第78話 甘き約束
「友梨奈、匠さんとはどうなってるの?」
「別れてないよ。顔が好きだもん」
「そうなの? でも最近会えてないから、お母さんからも一言伝えてくれないかって匠さんから連絡があったけど」
「えーーちょっとまって。それってかなり減点なんだけど。お母さんから伝えてくれってマジダメじゃん。はああ??」
私は友梨奈とお母さんがやり合ってるのを聞きながら朝ご飯を食べた。
お母さんは友梨奈を見て、
「友梨奈。もう高校生よ。連絡を勝手に絶つとか失礼よ」
「それはたっくん側からのみの情報よね。私側の話を何も聞かずにそのまま通してくるのは政治家の行動としてどうなのかしら」
「政治家の前に母親として言ってるのよ」
「だとしたらもっと悪いけど」
「私は言われたことを伝えているだけ。もし勝手に連絡を絶っているなら、しっかりと話し合いなさい。選挙も近いのよ」
「選挙関係なさすぎて笑えるんだけど」
「友梨奈が先に私が政治家だと言ったのよ」
右から左に高速で流れてぶつかり合う玉の速度を、私は呆然と聞いている。
人が罵り合っている声を聞くのは本当に苦手で、心の真ん中がギュッと掴まれたみたいに苦しくなってくる。自分が責められてるように聞こえてしまうからだ。
お母さんは討論に慣れている。もちろん政治家だから。そして友梨奈は英語のディベートで学校代表になるほど口が回る。ゆえにすごい言い争いがさっきから続いている。
今までふたりはあまりケンカをしていなかったと思う。
友梨奈は自分のためだけに自分のペースで自分の能力で生きているので、基本的に他人に興味がない。
それに勉強も出来るから、何度か彼氏が変わっても、お母さんも何も言うことが無かった。
今回はじめてお母さんの仕事関係者と付き合い厄介な事になったけれど。
私だったら絶対にお母さんの仕事関係者は異性として見ない。なんなら関わりたくない。
政治関係の人間関係は表面で見える以上に複雑で、ギブアンドテイクで成り立っているのをボランティアによく連れて行かれていたからこそ知っている。
損得のみで繋がった人間関係は、するから返す。返すからしてくれる。そこに情で入るのは恐ろしすぎる。
友梨奈も覚悟の上かと思ったけど、本当に何も考えず好みの顔だから付き合ったみたいね。
この話を陽都くんにしたら「顔が好きなのと、性格が好きなのと、別に同じだから、良い気がするけれど」と言われた。
なるほど……。
お母さんは部屋を出て行こうとする友梨奈に向かって、
「来月、藤間さんと一緒に討論会に出るの。匠さんも一緒よ。その時一緒に来なさい」
「別れてなかったらね」
そう言って友梨奈は部屋から出て行った。
お母さんは「はああ……」と大きくため息をついて、
「もう……そんなに簡単に別れるなら仕事関係者には手を出してほしくないわ。紗良は辻尾くんと仲良くしてるの? 大丈夫?」
「今日もデートよ。今度家にも呼ぶわ」
「そう、良かったわ。ゲーム? 私はよく分からないんだけど、多田議員は見てるっておっしゃってたわ。仲が良さそうだって。もう頼むわよ」
頼むわよって……私と陽都くんの付き合いになにを頼むのだろう。
それにこういう会話をしている時に議員さんの名前とか出すからこじれる気がするんだけど、お母さんに言うのは面倒で、軽く話して家を出た。
待ち合わせの駅にいると、陽都くんが走ってくるのが見えた。まっすぐに私を見て走ってきて、表情をほころばせた。
「わああ……すごく可愛い。新しい服だよね? 見たこと無い」
「そうなの。夏の山って言ったら、やっぱり白いワンピースかなって」
夏休みスペシャルの作業が終わり、陽都くんが「デートしない? 前に公園で遊べて楽しかったから」と誘ってくれたのだ。
嬉しい。夏休みは忙しくて外でのデートはあまり出来てなかった。だから久しぶりに変身じゃなくて、紗良の私が、可愛いなって思える服を買ってみた。
陽都くんは私を見て、
「可愛いけど、背中があーっ……すごく開いて……ちょっとうわあ、ここあの、日焼け止め塗った?」
「うん。自分で塗ったから少し心配だけど、どう? 白くなってない?」
「なってないけど、背中が紐だからちょっとドキドキしちゃった。あー……すごく可愛い。麦わら帽子かぶってるの、はじめて見たかも」
「夏のお出かけって、麦わら帽子かなって」
「変身じゃない紗良さんなのに、いつもの紗良さんぽくなくて、可愛い。嬉しい」
そういって陽都くんは私の手を取り、電車に乗り込んだ。
どんな服装をして、どんな帽子をかぶっても、陽都くんはいつも絶対に褒めてくれるから、私が好きなものを選んで良いんだな。私が好きって思えるもの、陽都くんなら絶対に褒めてくれるって思えるから、自分の選択に自信が持てるようになってきた。
違う自分じゃなくて、今の私。それを好きって、可愛いって言ってもらえるのはすごく嬉しい。
陽都くんは自分の上着を脱いで、私の肩にかけてくれた。
「クーラーきつくない? この場所けっこう強めにあたる」
「うん。嬉しい、ありがとう」
「デートに誘ったら、はじめての服とか着てきてくれるの、すげー嬉しい。でもほら」
そう言って私の方に寄って小さな声で、
「この席に紗良さんが座ってて、後ろの席に立つと紗良さんの背中がみえるから。それが何かイヤだなって」
「誰も見ないわよ」
「見るよ、俺なら見る!」
そう言って私のほうを真面目な顔で見る表情が大好きで、借りた上着をちゃんと羽織る。
大切にしてもらえて幸せ。陽都くんは鞄の中をゴソゴソといじってビニール袋を出した。
「じゃあさっそく電車の中の駄菓子タイムにしよう。歩きながら食べにくい爪楊枝でさしてたべるコイツから」
「!! さっそく始まったのね。これお店で見たことあるのに、食べた事ないわ。ん、固い?」
「待ってて、材料は……水飴、砂糖、澱粉、餅粉。餅なんだね、俺もピンクで四角い歩いて食べられないヤツってイメージしかなかった」
「固くて甘くて美味しい」
私は食べて微笑んだ。
前に約束していた通り、この前まちのお菓子屋さんに行ったのだ。
そこで300円分だけ駄菓子を買って、持って来た。陽都くんとアレが食べたい、コレが美味しいよって選ぶだけで楽しくて、ちゃんと透明なビニール袋に入れて持って来たのだ。その中でもこれはたしかに爪楊枝でさして食べるから歩きながら食べられない。
陽都くんは、すべて爪楊枝にさして私の方に見せた。
「俺が小学生の時は、こう全部刺して、焼き鳥みたいに上から食べる」
「個別の意味が無いわ」
「よく分からないけど、そうやって食べるのが流行ったんだよ」
私が知らない小学生の頃の陽都くんの話を聞けるのが楽しくて仕方が無い。私は本当に味気ない小学生生活をしていたから。
陽都くんは何個もビニール袋の中から駄菓子を出して、思い出と一緒に話してくれた。
そうしていたら高尾山口駅にはすぐ着いた。
少し山の方に来ただけなのに、涼しくて思いっきり空気を吸い込んで背伸びをした。
山に登るわけではないから、それほど時間は早くなく、これから登山するという服装の人は少ないけれど、みんな山を歩く雰囲気で、それも新鮮。
私と陽都くんは手を繋いでゆっくりと高尾山口駅周辺を歩き始めた。
周りに高い建物がない時点ですごく新鮮。それにすべての道が坂道で、それも楽しい。
陽都くんが行ってみたいと言っていたのは、高尾599ミュージアムという場所で、駅から少し歩いたところにそれはあった。
私は到着して声を上げた。
「建物が白い。それに、わっ、川が流れてる」
「おお。すごいね。これは俺が小学生の時にきたら泳いでたやつ」
「えーーっ、公共の場所で泳ぐの?!」
「いやこれ、絶対楽しいやつでしょう」
陽都くんは施設内を流れる細い川を見て苦笑した。
施設の庭には細い川のようなものが流れていて、そこで小さい子どもたちがジャブジャブと遊んでいた。
もう全身ぐっしょり濡れていて、お母さんたちが絶望の顔で見ている。
陽都くんは笑いながら、
「俺も子どもだったら100%ああなってる。着替えがあるかなんて、考えない」
「……足だけ入れてみようかな」
「えっ?! 本当に? あっちなら座って足を入れられそうだよ」
子どもたちが遊んでいる姿を見たら楽しそうで、私は足だけ入れてみたくなってしまった。
こんな風に遊ぶ場所にきたこともないし、なにより暑くて、足だけでも水に入れたらすごく気持ち良さそうだと思った。
陽都くんも「紗良さんがするなら俺も!」と横に座って靴を脱いだ。
私も靴を脱いで靴下を陽都くんに言われた通りに中に入れて……ゆっくりと水の中に足を入れたら、
「!! 冷たい!!」
「そんな気がしてた」
「陽都くん、すっごく、わあ、冷たい。わーー、でも気持ちが良いわ。ほら、陽都くんも!!」
「よーし……うっわ、つめた、なんだこれ、つめた!! ぎええええ、あっ……でも気持ちが良い~~」
「わーー、すごい。立っても良い?」
「え、ちょっとまって紗良さん、転んだら危ないから!!」
そう言って陽都くんは私のすぐ横にきて、パンツの裾をくるくる巻き上げて立った。そして私のほうに両手を伸ばしてくれた。
足が水の中にあって、そこに水流が当たってるのが気持ち良くて、立ってみたくなったの。
手を握って、ゆっくりと立ち上がると、足首より上の所に水がくーっと当たって、すごく気持ちが良い。
「すごい。楽しい!」
楽しくて気持ちがよくて自然と身体中から力が抜けるみたいな笑顔になってしまう。
それをみて陽都くんが丸く笑って指を優しく握った。
「あっちまで歩いて、戻ってみる?」
「いく!!」
私は陽都くんと手を繋いでゆっくりと小川の中を歩いた。
石がぬるぬるしていて滑って転びそうになったけど、陽都くんがしっかりと手を握っていてくれるから安心して進めた。
それに川の中は石が敷き詰められていて安全で、足の裏も痛くなくて気持ちが良かった。
川の水はすごく冷たくて、さっきまで汗をかいていたのに一気に引いた。
気持ち良くて足を川の中に入れたまま背伸びして空気を吸い込む。
陽都くんは足を拭き終わってから、私を博物館横にある小さな施設に連れて行った。
「ここに来た最大の理由は、このクラフト体験室なんだ」
「!! どんぐりとかで何か作れるの?!」
「そう。リアル竜上生活みたいじゃない? ここネットで見て、紗良さん絶対好きだと思ったんだ」
「好きよ。やだ、樹木の
私はたくさん並べてある材鑑標本に飛びついた。
竜上生活ではたくさんの木材があり、その種類は豊富だった。
完全にハマってしまった私は木のアルバムを真っ先にコンプリートしていた。
陽都くんは標本を見ている私を横でみてすごく楽しそうに、
「いや、すごいよね。こんなに木材があってさ、それが触れられるの、絶対紗良さん好きだと思って」
「リアルアルバムね! すごいわ」
「あはははは! そういうと思ったんだ」
室内にはたくさんの木が並べてあり、説明が書いてあった。そして実際に触れる木はすごく良い匂い……。質感も全然違う。柔らかい木、堅い木。触れただけで分かるのね。
屋久杉の輪切りもあって感動してしまった。大きい!
竜上生活に初期からログインしてたお兄さんの悠真さん曰く、初期に植えた木は竜上生活のなかで育っていて、かなりの太さになってるので見に来てくださいと誘われてしまった。ゲーム内の時間で育つ木って、すごい!
そしてすぐ横にはクラフトルームがあった。そこには色んな種類のどんぐりがあり、色々なものがクラフトできるようだった。
「私の働いてる保育所にどんぐりが好きな子がいるの」
「そうなんだ。ここ色々種類揃ってるし、作れて楽しそうだよね。何か作る?」
「えっ、どうしよう、このどんぐりの置物……あっ、木の年輪に紐をつけておそろいにしたいわ」
「可愛いかも。日付も書こうか」
「わあーーすごく好き!! したい!!」
私と陽都くんは木を切り出した年輪のあるものに、紐を編んで付けてキーホルダーにするものを選んだ。
紐の編み方から先生が教えてくれてすごく楽しい。こんな風に紐一本で強いものが作れるなんて。
そして年輪にふたりで日付を書いて、付けた。
他にもどんぐりで作れる人形とか置物がたくさん展示してあって、これは結乃ちゃんが来年の自由研究に使えるかもしれないと思って、私はたくさん写真を撮った。
木の匂いがする気持ちが良い空間で、私たちは作ったものを大切に鞄に入れた。
博物館を見たりサイフォンで入れたコーヒーを飲んだりしている間に、すぐに夕方になった。
山の向こうに見えてきた一番星をベンチに座って見ていたら、陽都くんが鞄から何かをこっそりと出して、私の指にスススと入れてきた。
入れてきたけど……それは小さくて、右手薬指の途中でクッと止まった。
「?!?!」
「あはは。小さいか。小さいよな」
私は陽都くんが右手の薬指に入れてくれたものをまじまじと見た。
それは下が指輪になっていて、上にドームがついている。そして中に真っ赤な飴が入っているのが見えた。
陽都くんは目を細めて、
「パーティポップ。指輪型の駄菓子、飴なんだ。それさ、指にはめて食べられる飴で、俺が小学校の時に一番の高級品だった。オモチャみたいなお菓子なのに500円くらいしてさ」
「!! これも駄菓子屋さんで買ったの?」
「これは無くて。わざわざ今日のためにネットで取り寄せた。商品の名前も分からなくて検索してさ。開けてみて?」
「うん!」
言われて私は封を開ける。すると上のドーム状のものがポコリと外れて、中から飴が出てきた。
舐めると、甘い。
「!! 飴だわ、本当に。でも指輪の形をしてるのね」
「これね。何が面白いって……台座の部分に小さいボタンあるでしょ?」
「え。これ。……やだちょっとまって、すっごく光る。ちょっと待って、陽都くん、何これ!」
「あはははは!! やばい、すげー面白い。紗良さんの顔がビカビカと光って、あはははは!!!」
陽都くんはベンチを叩いて大爆笑した。
その飴型の指輪は、ただの飴じゃなくて、指輪でもなくて、台座の下にあるボタンを押すと、下に仕込んであるライトがピカピカと光り始めた。
それは全然控えめな光じゃなくて、予想以上にビカビカと派手で、周りにいた子どもたちが「なにそれ?!」と駆け寄ってくるレベルの派手さで。
陽都くんと私はそれを見てひとしきりわらった。
こんな駄菓子があるなんて知らなかった。
私たちはお互いにそれを指にはめて、舐めて歩いて、たまにビカビカと光らせて笑った。
陽都くんは私を優しく抱き寄せて、
「……冬の紗良さんの誕生日には、おそろいの指輪を買いたいなと思ってるんですけど……買ってもいい?」
「!! うん。嬉しい。……こんな風に光る?」
「光らない!」
「すごく大きなダイヤモンドとか付いてて、それが?」
「残念、光らない!!」
私たちは笑いあって甘くキスをした。
それが同じ飴の味で、またふたりで笑った。
夏の終わりにふたりで指にはめたパーティポップはピカピカ光っていて、手を繋いで一緒に電車で眠った。
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