第77話 過去に繋がった橋

『はじめまして、野沢太一です。今は福岡の高校に通ってます』

「はじめまして、辻尾陽都です。今日はよろしくお願いします」

『なんか本当に取材みたいだ。すごいな』


 そういって画面の向こうで太一くんは目を細めて笑った。

 紗良さんとのんびりデートしていたら、竜上生活に元々いた米袋朗がふたりになった。

 穂華さんが連絡してくれていたけれど、気がつくのが遅くなった。

 その頃平手のスマホに「アンタが探してた子、分かったわよ!」とお母さんから連絡が入ったのだ。

 戻って状況を確認、カメラも準備した今日、撮影することにした。

 俺は動画を見た人が理解できるように脳内で組み立てながら話していく。


「ドキュメンタリーという形になっているから、説明っぽくなるけど、俺も太一くんと同じ高校生だから、あっちこっち話が行くと思う。とりあえずよろしく」

『うん、なんか緊張するけど、画面の向こうだと大丈夫』


 そういって太一くんが画面の向こうで見せた笑顔は優しそうで、どこか平手に似ていると俺は思った。

 iPhoneが録画モードに入ってるのを確認して話を進める。

 太一くんは当時東京に住んでて、長期の休みの時だけ藤木町に来ていたこと。だからその時しか平手と遊んでいなかったこと。

 会話しながら説明をしてもらう。


「どうしてこの企画をしてることに気がついたの?」

『俺今、父さんと福岡に住んでて、福岡の高校行ってるんです。兄さんと母さんは佐賀のほうにいる。そこも藤木町みたいに空気と水が良くて身体に合ってるみたいでさ。それで今夏休みだから佐賀の家に父さんと帰ったんだ。そこで兄さんから『太一、今すげーことになってるんだよ』って教えてもらったんだよ』

「なるほど。まず先に確認させてほしいのは、身体が弱いお兄さんは、今も元気ってこと?」

『そうそう。合う薬も見つかって、作業所入れるくらい元気にしてるよ』


 まずこれをはっきりと視聴者に聞かせたいと思った。

 やっぱり病人とか、そのお兄さんが寝たきり……とかでは、見てる人がドキドキしてしまうから。

 まずはそこを安心させて話を続ける。


「お兄さんは身体が弱くてずっとゲームをしてたの?」

『そう。動けない時間はずっとゲームしてて、竜上生活も初期からやってたんだ』

「つまり、初期アバターの米袋をかぶって、最初に俺たちの島を見つけてきてくれたのは、その病気のお兄さんなんだね」

『そう。兄ちゃんは中園くんが最初のほうに見つけた石の色で場所が分かって、すぐに行ったみたい』


 それを聞いていた中園が目を丸くする。


「なんか変な石出てた?!」

『普通の石で、発掘した時の名前も『石』なんだけど、画像でよく見ると少しだけ赤い色が付いてるんだって。それはその周辺でしか取れないらしいよ』

「へえ~~~~。全然知らなかったよ」


 やっぱり初期からしてる人しか気がつかない情報があったようだ。

 これは最初の配信を見直して絵を入れたい。チェックマークを入れて話を続ける。


「だからお兄さんは竜の髭も持ってたんだね」

『全部持ってるけど使い道無かったみたいで。やっと使えたってすげーうれしそうに話してくれた。俺、コウくんとあの村で遊んでた時にたくさん写真撮ってたの覚えてる?』


 それを聞いて平手が口を開く。


「撮ってた! あの道路にある石の上で手を伸ばすと電波が入るスマホ」

『そうそう。謎のスポットね。あそこ以外では電話として使えなかったけど、景色がきれいでカメラとして使ってたじゃん。それを兄ちゃんにも見せてたんだ。こんな所ですごいんだって。こんな風に遊んだんだって見せてたんだ。それを兄ちゃんはデータ保管しててさ、それを見ながら太田村を作り始めたんだ。兄ちゃんは身体が弱くて、俺みたいにコウくんと川で遊んだりとか出来ないけど、ゲームの中では出来るからしたいって言ってさ』


 竜上生活で中園がいる場所を見つけて、真っ先に橋と鳥居を作り始めたのは、そういう理由だったのか。

 太一くんは続ける。


『帰ったら兄ちゃんすげー興奮して、太一お前まだアカウント持ってるよな?! 入ろうぜ。ここなら一緒に遊べるじゃんって言ったんだよ。ていうかなんでこんなことしてるんだろって調べてさ、それでコウくんのことに繋がったんだ。いや~~見たよ、コウくんが女の先生と超照れながら話してた動画』

「いや、全然普通だし」

『コウくん、前にあの土間で先生の絵を……』

「あーーーー、うれしいなあ、ヒロアカの冊子を今も持っててくれるなんてうれしいなあ~~~発送してもらっていいですか~~~?」


 面白いくらい平手は動揺して大声を張り上げて太一くんの言葉を消していく。

 やっぱり平手はあの音楽の先生のことを昔から気になってて、絵も描いてたのか……? と思ってしまうけど、まあここの編集は平手に任せよう。

 俺は疑問に思っていたことを口にする。


「夏休みの間とはいえ、平手の同級生の家に行ってたんだろ。どうして平手の同級生の子は太一くんのことを知らなかったの? 普通紹介されたりとかしない?」

『俺もよく分からないんだけど、俺のばあちゃんと、絵を描いてたじいちゃんは、すげー仲悪くて。俺が行くって決めたときも母さんに『なんであんな人の所に連れて行くんや!』ってめっちゃ怒ってた。母さんはそうですねーって言って俺を連れて行ってたけど。昔何かあったんだろうなー。だから本家の人とはじいちゃん以外会ってない』


 今はパンを作ってくれたおばあさんも、絵を描いていたおじいさんも亡くなっている。

 だから何か新しく知ることは出来ない。

 ただおじいさんは長男である悠真さんを心配して絵も描いていたことを考えると、複雑な感情があったのは間違いない。

 話を聞きながら机の上に置かれたメモを見ていた紗良さんが顔を上げた。

 

「……絵を描いていたおじいさん……糖尿病だった……とか?」


 その場にいた俺たちは「?」顔で紗良さんを見る。

 画面の中で太一くんは、考える仕草をして、


『毎日訪問介護の先生がきてた。だから旅行は行かない、あの家を離れないって言ってた。あ、確かに自分で注射打ってたから、糖尿病の可能性はあるかも。あの頃は知らなかったけど、母さんが今糖尿病で注射打ってる。でも何で?』

「パンを作ってくれたっていうおばあさんのレシピ……これ、小麦粉じゃなくて『ふすま』を使ってるの」

「ふすま?」


 俺たちはみんなで首をかしげた。

 実は俺は、ふたりが食べたパンのレシピを野沢くんのお母さん経由で入手していた。

 最後に絵的にインタビューで終わるのは面白くないと思ったので、みんなでパンを作る絵で終わろうと思い、太一くんのお母さん経由で、おばあさんが昔作っていたパンのレシピを準備してもらった。紗良さんはそれを見て何か気がついたようだ。

 紗良さんは、少し恥ずかしそうに、


「竜上生活で小麦に無駄に詳しくなっちゃってね。それでふすまのことも知ってるの。ふすまは小麦粒の外皮の部分や胚芽などの『表の部分』のことで、わかりやすい言葉だと『ブラン』」


 穂華さんはパンと手を叩き、


「オールブラン! ダイエットのお供! 私も一時期食べてました。香ばしいですよね」

「そう。栄養が豊富なんだけど低血糖で、糖尿病の方が好んで食べるって読んだの。おばあさんが残していたって言うレシピのほとんどにそれが使われてて、病院の横で作ってたって言ってたから、そのためかな……と思ったんだけど、おじいさんも病気で旅行に行ってなかったって思い出して」


 画面の中で太一くんは叫ぶ。


『そうだ。あのパン、なんか変な味したよな、コウくん』

「変に香ばしかったんだよ。他のパンと違うと思ってたけど、ただの小麦じゃないのか」

『あっ……ねえコウくん、おじいちゃんも食べてたよね、パン』

「食べてた。一緒に食べてたよ。あーーー、それでふすまパンだったのか」


 そして太一くんは目を細める。


『……ばあちゃん、じいちゃんの事嫌いだ嫌いだって言ってたけど、じいちゃんのためにふすまパン作ってたんだな。それを母さんも知ってたから、普通に連れて行ってたんだ。なんだ……仲良かったんだな。なんかじいさんいつもひとりで絵を描いてて寂しそうって思ってたけど、良かった』


 それを聞くと、川のせせらぎが聞こえる古い民家。

 天井が高い土間にひとりで座っているおじいさんが浮かぶけど、そこにふわりと甘いふすまパンを持つ平手と太一くんが浮かんだ。

 それに会いにこそ来ないけれど、遠くでおじいさんを思ってふすまパンを作るおばあさんの顔も。

 平手は続ける。


「じいちゃん、ずっとひとりだったけどさ、絵がすげー上手かったよな。太一くんまだ絵描いてる?」

『描いてるよ。美術部だし。冬の展覧会出すよ。コウくんは?』

「俺も美術部。SNSのアカウント教えてよ」

『おっけーー』


 太一くんと平手は今の話を始めた。

 ここで一度録画を止めて……俺は横でレシピを見ている紗良さんを見てうれしくなってしまう。

 まさか竜上生活で好きになった小麦のウンチクがこんな所で活かされるなんて。

 紗良さんは少し恥ずかしそうに俺のほうを見て、


「呆れた?」

「そんなわけない。すごいなあって。知識で助けてくれるのが紗良さんらしいし、すごく助かった。ありがとう」


 俺は我慢できなくなって、紗良さんに近付いて手を握ってしまう。

 紗良さんはうれしそうに目を細めて微笑み、


「実はこのレシピ見て、どこでふすま買ってこようかなって考えて検索してたの。最後に取材じゃなくてパンを作って終わるってアイデアを出せる陽都くんがすごいんだと思う。私、レシピ見なかったらそれに気がつかなかった」

「一緒にふすま買いに行こう。紗良さんと出かけたい」

「じゃあ、このお店に行かない? 小麦粉がたくさん売られてて、気になってるの」

「行きたい。紗良さんと出かけたい」


 俺はうれしそうに微笑む紗良さんの手を握った。

 次の日俺と紗良さんはおばあさんが残してくれたレシピを元にふすまを買い、みんなで中園のマンションでパンを作った。

 画面の向こうでも太一くんとお母さん、それにお兄さんも入って一緒にパンを作った。

 出来上がったふすまパンは香ばしくて不思議な匂いがして、平手は「あーーー、こんな感じだった!」とうれしそうに笑った。

 俺たちの夏休みスペシャルは怪談じゃなくて、美味しいパン作りで終われて、それも安心した。撮れ高ヨシ!


 竜上生活内では二日後に廃校に電車が通された。そしてゲーム史上MAXの人たちが接続して、エラー多発。

 それでも大好評で、中園のファンたちが、廃校駅の駅前にマンションを建ててさっそく入居をはじめていた。

 中園ファンが集結するマンションすごい。中園はみんな来てくれたし、竜上生活が楽しいので、もう少し続けると笑っていた。

 そして紗良さんは本当に来てくれたファンの女の子と竜の息で竜にジャンプ。その後も配信もせず個人的にアルバムを埋めていった。

 まさかここまでハマるとは……。

 そして完成した廃校駅には藤井先生が作った校歌が流れ、当時学校にいた9割の生徒が集まった。

 そこには太一くんも、そのお兄さんの悠真さんも米袋朗姿で参加してくれて、中園のファンたちに讃えられていた。

 さくらWEBやクライアント、安城さんたちの反応もよく、高校生スペシャルっぽく仕上げられたことに俺は満足していた。

 何より俺はそれを仕上げながら、こんな風にドラマを、ドキュメンタリーを作っていくのは、やっぱりすごく面白いな……と改めて思っていた。

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