第79話 光がさす方向へ

 さすがに覚悟を決めた。

 どう考えても俺は映像を作るのが好きみたいだ。

 映画とかドラマよりリアルタイムドキュメンタリー。

 これをずっとして生きていけたら、最高に楽しい。

 高校出てそのままさくらWEBに入れたら……と思うけれど、俺の母さんはとにかく普通にこだわる。

 ばあちゃんが関係してると思うけど理由は聞いたこともないし、きっと答えない。

 普通に大学を出て、普通に就職して、普通に結婚して子どもを育てる……そんな人生を願っている。

 中学校で不登校になった時は「何をもって普通って言うんだよ」と思ったけれど、紗良さんのお母さんに挨拶した効果なのか、夏休み中何度か帰るのが遅くなったけど「陽都くんと一緒」と言うと「そうなの」と追求されなくなったと言っていた。

 要するに普通って身元の証明ってやつなのかなって紗良さんとまっすぐに付き合いはじめて思った。

 だから前よりは母さんがいう「普通」を理解してると思ってる。

 だから分かるんだ。さくらWEBに就職したいって言ったら「好きなのは分かるけど、それで20年後も食べていけるのか」と言われると思う。

 でもYouTube自体がまだ若すぎる媒体で、その昔はテレビだって同じ扱いだったはずだ。

 もう映像関係の最高峰テレビ局を目指すのが正解な気がする。その場合大学はどこを選べば良いんだろう。

 調べるとテレビ局や代理店に入社している人たちは、有名大学を出ている人たちが多かった。

 それで良いなら俺が行ける偏差値で、映像部や、映画を作っているようなゼミがあって、その先に就職してる人が多い所で良い。


「安城さんはどこの大学なんですか? 俺そろそろ進路決めなきゃいけなくて」


 俺はさくらWEBの作業ルームでマウスを握りながら口を開いた。

 高校生スペシャルの放送が大好評で、総集編の放送が決まった。その編集を「陽都がしたらブッフェのタダ券またあげる」と言われて作業している。

 あのブッフェはすごく良かった。オシャレだし美味しいし大人っぽいし、ドレスコードがある。つまり紗良さんのドレス姿が見られる。

 予約はほぼ不可能だというクリスマスブッフェ、紗良さんの誕生日はクリスマスの二日前だから、そこを予約してほしい!!

 大人の力!! ほしい!!

 安城さんは苦笑して、


「いや。全部口からベロベロ出てるぞ、陽都。大丈夫、企業席があるからそこ取ってやるよ」

「ありがとうございます!! ……で。安城さんはどうやってこういうのを仕事にしたんですか? テレビ局目指すなら行ける最大値の所でいいかなって思ってるんですけど」


 俺は勉強が得意じゃないけど、苦手というわけではない。俺には最終兵器品川さんがいるし。安城さんは立ち上がってスーツの前ボタンを留めた。


「陽都、これから二時間くらい暇?」

「はい? えっと、はい。今日は夜まで編集するつもりできたので大丈夫です」

「オケ。でもちょっと服装がな。おーい、ホタテ。置きっぱなしのジャケット陽都に貸して」


 作業ルームの前を通り掛かったスーツ姿のホタテさんに安城さんは声をかけた。

 今日は安城さんもホタテさんも、さっき見かけた廣瀬さんもスーツ姿で、たまにある「面倒な会議」がある日だとなんとなく分かっていた。

 会議……これから? 前にぶっ倒れてた記憶がぶり返す。


「安城さん、俺、夏休みスペシャルの編集のことで頭いっぱいで企画会議にでられるほど、頭の状態よくないです。」

「あはは! 違う違う。企画会議じゃないよ。陽都がこの業界に興味があるなら、今日の会議は出てみると良い。一番後ろで座って聞いてるだけでいいよ」

「突然アイデア出せとか言われませんか?」

「だったら良いのにねえ」


 そう言って安城さんはホタテさんが持って来たジャケットを俺に着せた。

 ものすごくデカいし、なによりすげー高いブランド品だ。これが置きっぱなしって……30万円くらいするってホストの人が言ってるヤツだと思うけど。

 とりあえず緊張しながらそれを羽織り、ふたりに連れられて会議室に向かった。

 


「(……すげー空気が固いなー……)」


 俺ははじめて入るさくらWEB地下室にある会議室で身体を固くした。

 このビルは一階から三階まで商業施設、四階から十階までマンションで、その上にさくらWEBが入っている。さらにその上に中園が住んでるわけだけど。

 地下には劇場の他に、試写室、そして打ち上げに使えそうなホール、会議室もある。

 この会議室は今まで入ったことが無かったけれど、巨大なスクリーンが常設してあり、映画ぽくて、ちょっとカッコイイ。

 俺は安城さんとホタテさんに連れられて中に入り、入り口近くの席に座った。向こう側にはスーツを着た人たちがたくさん見える。

 俺は4BOXの会議に出たことがあるけど、ジャケット必須じゃないし、もっと気楽な雰囲気だった。

 一番出た会議は八百屋の上で、こういう大人しか居ない場所はとにかく緊張する。


「揃ったみたいなんではじめていきますね。資料はメールで行ってると思います」


 進行役はさくらWEB側のようだ。制作の加藤さんが立ち上がって会議を進め始めた。

 俺はさっきメールで貰った資料を開く。俺が聞いたほうが良い会議ってどういうことなんだろう。

 見るとそれは4BOXの内容が書かれていた。

 4BOXはさくらWEBで安城さんとホタテさん、廣瀬さんが立ち上げた番組名だ。

 4BOXと言う名の通り、四つの部屋に四つの思考を持った人たちが入り、同じ目標に向かうリアリティー番組だ。

 リアリティー番組というと恋愛が多かったけれど、安城さんたちの企画は切磋琢磨して夢を目指すものや、企業からお金を引き出すのが目的なものも多く、人生一発逆転をかけて、みんな本気で戦っている。

 それが面白くてWEB番組だけど視聴者が多く、この番組出身の人が民放局で番組を持つほど人気番組だ。

 そしてどうやらこの会議はその4BOXという番組を民放テレビ局で流すために、色々カタチを考える……ようだ。

 部屋にはさくらWEBのスタッフと、テレビ局の人、そして芸能事務所の人たちが来ている。

 テレビ局のロゴが入った封筒を持っているおじさんは中から書類を出しながら、


「泉プロのあんちゃんイケるって! でも杏ちゃん入れるなら、恵真えまちゃんもセットで! って泉さんが譲らないんだよね~~」


 その言葉に安城さんが反応する。


「4BOX内で同じ事務所の子を同時に使わないって決めてるんですよ」

「前から思ってたけどそれって意味あるの?」

「本気で戦うのが4BOXの良い所で、同じ事務所ってだけで視聴者はヤラセを感じるんですよ」

「恵真ちゃん泉プロで実績ないからいいじゃん」

「そういうことじゃないんです、視聴者の感覚の問題です」


 テレビ局のおじさんは封筒を団扇にしながら「そーかな」と言った。

 突然安城さんに連れられてきて、今資料を見てるけど、4BOXのフォーマットをそのままに、民放で流すために使う子を決めているようだ。

 そしてひとり、人気のある子を使わせるから、もうひとりセットで入れさせてくれ……そう言っている。 

 4BOXはいつもギスギスしてて、だからこそ見える素顔や言葉が良い番組だ。

 同じ事務所の女の子ふたりと聞くと、たしかに最初から知り合いでは……と思ってしまう気がする。

 俺はほとんどTVを見てないから民放なんてと思うけれど、安城さんは「リモコンつけたら無料で見られるテレビと、無限にある動画の中から選んで見て貰うYouTubeでは雲泥の差がある。ビジネスならテレビ一択。モデルとして整ってるからね」と常に言っている。

 テレビ局のおじさんは首を回しながら、


「杏ちゃんは使いたいんでしょ?」

「CMに飯田食品あるので、もう外せないです」

「恵真ちゃんも入れてあげてよ。あの子、テンダーから出て泉入ったけど、映画ポシャってから仕事ないのよ」

「あー……斉藤監督とモメたんですっけ」

「そうそう。実績無くて浮いてて困ってるのよ」

 

 ビジネスだと聞かされてるけど、それでも……と思ってしまう。

 会議が始まって30分。誰と誰をセットで出すか、誰が問題を起こしているか、誰がお金も持ってこれるのか……の話ばかりで、内容には全く触れていない。

 なにより、このまま作ったら4BOXというタイトルで流すには問題があることになりそうだけど。

 そして恵真さんが辞めたというテンダーという事務所は、穂華さんが所属している所だと思い出した。

 テンダーに比べて泉は桁違いにデカい。映画に出るためだけに事務所移動とか、大きな仕事ならそういうものなのか。

 どんな人だったっけ……と泉のサイトを見ていると、会議室に低い声が響いた。


「恵真さんには一回死ぬ覚悟があるそうです」


 会議室の真ん中に立ち上がった人……それはテレビ局側の席に座っていた男性だった。

 ツーブロックで短く刈り上げた襟足とは対照的に長めの前髪の隙間から切れ長の目が見える。

 暗めの会議室の中で肌が輝いて見える……何か塗っているとしたら、化粧をしてるのだろうか。

 とても若く30才行って無い……大学を卒業したばかりくらいに見える。

 身体にフィットした品がよいスーツに、なによりパンツに皺ひとつ無くて、エリート! という感じがする。

 そして声が低い。ものすごく低い声でその人が話すだけで会議室がシンと静まりかえった。

 俺とそんなに年齢が変わらなそうにみえるのに、存在感がすごいな。俺はホタテさんから借りたジャケットの前をなんとなく留めた。

 安城さんは苦笑して、


天馬てんまさん、おつかれさまです。えっと、死ぬ覚悟って、それは企画で、ですよね?」

 

 男性は天馬さんという苗字のようだ。にっこりと微笑んで、テレビ局のおじさんと安城さんの間に立った。

 身長がかなり高い。ふたりとも座ってるから、みんな立っている天馬さんを見上げる状態になった。


「恵真さんは杏さん以上に使える子なので、ここで捨てるのはもったいない。一度禊ぎさせましょう」

「禊ぎ?」

「今、ナナナ姉妹が山ごもりダイエットしてますよね」

「ああ、なるほど。行かせる? 良いけれど」

「恵真さん、本日から事務所の寮に入ってるんです。今引っ越し作業中なので、ここにカメラつけて今日連れていきましょう」

「えっ? 今日? さすがにどうなの? 泉プロはそれで良いの?」

「恵真さんはあの事件以降全く仕事がなくて、本人も落ち込んでいると泉さんから相談されてました。再起するなら違うイメージを付ける必要があります」

「明日から55地蔵参り行くから丁度良いかも」

「では決定で。もう行かせてください、スタッフを」

「マジで? おーい、加藤、車とiPhone、泉さんに連絡いれて、あとナナナにも」


 突然会議室がバタバタしはじめた。

 どうやら恵真さんは引っ越しのタイミングで捕獲されて、ナナナが今してるダイエット企画に投げ込まれるようだ。

 あの番組、ナナナ姉妹がダイエットしたい~と言った次の日に車に投げ込まれた所から面白くて俺も見ている。

 ナナナのふたりは「痩せたいって言ったけど、山に投げ込まれるなんて聞いてない!」とガチ切れしてたけど、たぶん本当に聞いてないのだろう、リアルな反応が楽しい。

 昨日はラーメンが食べたくて下山しようとして野生の鹿に遭遇していた。面白すぎる。

 バイト先で流して作業していたら、品川さんが覗いてきて「あっ、この山、四国のお遍路さんみたいなことが出来るので有名なのよ。私も興味あるのよねー」と言っていて調べてみたら、山の中に55個のお地蔵さんがあり、それをすべて巡ると現世での穢れが祓える? らしく、密かなブームになっていた。

 それを安城さんに伝えたら興味を持ってくれて、さっそく今日から撮影スタートする所だった。

 それに恵真さんも参加させるのだろう。55カ所あるお地蔵さんを回るのは結構大変らしいから良いかもしれない。

 とりあえず山に投げ込んで視聴者の反応を見るという方向性で決まっていく。

 俺は会議を見ながら思う。


 安城さんたちは、とにかく面白いことを考えるのが仕事。

 テレビ局の人たちは、面白いと言われているものを、色んな人たちの文句がない状態で金にするのが仕事。

 そして天馬さんはプロダクション側の人だろう……色んな人たちに付加価値をつけて使えるようにして売るのが仕事。


 映像で食べていきたいならテレビ局。そう簡単に思っていたけれど、色んな人が集まって、色んな思考がひとつになって商売として成り立っている。

 そんなこと全然知らなかった。



「そこまで気がつけるなんて、やっぱり俺の陽都は頭がいいな」

「俺の陽都……若干キモいんですけど、スルーします。目指すのはテレビ局じゃないですね。やっぱり俺、安城さんとずっと仕事がしたいです」

「そういってほしくて会議に出しちゃった。悪い大人でごめんね」

「いえ。でもさくらWEBってベンチャーですよね。うちの母は……許してくれない気がするんです」


 そういうと「ああ~~、そういう家なのか。なんでうちに来たいって言わないんだろ~って思ってたよ~」と安城さんは納得した。

 だったらとニヤリと笑い、


保立物産ほたてぶっさんに入るって手があるぞ」

「保立物産って、物産大手ですよね。ていうか、ここと全然関係ないじゃないですか」

「お前が今きてるジャケットの持ち主のホタテは、保立。保立物産の三男なんだ」

「えーーーー……あ。だからこんな高いジャケット。あーー、へええー……」


 俺は思わず拍手しながら頷いた。謎がとけた。

 ホタテさんは髪の毛がすごく長くて、いつも特徴的な服装……ヘビメタの人のような服で、たまにパンツの左右が変な所で繋がってるような服を着てる。

 でもさくらWEBでの地位は高そうだし、会社員の偉い人でなんでこんなキャラ立ってるんだろうと思ってたけど、保立物産の息子さんなのか。

 というか実質さくらWEBの社長?


「さくらWEBはホタテの道楽から始まってるんだよ。ネットのテレビ局って始めたんだけど、ホタテの作ったヘビメタばっかり流してたんだから。これじゃどーにもならんと局で爪弾きされてた俺が好き勝手やって良いよって召喚されたってわけ。だから保立物産からここに入ることは出来るぜ。保立物産で使えないって言われたヤツがみんなここに左遷されてきてるから」

「あはは……そんな裏ルートが」


 左遷されて来るという設定に笑ってしまうけど、保立物産なら大企業だし、なにより母さんも認めるだろうし『普通』だ。

 それなら……と思いながら、どうしてそんな嘘をつかなきゃいけないんだろうと心の真ん中がどんよりとしてくる。

 したいことをしたい。でもそれを母さんに主張して論破するより裏ルートを取ったほうが楽な気がしてしまう。

 でもそんなのすぐにバレるし、いっそ家を飛び出して……と思うけど、母さんのことも父さんのことも全然嫌いじゃない。

 そこまでしたいと思えない自分は甘いんだろうか。

 俺はため息をつきながら、


「大学も意味あるのかなーってずっと思ってるんですけど」

「この業界でやってくなら大アリなんだよ。大学のゼミで知り合った仲間はみんな映画にテレビにプロダクション、関係各所にいる。OBってやつだ。関係を作るためだけに大学にいくんだよ。大学の繋がりは働き始めてからのが強い。そういう知り合いを作る場所。ホタテも廣瀬も、今日会議にいた局の皆元さんも同じゼミ出てるんだぜ」

「なるほど、そういうことですか」

「会議で分かっただろ。結局ひとりで1兆円集められない限り、色んな場所に知り合いがいるほど強いんだ。お金持ってくる人、それを使う人、アイデアを出す人。全員の主張と仕事があって物が作れるからな。ホタテ物産経由するのもひとつの手。大学行ってる間に母ちゃん説得するのもひとつの手。とりあえず俺が行った大学のゼミ目指したら? 人生のことを今すぐ完全に決める必要なんてない」

「はい」


 俺は頷いた。

 確かに光がさす方向に向かって歩けば良い。それだけは分かってきた。


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