐにさくらWEBのパソコンに取り込んだけど、段違いの音声に感動が止まらない。 

 そして動画編集のお代として、アクションカメラを今日、紗良さんのライブに借りて持って行っても良いという許可も得た。

 うおおおおお!! 俺は紗良さんがピアノを弾くと聞いた時から悩んでいた。

 動画も写真撮影もしたい。でも手が足りない、それに拍手もしたい!!

 それにiPhoneはマイクが良く無くて、音楽の撮影にiPhoneは向いてないのでは……と思い始めていたからこれは本当に嬉しい。


 俺は15時すぎには仮編集を一本終わらせて、さくらWEBを出た。

 帽子もクリップもそのまま借りたので、それをカバンの中に入れた。

 あまりに良いから個人的に欲しいな……と値段を調べたら余裕の20万越えで驚いた。

 俺は無造作にカバンの中に入れたアクションカメラをタオルで包んだ。でもiPhoneプロは20万くらいするからアリ……いや、高すぎる、無理。

 12月は紗良さんの誕生日で、そこでお金を使いたい。

 まず大人っぽい服を買う。この前中園と品川さんと一緒にホテルブッフェ行った時に分かった、俺はああいう所にいく服を全く持って無い。

 でも俺がスーツを着るとどこかの新人営業みたいになるんだけど、どうしたら良いのか分からない。

 そしてプレゼント、ブッフェ代金……もうそれだけで結構な金額だ。

 最近は唐揚げ配達のバイトを減らして、さくらWEBの編集仕事を請けてるけど、お金が支払われるのが遠すぎる。

 唐揚げ店の店長は「お金すぐほしいっしょ」と週払いで本当に助けられていた。安城さんに交渉して週払い……大きな会社は無理だよなあ。

 お金の計算をしている間に電車は紗良さんが住んでいる最寄り駅に着いた。


 この駅は、何度か来たけれど、商店街が大きくて活気がある良い町だ。

 紗良さんに連れてきてもらった駅の上にある店のオムライスも美味しかったし、北と南に広がる商店街は小さなお店も多くて楽しい。 

 紗良さんのお父さんが長く住んでいて愛している町……なんだか分かる気がする。

 電車から降りてホームを歩いていると、ホームから見える場所に吉野花江さんのポスターが大きく貼ってあり「おお」と思った。

 地元の議員って感じだ……と思いながらホームを歩いて南口に出ようと思っていたら、反対側のホームを友梨奈さんが歩いているのが見えた。

 お。友梨奈さんも紗良さんのライブを見にいくのか……と思ったら、友梨奈さんの後ろを歩いている人影が見えた。

 身長が高くて上下黒を着ていて、身体ががっちりしているように見える。

 俺は立ち止まって、その男が誰なのか確認する。


 ……匠さんだ。


 俺の身体にぞわりと鳥肌が立った。

 暴力をふるい、別れた男が友梨奈さんの後ろを歩いている。


 俺はスマホを取り出して友梨奈さんに連絡しようと思って、連絡先を知らないことを思い出した。

 紗良さんに……と思ったけれど、もう準備中だろうし、連絡するより直接追ったほうが早い。

 この駅は、線路をセンターに俺がいる上りホームが南口、友梨奈さんと匠さんが歩いている下りホームが北口に直結している。

 北口から南口に渡る改札は踏切が閉まっていて、どんどんふたりが遠ざかって行くのが小さく見えた。

 友梨奈さんは後ろから来ている匠さんに気が付いているのか、居ないのかも分からない。

 上りしか電車が来ない表示だったのに、下りのライトも付いて、俺は待つのを諦めた。

 踏切前から移動を始めて、地下通路を探す。結構離れた場所にあり、そこまで全力で走る。

 心臓がバクバクと音を立てていて、口を大きく開いて息を吸った。

 匠さんは炎上したあと、SNSのアカウントを全て消していた。

 お父さんも市長選から下ろされて、なんだか大変なことになっている……そこまで知っていた。

 友梨奈さんと待ち合わせ……? それならもっと前に一緒に歩き始めてるだろう。


 これは絶対に変だ。


 俺は全力で地下通路を走り北口に出て、ふたりが歩いていったほうに向かう。

 走りながら気が付いたけど、紗良さんがライブを行うジャズバーは南口にある。家も南口だ。

 だから北口を友梨奈さんが歩いてるのはおかしい。バーに向かうなら踏切を渡って南口に来るはずだ。

 それなのに、どんどんジャズバーから離れていっている。


 ひょっとして友梨奈さん、追われてることに気が付いてる……?


 そしてもしかして……。嫌な予感がして俺は必死に走る。

 商店街を走り抜けて大きな道に突き当たる。心臓がバクバクと大きな音を立てて息が苦しい。

 左右を見て目をこらす。どっちだ、どっちに行った……?!

 そして少し離れた歩道橋を歩いている友梨奈さんを見つけた。その後ろを匠さんが歩いている。

 俺は本気を出して走り始めた。道は幹線道路の歩道で、アスファルトが木の根のせいでボコボコしている。

 だからメチャクチャ走りにくいけど、そんなこと言ってる場合じゃ無い。

 嫌な予感がして、自分の心臓の音しか聞こえなくなっていく。

 耳が遠くなり、横を走っている車の音も聞こえない。

 車が走り抜けるたびに強風が吹いて、それだけで身体がグラグラする。

 くそ、間に合ってくれ!

 歩道橋を一段飛ばしで駆け上がる。最近走ってなかったから足が重い、マジで配達のバイト減らして運動量が減っている。

 膝がガクガクして身体を支えきれず、思わず歩道橋に手をついて、それでも顔を上げてふたりを追う。

 見失ったらお終いだ。

 歩道橋の向こう側の道……ついに友梨奈さんが走り出した。その速度がメチャクチャ速くて俺は驚いた。

 そうだ、友梨奈さんはすごい足が速いって紗良さんが言ってた。そして匠さんは身体が大きく、友梨奈さんに遠慮無く走り寄っていく。

 駄目だ、絶対に駄目だ!! 俺は全力で走って走って走った。

 友梨奈さんの目の前の信号が赤になり、右側に右折して逃げようとする。匠さんが手を伸ばして友梨奈さんの髪の毛を掴んだ。

 友梨奈さんが悲鳴を上げて引っ張られて座り込んだ瞬間、俺は追いついて叫ぶ。


「お前、本当に!!」


 そのまま匠さんの背中を掴んで、地面に押しつけた。

 匠さんは俺に掴まれてそのまま地面に膝をついた。

 俺は友梨奈さんの方を見て叫ぶ。


「友梨奈さん、大丈夫?!」


 友梨奈さんは髪の毛に触れて、その場に座り込んだ。

 顔面真っ青で震えている。それでも口を大きく開いて、


「……やりやがった、ざまあ!!」


 匠さんは地面に座り込んだ状態で、


「髪の毛掴んだだけじゃねーか!! 離せクソが、俺は友梨奈と話したいのに友梨奈が会わないから話がしたくて追ってただけだ」

「すいません、誰か、警察お願いします、今すぐに!!」


 友梨奈さんが叫ぶと自転車で通り掛かっていた人たちが立ち止まり、スマホで連絡。

 そして目の前のコンビニから店員たちが出てきて、友梨奈さんを店内に入れてくれた。

 俺の膝の下で匠さんは「何もしてねーだろ!!」と叫んでいる。

 走りすぎて息が苦しくて、吐き気がする。足が重くてその場から立ち上がれない。

 でも絶対匠さんを地面に押しつけている身体も、手も動かすことは出来ない。

 俺が汗だくで疲れ果てているのを見て、匠さんの周りに数人の男性が座り込み見張りをはじめた。やがて匠さんは動くのをやめて地面で静かになった。

 俺はもう疲れて、匠さんを押しつけていた体勢を解いて、地面に座り込んで大きなため息をついた。

 ……捕まえられて良かった、止められてよかった。

 俺は背中にリュックを背負ったまま、地面に転がって息をした。

 汗が引く頃にはパトカーがきて、匠さんはパトカーの中に連れて行かれた。

 俺は警察の人に経緯を説明した。このまま警察署に……という雰囲気になり、俺は叫んだ。


「あのすいません、俺と……あの、コンビニの中に避難してる女の子、友梨奈さんなんですけど、同じものを見に来てて! それだけ見に行ってもいいですか? その後すぐに警察に行きますから」


 もう紗良さんの演奏が始まる10分前だった。

 警官の人も、秋祭りの会場から来たらしく、すぐに理解してくれて、とりあえず匠さんだけ警察に連れて行き、俺たちは演奏後に警察署に行くことになった。

 匠さんがパトカーに乗って去ったあと、コンビニから友梨奈さんが出てきた。

 さっきまで興奮状態で叫んでいたけれど、今は完全に憔悴しているように見える。

 髪の毛もグシャグシャだし、顔色も悪い。

 俺たちはゆっくりとジャズバーに向けて一緒に走り始めた。俺は友梨奈さんのほうを見て言う。


「……走れる? 髪の毛引っ張られた所、大丈夫? 他に怪我はない?」

「うん、平気。ありがとう」


 友梨奈さんは小さく頷いた。

 俺は少し速度を落として友梨奈さんのほうを見る。


「それで……いつから気が付いてたの? 匠さんが付いてきてるって」

「……駅」


 俺はその言葉を聞いて立ち止まる。


「俺が現行犯じゃないと暴行罪は捕まえられないって言ったから、手を出させようと思った?」


 友梨奈さんは立ち止まって、左右にブンブンと首を振って、


「だって!! 悔しかったんだもん!! 勝手に失脚して消えていくの、悔しかったの!! 私がアイツを葬りたいって思ったの!! だから後ろを付いてきてるのを見て、そのままコンビニとかに逃げこめば良いと思ったんだもん!! 現行犯でしょ?!」

「友梨奈さん、悪いコトするやつはさ、目の前で何かしないんだよ。捕まえて、離れて、離れて、ビルの影とか、人目に付かないところで、そこまで連れ込んで一生物の傷を友梨奈さんに残す」

「っ……」

「悪いのはあの男だよ。友梨奈さんに酷いことをした。間違いなく悪い。でもそれに気が付いて罠を張るなんて、絶対にしちゃいけない。絶対に。危ない。本当に、絶対駄目だ。気が付いたらすぐに知り合いがいる所に逃げないと」

「アイツが勝手に付いてきたのを利用しただけ。アイツが最初に私に悪いことしてるのに!!」

「それで友梨奈さんが傷ついたら、意味なんて無いんだよ。友梨奈さんが一番大切でしょう」


 俺がそう言うと友梨奈さんは唇を噛んで涙をポロポロとこぼし始めた。

 そして、


「これでアイツ捕まる?」

「……現行犯だからね。どこまでするか……は友梨奈さん次第だけど」

「負けで終わりたくなかったの。私がトドメをさして、終わりにしたかったの、どうしても。だから状況を利用しただけ」

「友梨奈さ……」

「でも!!」


 友梨奈さんは涙を拭いて俺の方を見た。

 こすった目は真っ赤で充血していて、まつげは涙で濡れていて、口元が震えている。


「メッチャ怖かったから、さすがに無理だって学んだ。ちょっとナメてた。ふつーに危なかった」

「……そうだよ。もう、……そうだよ、駄目だよ」


 俺がそう言うと友梨奈さんは再びポロポロ涙を流しながら走りはじめ、


「合気道とか、柔道とか、ボクシングとか、やる。こんな方法じゃ駄目だ、私が痛い方法じゃ、駄目だ」

「……そっちに行くんだ……ていうか、そういうのしてても無理だって聞くよ、咄嗟だと」

「……お姉ちゃん怒るかな?」

「ガチ切れすると思う。覚悟したほうがいい」

「罠はったの、秘密にしたら?」

「友梨奈さんはまたするから、俺が全部言う」

「融通きかねぇなあ、これだからクソ真面目な男は……」


 そう言った友梨奈さんの表情は泣き顔だけど、クシャクシャな笑顔で、やはりどこかスッキリしていて。

 それでもどこか悲しそうで怯えていて、俺は無言で背中に手を置いた。

 すると友梨奈さんは俯いて走りながら、


「……ごめんなさい……ごめんなさい……すいませんでした……」

「悪いのはあの男だよ。でも良かった、偶然見つけられて。本当に良かった、助けられて、良かった」


 俺たちはもう時間ギリギリすぎて、ぜーぜー言いながら駅まで戻り、銭湯に走り込んだ。

 なんとか間に合った!! 


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