第100話 一番悪い子?

「ホタテさん、この曲どこまでギターのソロが続くんですか」

「このバンドにソロという観念は無いわね」

「え……じゃあこれは……」

「全部サビよ」


 俺はその言葉を聞いて「なんだそれ……?」とホタテさんを見た。

 ホタテさんは横で作業をしながら「よし、これでいいかな」と頷いた。

 俺は編集作業を続けながら、


「ヘヴィメタ、本当に分からないのに、この編集、俺がして良いんですか」

「陽都くんライブ編集の才能あるわ。スイッチングカメラも一度やりましょう。ライブ楽しいのよ。それにほら、これやってあげるんだから!」

「……はい、すいません。よろしくお願いします」


 俺は頭を下げた。

 今日はさくらWEBに頼み事があってきた。

 昔のスパイダーを、恵真先輩、穂華さん、熊坂さんですることになったんだけど、音源がなくて。

 神代さんはどうやら当時の吹奏楽部に頼んで曲もオリジナルで発注をかけて、今のスパイダーの元になる曲を作っていた。

 今の曲とは微妙に違っていて、原曲が入ったテープを必死に探したら、見たことがないテープみたいなものが出てきた。

 さくらWEBの技術部の人たちに聞いたら「これはホタテさん案件だ」と言われた。

 ホタテさんに聞いたらDATと呼ばれるもので、昔の高音質のテープのようなものだった。

 ホタテさんは私物だという再生機器を何個も繋いでiPhoneにデータを入れてくれている。

 音楽オタクと言い切ってしまったら悪いのかもしれないけど、オタクすごい。

 でもホタテさんは家庭環境が変わっていて……。俺は作業をしながら、


「ホタテさんは家業を継げとか言われないんですか?」


 ホタテさんは保立物産という会社の三男……おっと怒られる……三番目のお子さんだ。

 でもヘヴィメタを愛してて、その番組を作るためにさくらWEBを作り、安城さんを引っ張り込んでここまで作り上げた人だ。

 ちなみに安城さん曰く「信じられないくらいコアなファンが10人くらい10年ずっと見てる」らしい。面白すぎる。

 ホタテさん自身は両足の間に紐があり、ついでに身体と腕も紐で繋がってる服を着て、首にも紐が巻き付いている。

 中園と「蜘蛛の巣に捕まってるみたいじゃね?」と言っているのは秘密だ。でもそれくらい身体の至る所に紐がある。

 ホタテさんは作業しながら、


「うちは長男がすごいの。バリッバリにお仕事楽しい~! って感じで親父とも好相性。次男は船が大好き。とにかくデカい船を運転するために高校から専門のところいって、ずっとタンカーに乗ってるわ。一応うちの系列会社保立運輸だからね。だから私の所まで文句はふってこない。問題おこさなきゃオッケーと思われてるわ。陽都くんの所こそ大変なんじゃないの?」


 その言葉に俺はキョトンとする。


「え? 俺? うちは会社とかやってないですけど」

「綾子さんの跡を継がないの?」

「えーー? 考えたことなかったです。えーーー?」


 俺はあまりに予想外の言葉に目を丸くしてしまった。

 ばあちゃんって、あんなドンみたいに、人を引き連れて色々するってこと?

 ついこないだ会ったばかりで、やっぱばあちゃんすげー! となったので、考えられない。

 俺は左右にブンブンと首を振り、


「ないですないない。絶対ないです。レベチですよ、うちのばあちゃん」

「綾子さんだってもう若くないし、湊不動産は実質綾子さんが社長だし。綾子さんが居なくなったらかなりの量の部署が倒れるけど。あれかしら、天馬さんが継ぐのかしら」

「……そう聞くと俺のが良いんじゃね? って思っちゃうんですけど」

「あははは! 陽都くんひとりっこだっけ?」

「そうです。だからこう人と比べられたりしてないので、慣れてないです。比べられるのってこんなにクルんですね」

「私も学生時代は兄たちと比べられたけど、言ってるほうは比べてるつもりが無いものね。天馬さんがいるから楽にすれば? って気持ちで言ったもの。だって持ってるものが全然違うじゃない、天馬さんと陽都」


 聞きながら、なるほど……と思った。

 なんか名前を出されるたびに、負けたくねえと思うけど、よく考えると俺にあんな冷静さはない。恵真先輩を上京させるような強引さも持ち合わせていない。

 でも恵真先輩が頑張りたいと思った時に、こうやって手伝うことが出来るのはきっと俺のほうで……。


「……たしかに俺はただ何か作ってる人って感じがします」

「そうじゃなきゃここに居ないでしょ。はいデータになった。ていうかすごいわね、神代監督。高校の文化祭でここまでしてたのね。曲もいい。これは良い曲よ」


 そう言ってホタテさんはiPhoneに入れた音楽を聴かせてくれた。

 それは音楽なんて全然詳しくない俺でも「カッコイイ」と素直に思えるもので、聞き終わってから拍手してしまった。

 ホタテさんに「ライブのお手伝いします、勉強させてください!」と約束して、俺は音楽データを持ち帰った。




「陽都くん、これとっても素敵だと思う。私、今ね、頭が音楽モードから分かる。素敵な音楽」


 次の日、データになったスパイダーの曲を聞かせたら、紗良さんがとても気に入ってくれた。

 そして「これ……お昼の放送で流して貰えないかしら」と言い出した。

 どうやら放送委員に知り合いがいて、一緒に交渉に向かった結果、ふたつ返事でOKが出た。

 そもそもスパイダーに立候補者がふたりいて、サイトをはじめていることもみんな知らなかった。

 一応先生が学活の時に言ってたけど、あんなの誰も聞いてないよな、わかる。

 俺たちは一年生の春からスパイダーを練習させられて、スパイダーの音楽自体には聞きなじみがある。

 でも神代さんが作ったスパイダーの原曲は、俺たちが知っている曲と、ちょっとだけ違うんだ。

 それが面白くて、思わず「あれ……知ってるのに知らない曲だ……」となる。

 これを聞いてもらうことで、サイトに興味を持ってくれる人は増えそうだ。

 俺たちはゆっくりと専門棟を歩いた。もう学校は終わっていて、三人は旧音楽室で練習していて、それを平手が撮影しているはずだ。

 専門棟の三階廊下には映画部以外の部室はなく、俺は横を歩く紗良さんの手に触れた。


「お昼の放送で流してもらうの、すごい良いアイデアだと思う。それにどこでも知り合いがいるし、みんな紗良さんのお願いなら聞いてくれる。俺が持って行っても『その前にあなた誰ですか?』だと思う」

「えへへ。各委員の委員長はね、わりと集められるのよ。それにそういう係をする人って高二にもなると決まってるの。だからみんな知り合いだし、助け合うの」

「同じ村の住人みたいな感じ?」

「そうそう。優等生組。でも……」


 紗良さんは廊下をサッと見渡して手を引っ張って俺の耳元で、


「一番私が悪い子かも」


 そういって俺の前で目を細めてニシシと笑った。

 メチャクチャ可愛い。抱きしめてキスしたすぎる。捕まえようとしたらスッと離れて真顔になり、


「学校ですよ、辻尾陽都くん。何をしようとしてるんですか。早く旧音楽室に行きましょう。もう片付け終わったみたいですよ?」

「……吉野紗良さん、ちょっとまってください、俺のこと煽り罪で逮捕します」

「聞いたこと無い!! もう廊下で遊んじゃ駄目なんです!」

「煽り罪です」

「意味わかんない~!」


 俺たちは笑いながら旧音楽室に向かった。

 紗良さんが可愛すぎる。

 旧音楽室に近付くと、もう音楽が聞こえてくる。それはさっき放送部の人に渡してきたスパイダーの原曲だ。

 廊下には荷物があふれ出していて、とりあえず全部出しました! という感じがすごいけど、一応学校行事のためにしてることだし、先生の許可は取った。荷物を避けて中に入ると、ガランとした空間が広がっていた。


「……おおすごい、何もない。スタジオみたいになってる。おっわ、穂華さん」

「ああー……辻尾先輩と紗良っちぃぃ……。もうヤバいんです、恵真先輩、ひとの10倍はやく動くんです、散々踊ったのにまだやるって言うんです、ヤバいんです、ヤバいんです、この人鬼神です、無理です~~~」


 旧音楽室を覗いたら、ひたすら踊り続けている恵真先輩と、入り口付近でぶっ倒れている穂華さんがいた。

 それを平手がニコニコ笑いながら撮影している。平手は録画をとめて、


「めちゃくちゃ面白い。機械みたいな恵真先輩と、人間の塊の穂華さん、そして才能でなんとかしていく熊坂さんの熱い闘いだよ」

 転がったまま穂華さんはグルングルンと床を転がってこっちに移動してきて、

「熊坂先輩も化け物ですよーー。教えられたらすぐ出来るの。私が一番凡人だーーー踊れないーーーしかもこれただの学校行事ですよ、JKコンみたいに得もない、レッスン以上にキツいのに何もない~~もう疲れた、いやだあー」


 俺は近くにあった椅子に座り、


「恵真先輩、さくらWEBにチャンネル作ったのに全然動画アップしてないから、俺、安城さんに聞いてみたんだよ」

「えっ、まさか?!」

「学校側がOKならさくらWEBで流しても良いって言ってたよ」

「マジすか?! さくらWEBに流して貰えるならやります!! 平手先輩、撮って撮って!!」


 そう言って穂華さんは立ち上がり、恵真先輩と踊り始めた。

 得がないと動かないすがすがしさ……これぞアイドル。平手も「よし頑張ろ」と撮影を再開した。

 ホタテさんに聞いたんだけど、さくらWEBで4BOXをもっと劇場化した内容で、映画を作りたいという企画があって、そのぜひお願いしたいリストに神代監督が入っているらしい。さすがに無理じゃねと思うけどホタテさんは「ゴマが一粒くらいスレるわ」と言っていた。

 ゴマ一粒……まあ、でもそれは誰も損しないゴマだから、別に良いと思う。



「これで経緯は説明できた……のか……?」

「うーん。俺たち全部内容知ってるから難しいよね」

「客観視ムズすぎね?」


 紗良さんはバイトと塾だからと言って帰った放課後。

 俺と平手はひたすら編集をしていた。さくらWEBの恵真先輩のページに載せてもらうなら、もうちょっと説明が必要だろうと作り始めたんだけど、やりはじめたら楽しくて、外が暗くなってきてしまった。今日は俺も塾だからもうそろそろ出ないとマズい。

 相談相手が居て編集してるのは楽しくて、ずっとダラダラやってしまう。

 帰ろうとパソコンを落としていたら、穂華さんが顔を出した。


「辻尾先輩、平手先輩、終わりましたか?」

「うん、もう帰るところ? そっちも終わり?」

「はい! 駅まで一緒に良いですか?」


 もちろん、と答えて俺と平手は部室の電気を落とした。

 夏が終わって秋の入り口。少し暗くなってきた校舎の中を俺たちは三人で歩いた。

 穂華さんはカバンを持ち直して、

「明日はさくらWEBのレッスンルームで良いですよね?」

 平手は穂華さんのほうを見て、

「うん。俺は行くけど、陽都くんと中園くんは、雑草抜きだっけ?」

 俺はカクンカクンと適当に頭を動かして頷きながら、

「そう。中園宅のな。なんで俺が……と思いながら、まあ小学生の時よく遊びにいった家だからさ」

 明日は土曜日で、恵真先輩と穂華さん、そして熊坂さんはさくらWEBのレッスンルームで練習するらしい。

 でも俺は旧中園宅の掃除を任命されている。もう断れないから仕方ない。

 それを聞いていた穂華さんは下駄箱から靴を出してタンと投げて置いて、


「……映画部の皆でやれば、すぐに終わるのに、中園先輩、その家には辻尾先輩しか入れないんですね」


 少し空気が重たくなったのを感じて俺は、


「ストーカーも怖いし、女人禁制にするんだってさ」

「そうなんですか。うん……そのほうがいいですよね」


 そう言ってみたけれど、穂華さんの表情は暗い。

 うーーん。女の子は誰も入れないから、気にしなくて良いってつもりで言ったんだけど、それじゃ駄目なのだろうか。

 良く無い反応に言葉が出てこない。ああ……と思っていたら、横に居た平手が靴を履いて横に立ち、


「……スパイダー。三人の中で穂華さんが一番下手なんだけどさ」

「平手先輩?!」

「だからこそ上達したのがよく分かるし、一番魅力的に見える。頑張ろう。恵真先輩のチャンネルに乗るんだし。チャンスだよ」


 その言葉に穂華さんはパアッと表情を明るくして、


「はい! 明日もよろしくお願いします! 頑張ります!」


 と笑顔を見せた。

 「ふたりで踊るパート、もうちょっと撮りたい」「まだ私が追いつかないんですよお」とふたりは楽しそうに歩き始めた。

 正直……平手と穂華さんが上手くいってくれたら……なんて思うけれど、平手が穂華さんに恋愛感情を持っているか分からない。

 俺と同じなら、頑張ってるのを見ている期間が長いから、一番近くで見ていて応援しているファンの感覚に近い。女の子というより、頑張っているアイドルだ。

 また仕事も減ってきてるみたいだし、JKコンの時みたいに少しでも手伝えたら……と思っている。

 中園は今日明日どうにかなるアイテムじゃないから、とりまスパイダー頑張ろうぜ穂華さん……俺はふたりを追って軽く走った。





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