第83話 知らない世界の雪

 ばあちゃんの世話になってる? どういう事なんだろう。

 聞こうとしたら泉プロの泉さんが到着して、天馬さんと安城さんは出て行ってしまった。

 作業ルームにぽつんと取り残された俺は、帰ろうと思っていたけど、天馬さんのことが気になって目の前のパソコンで調べることにした。


 まずはライツープロダクションを調べて、天馬さんの本名を知る。

 天馬雪人てんまゆきひと

 ライツープロダクション所属の27才。やっぱり若い。でも情報は写真以外なにもない。

 ネットで名前をぐぐっても何も出てこない。フェイスブックもSNSもやってないようだ。


 さっきの天馬さんの言葉を思い出すと「ばあちゃんと一緒に陽都の動画をみた」と言っていた。

 つまり一緒に仕事してるってこと? ばあちゃんは元ホステスなんだけどお客さんとして来ていた社長を助けて、そこから成り上がっていったと聞いている。

 今は色んな人のブレーンのようなことをしていて政治色も強い……そこまでは知っている。

 芸能関係の仕事も何かしてるんだろうか。

 俺は背もたれに身体を預けてスマホを取りだした。


 全然分からないけど、すっごく気になる。

 こうなったらばあちゃんに聞くのが早い。


 ばあちゃんは俺のLINEだけは早く返してくれる。ばあちゃんは定期的に行方をくらませてどこかに行くらしく、仕事関係者が探しても見つからず、店長のところに連絡が入る。それでも見つからないと、次に俺の所に連絡がくる。そして俺がばあちゃんに連絡すると見つかる……そんな感じだ。

 でも忙しいことは知ってるから、体育祭とか本当に必要な時以外は連絡しないようにしている。

 なんとなく、みんなが連絡を取れない人が俺だけはすぐに連絡が取れるっていうのが気持ち良くて、多用しないようがよいかなと思っている。

 それでもばあちゃんからは頻繁に連絡があって、数日前も「なんや芸能人になるのか」とLINEがきていた。

 その言葉は母さんが言ってたのと同じなんだよなあ……と思いながら「俺がそんなことするはずないじゃん」と返信した。

 『一緒に陽都の動画をみていた』って、その時のこと……? 俺の動画を見ていた時に横に天馬さんが居たの?

 なんだかモヤモヤしながら、俺は『天馬雪人さんって人に会って、ばあちゃんの知り合いって言われたんだけど、誰?』とストレートに聞いた。

 遠回りに調べても何も分からないし、時間の無駄だ。気になるなら聞いちゃったほうが早い。

 スマホを見ていてもさすがに即連絡は返ってこない。

 気になるけど、もう疲れたから帰ろうとパソコンの電源を落としたころ、仮眠室で寝ていたホタテさんが起きてきた。

 ホタテさんはスマホをいじりながら、


「おはようー。安城戻ってきたのね」

「そうです。会議始まってますけど良いんですか」

「あっちは任せましょう。ていうかLINEみたけど……あなた、辻尾綾子さんのお孫さんなのね、驚いたわ」

「あ、はいそうです」


 俺は頷いた。

 安城さんはさっきこの部屋を出る時「話が分かるヤツにLINEしとく」と言ってくれたけど、それはホタテさんの事のようだ。

 ホタテさんはスマホをいじりながら俺の横に座り、


「私も綾子さんには会ったことあるけど、大物よね」

「ばあちゃんに会ったことあるってことは、ホタテさんが本当にお金持ちの家の人なんだなって分かりました」

「そうよ、保立物産の三男。いやよね、さんなんって。男じゃない、三番目の子で良いと思うんだけど」

「まあそうですね」


 安城さんからホタテさんの素性については聞かされていたけれど、本人とこの話をするのははじめてだ。

 そして前から気がついていたけれど、ホタテさんはオネエと言われる人種だと思う。男性の容姿をしてるけど、話し方が女性。

 でもこの手の人は夜の街にものすごく多いので、俺は全く気にならないけれど。性別に悩みを抱えた人たちは、人の辛さを知っているから、基本的に優しい。

 そして経験上、ばあちゃんのこと……しかも本名で知っている人は、例外なく『偉い人』だ。

 紗良さんの家で会った多田議員のように、ばあちゃんを知ってる人は、そういう人が多い。

 ホタテさんはスマホをいじりながら、


「私の祖母が開いてる書道会に、何度か来られてると聞いたわ。湊不動産の社長の愛人から上り詰めて、今じゃ社長より決議権があるのに風来坊。とにかく頭が良くて社長の参謀に近い仕事をしてて、予想しないような事を平然とするって聞いてる。でもすごく綺麗な文字を書くの。私、綾子さんの文字が好きで何枚か写真撮ってたもの」


 そういって見せてくれた文字は「点睛てんせい」。

 全く知らない言葉で、ネットで調べると、画竜点睛がりょうてんせい……物事を完成するために、最後に加える大切な仕上げのたとえだと出てきた。

 竜の目の最後は自分で描く……と出てきて、俺は苦笑して頷いてしまった。

 ばあちゃんそういう感じがする。竜の目玉を人に描かせる人じゃない。色々あっても、最後には出てきて全部納める人だ。

 もしばあちゃんが竜の絵を描くなら、絶対に目は自分で描くだろう。人に任せるなんて考えられない気がする。


「ばあちゃんっぽいです」

 俺がそういうと、ホタテさんがもう一枚写真を見せてくれた。

「もう一枚あった」


 そういってホタテさんが見せてくれた写真には『雪』と書かれていた。

 それを見てホタテさんが小さな声で「天馬『雪』人……」と口を開く。

 俺はなんだかムッとして、


「陽都とか、陽とか都とか書いてなかったんですか?」

「書いてたかも知れないけど、他は撮ってない。ていうか雪なんてよく書く文字じゃない」

「そうなんですけど……」


 なんとなく自分はばあちゃんの特別だと思っていたのに、俺ではなく天馬さんの名前の一文字を書いていたのは妙に苛立った。

 その通りだ。よく書道で書く文字なんだけど! だったら太陽のほうが明るくない?!

 そう思いながら、人をゴミだと言い放った天馬さんのことが、あまり好きではなく、そんな人が俺の尊敬するばあちゃんと一緒にいるのがモヤモヤするんだって気がついた。

 すると丁度ばあちゃんからLINEが入った。


『天馬に会ったのか。天馬は私が金をだして大人にした子や』


「はは~~ん、そういう知り合いですか。なるほどね~~~」


 俺はその画面をドヤ顔でホタテさんに見せてしまった。

 実は知り合いだと聞いたときから、そうなんじゃないかと思っていた。ばあちゃんは夜間学童保育の経営を筆頭に、親を亡くした子の援助も長く続けている。

 夜間保育があり品川さんが住んでいるマンションにも、親がいなくて部屋を借りられない子たちが何人も住んでいるはずで、そういう意味でばあちゃんの知り合いはたくさんいるはずだ。

 別に俺より天馬さんのほうを可愛がってるのか……とかそんなことは思ったことがない。

 そんなの一ミリも思ったことない。ないない。

 見せていた画面にピョコンと追加でLINEが届き、


『甘えん坊やな、陽都は』


 と入り、それを見たホタテさんは爆笑した。

 俺は慌ててスマホを引き寄せてポケットに投げ込んだ。俺の中でばあちゃんは本当に大切な人で、ばあちゃんが俺を分かってくれてるから好きにできる……そう思っている所がある。どんなムチャをしても、好きなことをしても、ばあちゃんがいる。最後にはばあちゃんの所に行けば良い。

 それが俺の真ん中の奥みたいなものを、たしかに支えている。

 俺が不登校になって家にばあちゃんが迎えに来たとき「ここは狭すぎる。こんな所におるから、何も見えんくなる」と言ったばあちゃんの強い顔をいつも思い出す。

 連れ出されてあの町を知り、そして紗良さんに出会った。出会いはここまで続いている。

 ホタテさんも会議に呼ばれて、俺は帰ることにした。 

 スマホをカバンに入れていたら母さんからLINEが入っているのに気がついた。

 『晩ご飯は家で食べるの?』それを見て気がついた。


 雪……雪って、俺の母さんの名前は美雪だ。


 答えはきっとそっちだ。

 どうしようもなく仲が悪いばあちゃんが、母さんの名前の一文字を書いている現実に、なんとなく戸惑った。

 それにどうして天馬さんは俺に「綾子さんのことを知ってる」って言いに来たんだろう。むしろ俺を意識してるのは天馬さんのほうってことでは?

 天馬さんのスラッとしたスーツ姿と、大人っぽい、なにより人を人と思わない仕事ぶりを思い出す。

 ……なんかまだモヤモヤする。

 俺はスマホをカバンに投げ込んでため息をついた。


「……紗良さんに会いたい……」


 でも明日から新学期だし、毎日会えるし、もうこうなったら新学期万歳だ。

 すると鞄のスマホが鳴り、相手は紗良さんだった。

 話したいと思ったときに電話がかかってくる幸せを感じてすぐに手に取る。


『陽都くん、まださくらWEB? 私中園くんの部屋に上着を忘れちゃったみたいなんだけど、もう退去よね? あるかな?』

「見てくる。待ってて」


 俺は荷物を抱えて会社から出て中園の部屋に向かった。

 チャイムを鳴らしたけど、もう中園は新しいマンションのほうに行ったようで誰もいなかった。

 鍵もかかってなくて、玄関横の入れ物に鍵が無造作に置いてある。これでいいのかよ。

 俺は中に入ってクローゼットを開けると、そこに白い上着がかけてあった。その写真を撮って送る。


「白い上着、これ?」

『そう! 良かった』


 俺は紗良さんの声を聞いてどうしても、少しでも会いたくなる。


「紗良さん、この上着、今から家に持って行って良い?」

『嬉しい。来てくれるの? 晩ご飯食べた? 今日お母さん会食で、友梨奈はバイトなの。最寄り駅で一緒に晩ご飯食べない?』

「食べたい!」


 俺は上着を掴んで会社を飛び出した。

 紗良さんと手を繋いで話をしたい。




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