第99話 過去と繋いだ今に
「これ、さくらWEBでデータ化してもらった大昔のスパイダーなんだ」
俺はパソコンで動画を再生しながら平手に説明をはじめた。
映画部の歴史は古く、部活自体が始まったのは40年前らしい。
そして部室には、大昔の映像ストックが全部置いてあった。
その中でも1番古いダンボールに入ってたヤツは「磁気テープだな」くらいは分かるけど、それが何なのか全然分からないものに録画されていた。
あまりに分からなかったので、そのテープ自体を写真に撮り、さくらWEBの技術部の人たちに見せて聞いてみた。
それは俺が全く知らない種類のテープで、さくらWEBにはそれをデータ化するマシンがあるから、見たいならデータ化してあげるよと作業をしてくれた。
俺だけだったら「なんだこれ?」で終わっていたけど、専門職の人たちは本当にカッコイイ。
そのテープには確かに『スパイダー』とシールが貼ってあったけど、内容を見て俺は驚いた。
俺たちが知っている『スパイダー』とは全然違ったんだ。
この高校に入学すると、文化祭で踊るスパイダーの練習を一年生の春からさせられる(ダンスが苦手すぎて言葉が悪い)んだけど、その時に「学校の歴史」として、この土地を切り開いた偉人の話を聞かされる。その人を「スパイダー」と讃えるために踊り始めたのです……とか言われて「へえ~」と言って練習してたけど、40年前のスパイダーを見ると、スパイダーでも何でも無く、左右に分かれてワチャワチャ踊るだけ。
平手もダンスが苦手なので一緒に見ながら、
「スパイダーがいないじゃん。簡単じゃん、これでいいじゃん。これにしようよ」
「分かる。これなら少し練習すりゃ俺たちでも出来るよな。これにしようぜ、マジで」
俺も完全に同意する。俺も平手もダンスが苦手で「これにしろ!」とふたりでギャーギャー騒いだ。
実際もう体育の授業で練習が始まってるんだけど、見たまま動けないんだよなあ。しかも恥ずかしくなってくる。圧倒的に才能が無い。
クラスで一番俺と平手がどう見ても苦手で、ふたりで困ってる。
大昔の映像を見ていると単純なダンスなんだけど、みんなで木を切っているような鎌を振り回しているような動きをしている。
平手は、
「あれじゃない? かけ声だ」
「木を切ったり、運んだりするときのかけ声を讃えてるんだな。てか踊りって本来そんなもんだろ。テンション上げるためにやってるんだろ?」
「ソーラン節とかも船だしね」
「あ~~~。ソーラン節懐かしい、平手踊った?」
「知識として知ってるだけだな」
「俺小学校の時にソーラン節踊らされたわー……あれが俺がダンス嫌いになった原点だわ」
話していたら中園と穂華さんと紗良さんが旧音楽室から戻ってきた。
中園はソーラン節というワードを聞き、
「ソーラン節? 俺、今も覚えてるから」
と廊下でポーズを取った。腰をかがめて右手だけ地面と平行に差し出すポーズで、ソーラン節のド頭にするやつだ。
俺も楽しくなって横でする。
もう5年前くらいなのに、ふたりして冒頭は完全に覚えてて笑ってしまった。何回踊らされたんだよ。
……じゃなくて。俺たちは恵真先輩も呼んで放課後に作戦会議をすることにした。
「……びっくり。全然違うのね。並んで踊ってるだけだわ」
恵真先輩は映像を見て静かに言った。
放課後。映画部の部室に部員全員と、恵真先輩を呼んで俺は最初のスパイダー動画を見せている。
映像は古いけれど、それなりにきれいでどんな踊りをしてるのか分かる。
恵真先輩はかなりスパイダーを研究してきていて、自分で見られる所までは見ていたけれど、ここまで昔の歴史は知らなかったようだ。
俺は次々と再生していく。
そして27年くらい前のスパイダーを見せた。穂華さんが目を丸くする。
「一気に派手になった。今のスパイダーっぽくなった。真っ黒なスパイダーと、白いのもいる、赤もいる! 三体のスパイダーだ!!」
「俺が穂華さんたちにビデオテープをデータ化してほしいって言ったのは、こう変わったタイミングが知りたくて。ここが転換の年なんだ。この年、一気にスパイダーが変わったんだけどさ、この年だけ『監督』っていうのが存在してて『神代勇二』って人が担当してるんだ」
「?!?!?! JKコンの、『君が消えるまで』の監督!!」
「そう。俺も調べてて気が付いた。うちの高校出身で、この映画部に所属してたんだな、神代監督」
「えっ……すごい。すごいーー。全然知らなかった。えーーっ。そうだ、神代監督、舞台出身ですよね。高校の時からこんなに才能があったんだ」
「どうやらすごく有名な舞台があって、そのオマージュとしてスパイダーを演出したんだって。その後のインタビューに書いてあった。ほら、うちの高校の話してる」
俺はさくらWEBでホタテさんが貸してくれた雑誌を机に広げておいた。
みんなはそれを見て「おおおお……! うちの学校の話してるじゃん」と盛り上がった。
年表でスパイダーを並べていて気が付いたんだけど大昔は並列に並んでるだけ。
でも今は、スパイダーという主役がど真ん中にいて踊っている。
あまりにも違っていて、どこで何があったのか地味に気になってた。
そしたらキャプチャーしてもらった27年前のビデオの中に答えがあった。
今日本で一、二を争う有名な映画監督の神代監督が、うちの高校の映画部に入り、文化祭というか、ダンスそのものを変えたんだ。
白、黒、赤、三人のスパイダーをダンスの中に産んだのは神代監督だった。
そこからまた徐々に変化して、赤が抜けて、白が抜けて……変化を続けてウチの高校の名物になっていく。
穂華さんと、恵真先輩は、もう神代監督が演出した回のスパイダーに夢中だ。
俺も正直はじめて見たとき、かっこよくて驚いた。もう全然違うんだ。俺はふたりの横にたち、
「これをさ、穂華さんと恵真先輩でやってみたら、面白くないかな。原点のスパイダー。今と違って三人いるんだ」
俺の横で画面を食い入るように見ていた穂華さんは、
「……辻尾先輩がそういうだろうなって思って、今がっつり見てるんですけど……これすんごく難しいな。えー……恵真先輩は……」
そう言ってみんなで恵真先輩を見たら、今すぐに人を斬り殺せそうなほど研ぎ澄まされた目でまっすぐに動画を見ていて、俺たちは黙った。
恵真先輩は黙って何度も動画を再生して、身体を起こして、
「一週間で出来るわ」
穂華さんは顔をグチャグチャにして、首を斜めにして両手を持ち上げて、
「できませんって~~~~~」
「教えるわ」
「できませんって~~~~。その前にこれ黒白赤の三人ですよ」
そう言った瞬間にみんなが一気に紗良さんを見たけど、紗良さんはにっこり微笑み、
「やらないわ」
思わず俺は吹き出してしまう。出来ないとか、無理そうとか、そういう次元じゃ無い。「やらない」。
しっかり優等生だった頃の紗良さんならもう少し言葉を選んだかもしれないけど、長い付き合いのある穂華さんと、俺もすぐ横にいると、もう容赦がない。「やらない」。俺は横でケラケラ笑ってしまう。紗良さんは俺を見て、
「だってこんなの無理よ」
「あはははは!! 紗良さん、もうなんていうか、遠慮がなくなってて、見てよ穂華さんと恵真先輩の顔」
ふたりはじーっ……と真顔で、断るなんてどういうこと……という顔で見ている。
でも全く気にせずツーンとしている紗良さんが、俺は個人的に嬉しい。
紗良さんは断るのが怖い、嫌われるのが怖いと言っていた人だ。
それなのに無理をしない、頑張らない紗良さんが嬉しいんだ。
もちろん付き合いが長い穂華さんに頼まれてるのもあるけど、映画部メンバーもみんな笑っている。
いや、正直俺が同じ立場だったら秒で断る。それくらい難易度が高いものに見えた。
「そんな時には熊坂さまに頼むべきなんじゃないの~~~?」
「熊坂先輩いいいいい!!」
映画部の入り口に立っていたのは熊坂さんだった。手に学級日誌を持って中園の方をみてスススと寄ってきて、
「中園くん。今日日直だよねっ? 内田先生が教室で『中園はどこじゃあああ早く出せやあああ』ってキレてるよぉ?」
「げ。忘れてた。今ここで書くわ」
「もお~。授業終わったら映画部全員で出て行ったから、ここかなって。はい、シャーペンどうぞ。今日の時間割はこれ。あと内容はこれだよ? もお~」
「熊坂ナイス。助かった。え、マジで踊ってくれんの?」
「うーん……ちょっと見せて?」
そういって熊坂さんは神代監督バージョンのスパイダーを見た。
熊坂さんは中園が好きで、映画部周りをウロウロしてる子だけど、バレー部レギュラーで運動神経が良い。
クラスで一番足も速く、一年生からずっと選抜リレーの選手もしている。ダンス部コラボの時も手伝ってくれた人で、ダンスはかなり上手い。ずっとレッスンしてる穂華さんと同じレベルで踊れる人だから、中園が好きという男の趣味が悪い以外は、すごい子なんじゃないかと思う。
熊坂さんは顔をあげて、
「赤、かな。赤なら踊れると思う」
「はじめまして、熊坂さん。私、恵真と言います。お願いできますか」
「恵真ちゃん可愛い、知ってるよ! だから応援したいと思ってるけど……赤以外は出来ないな、レベル高い」
「よろしくお願いします。白と黒はコラボで踊るシーンが長いから難しい」
ふたりが話し始めた隙間に穂華さんが顔をつっこみ、
「えーーー、私が白です? えーー無理無理無理。これはちょっと……え~~~? もうやだ平手先輩が録画始めてる~~」
横を見たら、JKコンと夏休みで撮影に慣れた平手がこの状況を笑顔で撮影していた。
確かにここは、三人がスパイダーを踊るスタート地点で、動画の最初になるところだ。
俺は紗良さんが無理だと断ることを想定していて、だからふたりで踊ることになるけど、どうしたらいいんだろう……と考えていて、そこまで頭が回らなかった。
俺もカバンからiPhoneを取りだして、動画を見ながら「この動きは今のスパイダーにもあるわね」と語る恵真先輩や、「これちょっとまってください……私まーじでキツいです」と嘆く穂華さん、そして中園の横にぴたりとくっ付き「今日の欠席者はひとりだよ。あとは今日の感想。お天気で良いんだよ、お天気で。晴ーれっ!」と教えている熊坂さんを撮影した。
もうこれだけで一話を作れそうだし、なによりPVは3より上がるだろう。
きっと恵真先輩は、現行のスパイダーはもう練習の必要がないほど完璧に踊れるんだ。
そんなの流しても仕方が無い。きっと見せるべきは「人」だ。
「紗良さん、俺マジで笑ったよ」
「だって無理よ、無理無理。あんなの無理に決まってるじゃない。無理よ無理無理」
「無理が多すぎる、あはははは!! うん、すごくなんか、いいなあって思ったよ」
帰り道、俺は紗良さんの手を握った。
映画部部室にダンスを踊れる空間はなく、考えた結果全く使ってない横の旧音楽室を片付けて、空間を作ることにした。
恵真先輩はさっそく黙々と片付け始めて、穂華さんも「ええー絶対無理ぃ~~」と言いながらもやりはじめた。
熊坂さんは夏の大会でバレー部が負けてしまい、今は練習期間だけど筋トレがメインだから、他にも何人か興味ありそうな部員を呼んでくると言ってくれた。本当に男の趣味以外は良い子だよな……。
でもそういれば穂華さんも中園のうっすらガチ恋始めてた気がしたけど、ガチガチのガチ恋の熊坂さんと一緒で大丈夫なんだろうか。
そこまで考えて「ま。中園が相手だから」と思ってしまった。何とかするだろ。
紗良さんは俺の腕に軽くしがみ付き、
「だって私、秋祭りのピアノもあるのよ。ほら、ちょっと上達してきて楽しいの」
そう言ってピアノを弾いている動画を見せてくれた。
ピアノの前に座って小さくハミングしながら弾いている紗良さんの三つ編みがふわりと揺れていて、なにより歌声が可愛い。
俺は動画を停止して、AirDropしようとする。この動画欲しい。
スマホをパッと紗良さんが取り上げて、
「駄目っ。駄目駄目っ!! もう陽都くんすぐに動画持って行く。これはまだ練習だから駄目っ!!」
「……ジャズバー……紗良さんの最寄り駅……営業時間……紗良さんがバイトがない日……営業時間前となると……」
「ぐぐっちゃ駄目! 覗き見駄目! もう駄目なんだから!」
「全部駄目、駄目駄目!」と言いながら紗良さんは俺の腕にしがみ付いてピョンピョン飛び跳ねた。
ああ、可愛い。本番は右手で撮影して左手で写真を撮りたい。手が足りないけど、他の誰かを頼みたくない。
俺だけが見たいから、もう手を生やすしかない。いややっぱり練習を見たい。
俺と紗良さんは手を繋いで駅に向かって歩き始めた。
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連休明け1/10に2巻が発売されます。
よろしくお願いします!
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