第82話 嘘と真実の狭間で

「え。ちょっとまってください、安城さん」

『陽都、今すぐきてホタテ手伝って』

「あの、ちょっとすいません、なんていうか。今、朝の6時ですよね」

『ごめん、時間見てなかった』


 ですよね。

 とにかくLINEの内容を見ろと言われて見た瞬間、ベッドからゴロ……とそのまま落ちた。

 こんなこと起こるんだ。信じられなくて、そのままもう一度ニュースを読み直す。

 俺が品川さんから聞いて安城さんに教え、ナナナ姉妹と恵真さんが向かった地蔵巡りの最中に迷子になり、偶然白骨死体を見つけたというのだ。

 現地含めて大騒ぎで、さくらWEB側にいた人たちもみんな山の中に向かい、こっちに誰もいないから手伝ってくれという連絡だった。

 大変なことになった。大変だけど朝6時に電話してきて時間見てなかった手伝え!……もうちょっとスゴすぎる。

 俺は部屋から出て、もう朝ご飯を作り始めていた母さんに「緊急事態だって」と言って家を出た。

 母さんは「えっ、こんな時間から」と驚いたけど細かいことは聞かずに見送ってくれた。でもこの情報がテレビで流れた後だと、どうかな。

 母さんは安城さんと同じ大学……とはいわず、行きたい大学があると伝えてから機嫌が良い。

 そこは私立大学で学費はそれなりに高いけれど、この家からも通えて、しかも俺が少し頑張れば届く所で、その答えは母さんを満足させた。

 保立物産を目指すのが本当に正解なのか、そんなだまし討ちのようなこと……とどこか心がモヤモヤするので、やっぱり四年かけて母さんを説得しようと思い始めていた。

 でもさくらWEBは、白骨死体発見とか、この前はロケ車があおり運転で追突されて大騒ぎになったり、漁船ロケしてたら転覆したり、ネット上では評判になっても、母さんは眉をひそめることばかりだ。でも俺はそれがやっぱり刺激的だと思ってしまう。

 スマホのグループLINEに延々と状況説明が入ってきている今の状態も、正直興奮している。


廣瀬『身元判明。登山届が出されてた60代の男性』

安城『一回引こうか。警察の見解出る前に、そのまま流れるのはヤバい』

ホタテ『ナナナと恵真ちゃんはどんな感じ?』

廣瀬『動揺してる。今の状況と三人の絵だけ送ろうか』

安城『どっち側で仕上げる?』

ホタテ『亡くなった方の状況次第よね。美談に出来るか、お蔵入りか。白骨死体が出たことは間違いなく警察から発表されるから、そこからね』

廣瀬『とりま人頂戴』

安城『加藤も俺も向かってる。編集はホタテに任せる。陽都も向かわせてるから情報集めに使って』


「……え。俺? 何か出来るかな」


 て口で言いながらワクワクしてしまう。

 俺はさくらWEBのアルバイトでもないけど、地蔵巡りを提案した本人ではある。

 だから召喚されてるんだとおもうけど。安城さんがこの状態をどのように仕上げていくのか。

 その仕事をすぐ横で見ていられるなんて不謹慎だけど、ワクワクしてしまう。

 


「陽都くん、こっち! すぐに55地蔵巡りの説明Vを作ってほしいの。どういう経緯で知ったのか、どういう場所なのか、主観を入れず事実のみで書いて」

「わかりました」


 さくらWEBに入るとすぐにホタテさんに作業ルームに呼ばれた。

 ホタテさんは長い髪の毛をポニーテールにまとめて慌ただしく動いていた。

 

「二時間後には朝のニュースで出したいから、説明文だけ先に書ける?」

「書いてみます」

「陽都くんしかいないから、そのまま使うからね」

「はい!」

「あーーっ、内田さん、六本木行きのバイク便もう出ちゃった?!」


 入ったさくらWEBは今まで見たことが無いくらいバタバタしていて、臨場感がすごい。

 俺は知った経緯、そして歴史などを調べてまとめ始めた。横に置いているスマホは常に通知で揺れている。

 クラウドにはナナナと恵真さんが発見した当時の映像がアップされ、それをどう編集すべきかどんどん意見が入ってくる。情報もリアルタイムで警察の所に安城さんが到着、話している音声がそのまま文字になって上げられていく。

 民放テレビ局……たぶんこの前の会議で会ったおじさんからも連絡が入り、それをホタテさんが回し始める。

 登山届を出していたことも幸いして、昼すぐには遺族が到着。事件性はなく、地蔵巡りの最中に沢に滑落した形跡があると情報が入ってきた。安城さんは遺族と話していく。この地蔵は『現世での穢れを晴らす』ために回る場所で、何か意味があって行動していたのだろう。

 迷子になった時に発見したこともあり、かなり見つけにくい場所だったようで、発見には遺族も感謝していて、少し話をしてくれそうな雰囲気だと安城さんは連絡してきた。

 発見した時、偶然リアルタイム配信していて、見つけたナナナのふたりは叫ぶだけだったけど、恵真さんは真っ先に手を合わせてその場に座り、持っていたペットボトルの水を横に置いて手を合わせた。

 カメラマンはすぐにそこからフレームを外して配信停止したけど、見ていた人たちが切り抜き動画をアップした。

 すぐにお水を置き、手を合わせた行為……それは死者に対して正しい姿で、視聴者に支持されていた。

 その動画を見て知ったんだけど、恵真さんはお父さんがアメリカ人のハーフらしく、金髪で黒い瞳を持つ美少女だった。

 金色の美しい髪の毛の女の子がスッと迷い無く川辺……しかも土の上だ。そこに正座して手を合わせる姿勢は美しかった。

 元々穂華さんがいたテンダーでずっとトップで活躍していたのは恵真さんだったようで、こういう人なら頷ける……と俺は編集しながら思った。




「陽都、おつかれーー!」

「安城さん、おつかれさまです」


 騒ぎから四日後、安城さんは山の中から戻った。安城さんは俺がいた作業ルームで荷物を投げて座り込んだ。髪はボサボサで壊れたクロックスを引っかけている。


「まっじで助かった。ごめんな、色々頼んじゃって。がっつり金払うから許して!」

「大丈夫です。後半はすべてホタテさんの指示で動きました」

「いやいや、助かったよ。ホタテは?」

「寝てます」


 俺は苦笑して答えた。

 夏休みスペシャル総集編の放送も終わり、夏休みの宿題も終わった。

 特にやることもないのでさくらWEBにくるのを優先して作業、なんならここ二日は中園の部屋に泊まって手伝った。

 中園は夏休みの終わりと共に駅前のマンションに引っ越すことが決まり、昨日の夜は「最後の晩餐だぜ~」と相変わらずカレーを一緒に食べた。

 完全に食い飽きてて、何が晩餐なのか分からないけど、中園はスッキリした表情をしてて、とにかくここから出られるのが嬉しいようだった。

 たった二日中園のファンシーなベッドで寝ただけなのに異常に疲れた。

 母さんは泊まり込んで作業とか、今回の事も否定的かと思ったけど、白骨死体になり発見された方に同情的で(最初から安城さんはそっち方向に編集して内容を作っていた)、むしろ「もう二度と同じことが起こらないようにするのは大切なことよ」と協力的だった。やはりテレビで流れるニュースというのは大きいと知らされた。

 しかしまあ疲れた。今日は安城さんが帰ってくるというので待っていたけれど、正直はやく家に帰りたい。

 俺は荷物を片付けながら、


「遺族の方と話が出来たんですか?」

「恵真ちゃんがすぐに水置いたのに感謝してくれてね、恵真ちゃんとなら話すって。一本作れそうな雰囲気よ。これから泉プロと会議。出る?」

「疲れました。もう帰ります」

「だよなーー。はーー、助かったありがとう。ていうか、陽都マジで持ってるな」

「……持ってる?」

「そう。持ってる。持ってるってのは運のこと」

「55地蔵巡りの事なら、知り合いがそういうのに興味あって、偶然です」


 安城さんは日焼けした顔でにっこりと笑い、


「運って、どうやって手にするか分かる?」

「いいえ」

「今回さ、陽都は知り合いに話を聞いてて55地蔵巡りを知っていた。それを俺に話して、動いたから、こうなった」

「そうですね」

「つまり陽都にそういう知り合いがいないと、こうならないわけだ。陽都がたくさんアンテナ張ってるから、話が入ってくる。そういう立場にいて、その先に俺もいて特ダネに結びついた。つまり運ってのはどこまでアンテナ張って情報集めるか、その先にどれだけ豊富な人がいるか、それに合わせて動く体力があるか、それが全てなんだよ」

「なるほど。少し特殊な町でバイトしてるので、知り合いは多いかもしれないですね」

「特殊って?」


 安城さんになら話しても良いかもな……と俺が思っているとドアがノックされて、そこにあの会議室で恵真さんを「今すぐ連れて行って」と言った天馬さんが立っていた。

 安城さんは立ち上がって中に入れる。


「天馬さんおつかれさまです。泉さん、もうすぐ来られるみたいですけど、ここには居ないですよ」

「ああ、知ってます。まず安城さんと、今回の功労者、辻尾陽都くんと話をしたくて」

「えっ、俺ですか? 功労者……?」


 俺が背筋を伸ばすと、安城さんと天馬さんは頷いた。

 天馬さんは俺の横に座り、


「君が55地蔵巡りを安城さんに提案したって聞いたけれど」

「あ。そうですね」

「助かったよ。これで恵真さんは完全に再起できる。これでダメなら首にするしかない状態だったからね」

「そう、なんですか」

「恵真さんは育ちも気性も最高級品だけど、どんな高級品も腐ってたら食べられない。そんなゴミは事務所も捨てるしかないからね」

「……ゴミ?」


 その言葉に俺は眉をひそめた。

 人に向かってゴミって言ってるのか……?

 恵真さんに何があったのか知らないけれど、プロダクション移動して仕事がなくなるなんて、どう考えてもつらいだろう。

 それに再起するためにすぐに山に向かい、死者に向かって水をすぐに置いた……つまり優しくてしっかりした人だ。

 その人に向かって「ゴミ」。

 マジでプロダクションの人とは付き合えそうにない。俺の表情が曇ったのを安城さんが見て「まあまあ」と間に入り、


「恵真さんをすぐに連れて行った方が良いと言った天馬さんのアドバイスが素晴らしかったんですよ」

「君はあれなんだね。テンダーの穂華ちゃんの演説撮ってた子なんだね。あの演説は良かったよ、盗撮とネット投稿という社会問題はニュースの食いつきが良いからね。動画を見てたら綾子さんが『陽都や』って言い出してさ。驚いたよ、君、綾子さんのお孫さんなんだってね」

「……え?」


 綾子さん。

 それはばあちゃんの名前だ。

 ばあちゃんの本名を知ってる……どういう人なんだろう。

 俺が戸惑っていると、天馬さんは笑顔を作り低い声で、


「俺も綾子さんにはすごく世話になっているんだ。こんな偶然あるんだね」


 と微笑んだ。

 綾子さんにはすごく世話になっている? 

 天馬さんが? 

 俺は理解が出来ず立ち尽くした。

 


 


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