第75話 夕暮れの公園で

「陽都くん!」

「紗良さん。駅に来てくれたの嬉しい」

「晩ご飯の買い出し係なの。だから一緒に行きたいなと思って。バイトおつかれさまでした」


 そう言って紗良さんは駅のコンコースで笑顔を見せた。

 今日は紗良さんが竜の息を取りに行くと聞いていたので、朝から皆で作業DAYにしてたのに、もうひとり配達をしている人が用事があり来られなくなった。

 だから急遽入ることになり、紗良さんの歴史的瞬間を見逃してしまって、少し落ち込んでいた。

 でも『今から向かう』とLINEしたら『駅までお迎えにいくね』と紗良さんが出てきてくれたのだ。

 最近紗良さんは大きめのTシャツに下半身にフィットした黒いパンツ、それに少し高めのヒールを履くのがブームらしく、少し身長が大きくなる。

 俺の近くに紗良さんの顔があって、そんなことが嬉しい。

 手を引き寄せると、紗良さんは嬉しそうに目を細めて、俺の手を握った。


「今日は陽都くんと朝から一緒にいられると思ったのに、そうじゃなかったから、少し淋しくなってたの。ご飯炊き始めたばかりだし、中園くんはまだ起きてこないの。だから少し遠回りして買い物にいかない?」

「いいね!」


 俺は紗良さんの頭に頬をすり寄せた。

 ここは都内の巨大な駅だけど、少し歩くとスーパーもあり、俺たちが気に入っているカレー屋もある。

 中園のマンションは本当にスタジオで、オシャレな皿は大量にあるけど、調理器具は全く無い。あそこでの食事は買ってくる一択だ。

 皿をたくさん使った食事なんて面倒で、毎回カレーになってしまってるけど、みんなカレーが好きだから問題なし!

 18時近いけれど、夏だから明るくて、それでも店から流れてくる焼き鳥の匂いとか、ラーメン屋の油の香ばしさとか、外に出ている屋台で飲んでいる人たちの笑い声が夕方だと知らせてくる。

 この町は少し歩くと細い川があり、その横を俺たちは手を繋いでゆっくり歩いた。

 すると隙間のような所に公園を見つけた。紗良さんは嬉しそうに階段を下りてそこに向かった。


「陽都くん、あれって……ひょっとして、シーソー?」

「そう、だね。そうだろうね? いや、なんだろう、尖りすぎたデザインだね。俺が遊んでたのは普通の木の板だったけど」

「私は乗ったことないけど、そうよね、木の板だったわよね」


 紗良さんが見つけたのは、真っ赤でΩみたいなカタチをしていて、真ん中に柱があるものだった。

 Ωの左右に座る所があるので、たぶんシーソーなのだろう。

 紗良さんはパンツを穿いていることもあり、サッと跨がって、


「陽都くん! ほらそっち!」

「これさ、俺のが重いから……」

「ぎゃーーーーー! 飛んだ、陽都くん、飛んだ!!」


 俺が反対側に座ったら、シーソーはギュンと浮いて紗良さんを空中に跳ね上げた。

 紗良さんは空中に浮いたままケラケラと楽しそうに笑った。これはそもそも俺がノートパソコンが入ったリュックを背負ってる時点でアウトだ。


「ね。ちょっとまって。俺リュックだけでも置くよ」

「ぎゃーーーーー! っ……いたぁぁい……すごく落ちたあぁぁぁ……」


 ゆっくり下りたつもりだったけど、予想以上にシーソーはガクンと落ちて紗良さんを突き落とした。

 ガコンとかなり大きな音が響き、俺は慌てて駆け寄る。

 

「紗良さん大丈夫?!」

「大丈夫だから、早くっ!!」


 そういった紗良さんの目は少し暗くなってきた公園でも分かるくらいキュリンと輝いていた。

 そういえば夏休みだというのに夏休みスペシャルが忙しくて、なにより取材も楽しくて、紗良さんと遊べてなかった。

 俺はリュックをベンチにおいて、ゆっくりとシーソーに座り、なんとなく足をついて、紗良さんと同じような高さになるように調整した。

 紗良さんは目を輝かせて、


「蹴って、蹴って!」

「これ加減が、むずかし、い!」

「きゃーーー! これで私も蹴ればいいの、ね!」

「そうそう。おお、コレけっこう飛ぶね」

「やだ、腰が浮くんだけど!」

「大丈夫?」

「大丈夫……きゃーーー! 楽しい、いやあああ、靴が飛んで行った!!」

「あはははは!!」


 地面を思いっきり蹴った反動で紗良さんの少し高いヒールがぽ~~~んと飛んで行ってしまった。

 俺はそれを慌てて持って来て紗良さんの足にはめた。

 紗良さんは目元に涙を浮かべて笑い、俺に再び向こう側に回るように言った。

 もう結構長く遊んでる気がするし、そろそろカレーを買って帰らないと怒られそうだ。

 紗良さんは、


「あーー、楽しかった!」


 とブランコに触れて笑顔を見せた。そして俺の手を握り、


「子どもの頃にね、こんな風に公園にある遊具で遊びたいって思ってたけど、したことなかったの。だって相手がいないと出来ないでしょ、シーソー。でもね、昔からそう思ってたのよ、見せなかっただけ」

「どうしたの? 何かあった?」


 淋しそうな言葉に俺は紗良さんの顔をのぞき込んだ。

 紗良さんは小さく目を伏せて、川から流れてくる風で乱れた髪の毛を正して、


「今日友梨奈に、お姉ちゃんすっごく変わったって。怖いくらい変わったって言われちゃって」

「へえ」

「その楽しい部分、気持ちが、陽都くんと一緒にいるようになってから始まったものなら、いなくなったら消えちゃうんじゃないの? って言われたの」


 俺は静かに頷いて紗良さんの言葉を待った。

 紗良さんは、俺の手を握り直して、


「全部陽都くんがはじめてで。何も分からないの。でも陽都くんといるとすごく楽しい。それはきっと陽都くんが私をずっと肯定してくれるから。だからね、上手く言えないんだけど、陽都くんに全部乗っかってるとかじゃないと思うの。私が変わっていってる気がするの」

「……さっきのシーソーみたいな感じでさ」

「ん?」


 俺は紗良さんの頬に軽くキスをして、


「どっちかがすごく好きだと、やっぱりバランス壊すし、紗良さんの靴も飛んでいっちゃうけどさ」

「あはははは! ……うん」

「ちゃんと同じくらいに、交代交代に、大好きってしたら、ずっと同じくらい一緒に大好きって出来るんじゃないかな。こう……交互に。俺もよく分からないけれど。さっきシーソーしながら、そう思った。息を合わせるのが大切だね。そうしないとシーソーさえ上手く出来ないよ」

「……陽都くん、好き。陽都くんが大好き」

「俺も紗良さんがきっと同じくらい好きだから、友梨奈さんが言う言葉は、何か違うよ」

「……友梨奈ね、前に体育祭の時に一緒にいた人いたでしょう? あの人と別れちゃいそうなんですって」

「ああ、そうなのか。それもあって少し不安定なのかも知れないね」


 かなりの強者というイメージがあるけど、付き合ってる人と別れそうな状態の時に、メンタル保てる女子高校生は少ない気がする。

 紗良さんは俺の腕に頭をスリッ……として、


「私は少し意外で。友梨奈は鉄人だと思ってたから」

「強いからこそスゲー自分を持ってて、変わらないことに自信を持ってそうだ。だから変わっていく紗良さんが淋しいのかも知れないね」

「知ってた? 今日で私たちが付き合い初めて一ヶ月なんですって。たった一ヶ月でそんなに変わったら変に思われても仕方ないかもしれないわね」


 その言葉に俺は立ち止まる。


「それって俺が紗良さんの家に挨拶に行ってから……ってこと? でも俺たちって……もっと前から付き合ってた気がするのは、俺だけ?」


 俺がそう言うと紗良さんは目を丸くして、


「そうね。そうよ。私はね、陽都くんが体育祭の役員に立候補してくれた時から付き合ってると思う」

「えっ……ちょっとまってあの時から俺のこと、好きだった……? ってこと?」

「え? 陽都くんはもっと前から私を好きだったでしょう?」

 

 その言葉に思わず黙る。

 ……そう、だ、と思うけど、いや、なんだろう……ものすごく……嬉しくて恥ずかしくなってきたんだけど……。

 横をみると紗良さんも黙って前を見ていて、その顔が赤くて口が一文字に結ばれていて小さく震えている。


「……紗良さんも照れてる?」

「!! こんな話をしたかったんじゃないの、カップルアプリの話じゃない、違うの、陽都くんが家に来てから一ヶ月記念ってことなの!」

「……うん。はい。そうだっけ。そんな話から始まってるっけ」

「もお!! 帰る!!」

「紗良さん、カレー屋さんそっちじゃないよ」


 そう言って抱き寄せた紗良さんの表情は、すねていて恥ずかしそうでそれでいて可愛くて。 

 見せてもらったカップルアプリには、買い物したレシートばかり登録されていて爆笑した。

 そういうアプリじゃ絶対にない。可愛くて大好きで抱きついていたら、紗良さんのスマホが鳴り出した。

 

「もう。陽都くんがいつまでも離してくれないから、穂華から電話かかってきたもん」

「もん……可愛い……でも確かにさすがにご飯は炊けたか」

「はい、今から戻る……え……ふたりになったって? 何が? え、陽都くんLINE見て?」


 実は俺のスマホもさっきから揺れてたけど、紗良さんとゆっくりしたくて無視してた。

 見るとそこには竜上生活の画面がキャプチャーして送られてきていて、ひとりだったはずの米袋朗が、ふたり写っていた。

 紗良さんはそれを拡大して目を丸くした。


「米袋朗さんが増えてる。竜の息を取ったのと、関係あるのかな。でもまだ開通してないわよね?」

「とりあえずカレー買って帰ろうか」

「あっ、そうね。夕ご飯を買いにきたのよね」


 紗良さんは何をしに出てきたのかも忘れてて、可愛くて仕方が無い。

 俺たちは予定通りいつもの店でカレーを買ってスタジオに戻ることにした。

 川沿いの小さな公園では子どもたちが手持ち花火をしていて、みんなで夏休みが終わる前にしたいねと話しながら。

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