第101話 星が過去に光るならば

「……やべぇ。熊坂さん、ここまで踊れるのやべぇ」


 俺は平手が撮影した動画を見ながら呟いた。

 基本的には俺が編集、平手が撮影を担当してるんだけど、届いた動画がヤバすぎる。

 まず、たった四日で全て頭に入れた恵真先輩が手本を見せる。それを熊坂さんが真似る。そして恵真先輩がアドバイスすると、次には半分くらい守って踊れてるんだ。

 穂華さんも同じように踊ってみるけど、一度や二度アドバイスされた程度では全然動けなくて苦労している。

 ていうか、それが当たり前だと思うんだけど。

 熊坂さんのカンが良すぎるんだ。

 でもよく分からないんだけど、この三人が同時に踊ってるのを見ると、一番魅力的なのは穂華さんなんだよな。

 魅力的というか、一番目がいく。

 人間味というか、ダンスに妙なパワーがある。

 俺、ダンスなんて大嫌いなのに、見ててこっちの身体が自然に動くような感覚になるのは穂華さんだけ。

 芸能人ってこういうことが大切なんじゃないの……? と考えながら編集していたら窓の外で中園が叫んだ。


「陽都おおおお~~~。まだ蚊が、蚊がやべえ、9月なのに、蚊がやべえ」

「蚊取り線香は?」

「焚いてるけど、これ効いてんの?! 俺が蚊だったらこんな煙なんて屁でもないけど」

「お前、ヘボいけど一応人間じゃん?」

「手伝えって!! 母ちゃんから賄賂もらうんだろ、やれよ!!」


 庭で中園が叫んでいる。しかたねーなー。俺はノートパソコンの前から離れて庭に向かった。

 今日は旧中園宅に来ている。月に一度くらい庭の掃除をしないと、家はすぐに死ぬらしい。

 この家は、電気の契約を最低減にして? 住める環境を保っているらしい。そしてその料金は、なんと中園がブロゲーマーで儲けているお金から払ってるらしく、高校出たら中園名義の家にするらしい。

 19才にして一国一城の主……というとカッコイイけど、雑草めんどうすぎね?

 俺はカマを持って庭に出て……すぐ大きな石の上に座り込んでしまった。


「……雑草エグくね?」


 刈り取った雑草が石畳の上に山盛りになってるけど、それでもまだモコモコと茂っているのが分かる。中園はお茶を飲み、


「モッサモサだぞ、マジで。庭師の人に任せっきりだから、知らなかった」

「え、その抜いた雑草どうすんの?」

「ここら辺に放置しとくと、太陽の光でカリカリになるから、それを燃えるゴミに捨てる」

「めんどくせえ……」


 俺は持っていたカマを石の上に置いた。

 ストーカー事件が夏前にあり、中園の母さんはわりと早めに駅前のマンションに移動した。

 そして中園はさくらWEBのマンションに避難して、ほぼ二か月間この家の雑草や掃除は放置されていた。その結果あっという間に廃墟のようになってしまった。

 最初来たときは、庭にゴミが投げ込まれて、ポストの中には無限のチラシ、雑草は伸び放題で本当にひどい状況だった。

 二か月でこんなことになるのか。俺と中園は朝から家にきて、たまに休憩しながら作業してるけど、全然進まない。

 イヤイヤながらも、なぜ俺が中園の手伝いをするかと言うと……中園の母さんがこの前、こう言ったのだ。


『陽都くん、彼女できたの? なんでも聞いて? お母さんには秘密にしてあげる!』


 俺は「マジすか……」と思わず呟いてしまった。

 中園の母さんは洋服関係の仕入れとかをしていて、雑誌にもインタビューを持っているオシャレの塊のような人だ。

 中園のイケメンエキスは、母さんの美貌から来てるといっても過言では無い。とにかく美人だ。

 いや、親父さんもイケオジだから、両方からだ。羨ましい遺伝子の集合体……それが中園だ。

 中園の母さんは自分の会社を持っていて、時間を好きに管理して、学校行事とかに毎回ちゃんと出て、PTAもガッツリやっている。

 うちの母さんは絵に描いたような普通の母さんなのに、中園の母さんと仲良しなの、少し意味が分からない。

 でも家の管理を手伝うことで、オシャレな情報が手に入るなら安い……!

 俺は12月の紗良さんの誕生日に、なにかプレゼントをしたいと思っている。そんな高いものは紗良さんも望まない、たぶん。

 むしろ困らせてしまいそうだ。だからこそ「センス」とか「気持ち」みたいのを送りたいんだけど、もう何もかも分からない。

 だからって品川さんに聞くのも店長に聞くのも恥ずかしいし、ネットは情報が多すぎて逆によくわからん。

 安城さんに頼んでホテルのブッフェだけは押さえて貰えそうだから、何かプレゼントしたい。

 オシャレの塊、中園の母さんならきっと良いものを教えてくれる。

 ゆえに家の手入れを手伝うことにしたんだけど……この家は庭がデカくて、とにかくやべぇ。

 俺はさっきから、少し作業したらパソコン前に逃げてるんだけど、中園はわりと真面目に作業してる。

 意外だ。雑草を抜いて集めて、庭師の人にiPhoneの動画で繋いでアドバイスもらいながら、木を切っている。


「陽都、これ紐で縛る。そこ持って」

「おけ」

「育って道に出ると駄目だってさ……っと」


 中園は道路のほうに倒れそうになっていた木を紐で縛り、反対側を家の木に縛った。

 運動が嫌いだと叫んでるわりには手慣れている。

 

「……プロゲーマー兼庭師ってどうよ」

「新しすぎだろ」


 そう言って中園は笑顔を見せた。

 基本的にパソコンの前で巨大ヘッドホンしてゲームしてるか、女の子とヘラヘラしてるか、学校で寝てるか……それが中園の基本イメージだけど、ボロボロの白TシャツにGパンで、頭に温泉タオル捲いて作業してる中園を好きな女子は多いだろうな。

 俺は落ちている葉を集めながら、


「中園、女の子入れないって言ってたけどさあ、絶対『家事する』って女が入り浸るよ。賭けても良い」

「もうマジでストーカーが怖ええ。だからここは誰にも教えない。俺の最後の館。てか陽都、一緒に住もうぜ」

「ふざけんな、俺が通いたい大学、ここから電車で一時間半だぞ。家出るなら大学の近くにひとり暮らししてーよ。紗良さんもなんとなく決めてる大学があってさ。ふたりの中間地点とか、俺もう夢見ちゃってるんだけど。イヤ俺入り浸っちゃうかな~~」


 紗良さんは都市計画に興味があって、そっち方面を調べていて、なんとなく行きたい大学も聞いている。 

 それは俺が通いたい安城さんの所とそこまで遠くなく、なんとなく、まだ姿も形もないけれど、近くに……いや一緒に……うひゃあ~~。

 俺は雑草を抜きながら、


「紗良さんの作ったご飯、超食べてー! 紗良さんすげー料理上手なんだよ」


 浮かれる俺の前で中園は冷静に、


「陽都は飯作れないだろ。まさか全部吉野さんにやってもらうつもりなのかよ」

「……いや、電子レンジなら使えるし」

「小学生でも出来るだろ!」


 中園は笑った。

 ……確かに。紗良さんと一緒に暮らすドリームすぎて興奮が止まらないと思っていたけど、紗良さんはすごく俺に気を遣いそうだ。現時点で紗良さんは家事を完璧にして、食事も上手に作っている。

 俺は……。


「……まあ確かに現時点では何も出来ないな」

「吉野さんが自立して数年たってキャリア積むまで待てよ。お前の世話に時間使わせるなんてある種のDV、自立してから住め」

「お前どこのオカンだよ!!」

「陽都は俺と住んで生活のレベルあげて。それでも女のが良いと思ったら出て行くべき」

「ふざけんな、お前が寂しいし、家事したくねーだけだろ!!」

「そうとも言う。なあ腹減ったから、そば茹でようぜ」

「ガス通ってんの?」

「通ったまま。俺だって月に一度はここ泊まるもん。陽都も泊まろうぜ」

「俺の家がすぐ近くにあるのに、何でだよ!」


 俺たちは笑いながら台所に行き、中園が持って来た超巨大な鍋にお湯を沸かしてそばを茹でた。

 中園は「陽都は飯作れない」とか言ってたくせに、茹でたそばの熱さに大騒ぎして、どう考えて俺と同レベルで笑った。

 なんだかヌルヌルしてるソバに、冷やし忘れたヌルいそばつゆと、パックのネギ。

 それでもまあ腹が減りすぎていたから、ふたりで山盛り茹でて食った。


 


 夕方には、これならゴミを投げ捨てられないだろう……という所まで片付いた。

 そして完全に真っ暗になった頃、中園は「今日のメインはここからだぜ!」と俺を二階の屋根裏に続く階段に呼んだ。

 その階段には電気がなくて、ものすごく暗い。スマホで照らしてる所しか見えない。

 俺は震えながら、


「……なあちょっと待てよ。日本人形は? あれ片付けてある?」

「あれは全部母さんが捨てたよ。だってもう何年前のかわかんねーし。おっわ、木の階段マジでキーキーうるせえ」

「無理無理無理無理。やっぱ怖くね?! なんで二階の電気全部つかねーんだよ」

「二階にこねーし」

「今来てるじゃん! なう!! こえーよ!!」


 節電のために? 使わないから? 二階の電球はすべて抜かれていて、とにかく怖い。

 そこから更に細く長い階段を上って屋根裏にいくとかマジ怖い。どうしてこんなリアルホラーゲーしなきゃいけないんだ。 

 でも15分もしたら暗闇に目が慣れてきて、月明かりがある屋根裏に到着する頃には少し明るく感じて落ち着いた。

 屋根裏は、天窓っていうのだろうか、空が切り取られたように見える窓がある小さな部屋だった。

 そこに一組の布団と、あのマンションで見た天体望遠鏡が組み立ててあった。

 中園は天体望遠鏡の前に座って、床をタンタン叩いた。


「陽都、ここに来いよ。俺昨日もここ泊まって見てたから、たぶん完璧。ほれ、見てよ」

「……へえ、これが何なの?」

「水星」


 中園は楽しそうに天体望遠鏡をつかいこなして、俺に水星を見せてくれた。

 それはただぼんやりとした白い丸で、イマイチ感動が分からないけれど、中園が言うならこれが星なんだろ? とは思う。 

 俺は天体観測の趣味がないから、正直よく分からない。

 中園は暗闇で膝を立てて嬉しそうな声で、


「水星は日の入後しか見えないからさ。この時間帯がベスト。水星の高度は20度くらいしかねーから、うちみたいな高台の家じゃないと無理なんだよな。家のすぐ横にある街灯も消してるから、すげーキレイに見えるんだ」

「……お前マジで詳しいんだな」

「だってかっけーじゃん。今年の12月に月に木星がめっちゃ接近するんだよ。マジで宝石みたいにキレイだから一緒に見ようぜ」

「いつだよ」

「12月23日」

「なんでお前とクリスマスしなきゃいけねーんだ!!」

「俺じゃなくて、星がクリスマスを知らせてるだけ。あはは、俺、桜子さんと同じこと言ってるわ」


 俺は真っ暗なのもあって、布団に転がり、ずっと聞きたかったことを口にした。


「お前、その桜子さんって人のためにここ売るのやめて、天体望遠鏡置いてるんだろ。もう会えないのあの人? 学校とか仕事先で食い散らかさないで、その人だけでいいじゃんよ」


 昨日の穂華さんの雰囲気とか、熊坂さんとか、その他色々。

 中園を好きになって報われない奴らは俺が知ってるだけで両手両足じゃ足りない。

 別に人の恋心なんてどうでもいいけど、穂華さんは結構仲良くしてるし、何より紗良さんがムクれるし、好きな人がいるならそれを公表すれば良いのにと思ってしまう。

 屋根裏は真っ暗で中園の表情はうっすらしか分からない。

 中園は天体望遠鏡を覗いたまま、


「俺がさあ、死ぬほど有名になって、テレビ出て、有名ドラマとかキメちゃって、それでも桜子さんがここに来なかったら、もうきっと桜子さん死んでるわ」


 なんじゃそら、答えになってねー……と思いながら何も言えない。

 だってそんなの、桜子さんのためにこの家守りたいと宣言してるようなもので。でも会えない事情があるのか……よくわからん。

 でもなんとなく重たそうな事情が転がってるのが分かったから、明るいところで普通に聞けなかったんだ。

 中園は星を見ながら、


「桜子さんは、品川さんに似てる。すげー大人で、正しくて、それで優しくて、間違いを許さないし、たぶんひとりで子ども育ててる」


 だったらばあちゃんのマンションに居たりして。

 いやさすがにそれは無い。桜子なんて名前の人は俺の記憶にはない。

 中園は続ける。


「桜子さんのことは、もう全然気にしてないと思ったんだけど、家出てから『駄目だわ』って気が付いた」

「相変わらずおせーな。でもまあ、分かるかな」


 俺も中学の時の話、全然気にしてないと思ってたけど、口にしてみたら死ぬほど落ち込んだ。

 してみて落ち込む、やってみて気が付く、そんなもんだって気がする。

 その後もたいして興味が無い星を延々見せられて、泊まれ泊まれと言われるのを振り切って中園の家を出た。

 屋根裏で寝ようとか言うし、マジで意味わかんねー、どんなホラーゲーだよ!

 でも何となく気になってたことは聞けたし、たぶん誰ひとり中園の彼女になれないことも分かった。

 てか。俺高校出たら紗良さんと一緒に住むか、近くに住みたかったんだけど、無理? えー?

 確かに家事はなにひとつ出来ないから、現時点だと紗良さんに甘えることになりそうだ。

 洗濯物くらいから始める……? と思うけど、家帰ったら何もしたくねーんだよなー。だってやってあるし。

 俺は月明かりで照らす道をゆっくり歩いて家に帰った。

 





 


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